存在の証拠に強がりを 妄心

中編5
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存在の証拠に強がりを 妄心

私と彼は何もかもが正反対。

彼は気が長く学があり、物腰が柔らかいのに対し、私は短気で学が無く言葉使いも悪い。

特に酷いのが食べ物の嗜好。

彼は極度の甘党で嫌いな物はお酒。

私は甘い物が苦手で、お酒が大好きだ。

一緒に暮らしていて二人とも同じ事を何度も言い苦笑いを交わす。

正反対なのに好きだと。

夕食が終わり、彼はデザートのプリンの蓋を開け私はビールをコップに注いだ時、彼が可笑しな事を言い始めた。

例えば、この世界に時計が一つしかないとする。

その時計が一時間ずれていたとしても、他に確かめる術がない以上、お前はそれを信じるしかない。

証明が出来ないという事は今ある事実を真実とするしか無いんだ。

考えるのが苦手な私は、回り始めたアルコールに身を任せ聞き流そうとした。

普段ならそれで終わりの筈が、彼は私が真面目に聞くまで止めなかった。

結局、私が理解し彼が納得するまで話は続いた。

それから1ヶ月がたった頃、彼が用事で実家に戻ると言った。

用事は何だと聞いても言わず、すぐ戻るとしか言わない。

私も行くと言ったが、絶対に駄目だと言われた。

彼の完全な拒絶を初めて聞いて驚き、揉めたが従うしか無かった。

彼の居ない部屋。

狭いと文句を言っていた部屋が広く寒々しく感じる。居て当たり前の存在になっていたと実感し、寂しさが込み上げる。

寂しさを誤魔化す為に、酒を片手に強がりを口にする。

お前なんか居なくても寂しくねえよ。

彼にいつも注意されてる様に、本当に口が悪いなと思いながら酒を煽った。

三日が経った。

何の連絡も無い。

苛立ちと酒の量が増えた。

五日が経った。

短気な私の限界が来た。 彼の携帯を鳴らす。

電源が入って居ないと無機質な声が返って来るだけだった。

頭に来て携帯を投げつけ、着の身着のまま部屋を飛び出し彼の実家に向かった。

うろ覚えの記憶を辿りながら電車を乗り継ぐ。

それから迷うと考えていたが、どが付く程の田舎で助かった。

家の数が少なく、聞けばすぐに解った。

彼の実家。

古く小さな平屋。

身寄りは母親しか居ないと言っていたのを思い出す。

チャイムを鳴らす。

少しの間を置き、母親が顔を出した。

彼の恋人だと自己紹介をし頭を下げる。

彼の事を聞く前に母親は涙を浮かべながら信じられない事を口にした。

あの子は三日前に死にました。

時が止まったような感覚に陥る。

何て言った。

こいつは今なんて……

信じられる訳が無かった。

聞き返す。

同じ答えが返って来た。

感情に身を任せ、母親を押し退け家に入る。

匂いが母親の言葉の信憑性を後押しし、目が裏付けをする。

線香の薄い煙が立つ仏壇には、笑顔の彼の遺影があった。

体の力が抜け膝を付く。

母親が何か言っていたが、全て耳を素通りするだけだった。

考えられず、認められず家を飛び出した。

何もない道をあても無く歩く。

泣きながら母親の言っていた事を思い出す。

彼は自殺した。

ダラダラと生きて迷惑を掛けない為に、病院にも行かず治療もしなかった。

そして彼の遺言として、誰にも報せず、葬儀もしなかったと。

彼の病気に気付け無かった自分が赦せない。

自分を責めながら歩き続けた。

歩くのを体が拒否し始めた時に旅館を見付け、宿を取る事にした。

部屋に入り、ひたすら泣いた。

泣いて哭いて啼いて、それでも彼の死を受け入れられなかった。

涙が枯れかけた頃に、彼がいつか言っていた時計の話が頭を過る。

確か証明が出来なければそれが事実になる……

回らない頭で必死に考える。

そして、ある結論を出した。

彼の死を知ってる人間が一人も居なくなれば死んだ事にならない……

自然と笑みが浮かび、泣いてたのが馬鹿馬鹿しくなってくる。

鼻唄混じりに計画を練り、夜が明けるまで笑い続けた。

彼の家に向かう道すがら頭の中で計画を確認する。

先ずは母親を殺す。

簡単だ。

殴れはすぐに動かなくなる。

次に彼の死を確認した警官を殺す。

確定の自殺だし、大して調べもせず、確認しただけだと思う。

近場の交番に居る警官だけで十分だ。

後ろから刺せば抵抗される事もない。

その次は彼を灰にした火葬場の職員を殺す。

小さな町だし職員も少ない。

出会い頭に刺せば騒がれる事も無い。

最後は……なんとでも出来る。

素晴らしい計画に思えた。

笑みを浮かべながら手頃な大きさの石を拾い、彼の家のチャイムを押した。

昨日と同じ様に顔を出した母親の頭に石を叩きつけ、家に押し入る。

母親を確認すると息をしていなかった。

計画通り簡単だったが、微かな違和感を感じる。

線香の香りがしないと気付き、仏壇を探したが見当たらなかった。

また笑みが込み上げて来る。

そっか。

彼の死を知っている人間が一人減ったから仏壇が無くなったんだ。

この調子で全員が死ねば彼は甦る。

台所に在った包丁を取り、上機嫌で家を出た。

呆気ない程、順調に計画が進行していく。

交番で二人の警官を殺し、火葬場では職員を三人殺した。

警官を刺した時など、こんなに簡単でいいのかと思えた。

此だけ殺したのに少しの罪悪感も感じない。

彼が甦るのが楽しみで、ただ嬉しかった。

彼の顔が頭に浮かんで来る。

幸せな気持ちに満たされて行く。

眼を閉じ、彼との幸せを思い浮かべる。

少しの寂しさ、それと嬉しさで笑った。

ずっと浸って居たかったが、最後の仕上げの為に、人気の無い場所を探す。

田舎な事もあり、少し歩けば森なり山なり選び放題だった。

何処までも私の計画通りに行くなと思いながら、適当な山に入り腰を落ち着けた。

私の計画の最後。

私が死ねば、彼の死を知る人間は居なくなる。

深呼吸を一つして、首筋に包丁をあてる。

怖くて力が入らない。

覚悟なら出来てるのに、手が震え息が荒くなり、色んな気持ちが溢れて来る。

殺した人達への罪悪感。

穴だらけの計画の後悔。

それに、死への恐怖。

酷い事をしちゃった……

ちゃんと考えれば、彼の死を知ってる人なんて、もっと沢山いる……

それに……死にたくない……死にたくないよ……

ごめんなさい……もうしないから……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………

どれくらい謝り続けたか解らない。

喉が痛みを訴え、辺りが薄暗くなった頃に私は覚悟を決めた。

どれだけ謝っても赦される筈がない。

それなら、彼が甦るのを信じて賭けてみる。

そうしないと死んだ人達が浮かばれない。

私は手に力を込めて喉を切り裂いた。

思っていた程の痛みは無かった。

冷たい何かが通り過ぎた様に感じただけだった。

何処かから、ひゅうひゅうと音がする。

沸き上がって来る全ての感情を押し殺し、彼が甦る事だけを信じながら逝く為に、精一杯の強がりを口にした。

幸せ……になっ……てね……

上手く言えたか解らない。

冷たくなっていく身体に涙だけが暖かかった。

怖い話投稿:ホラーテラー 月凪さん  

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