長編12
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裏側

読者の皆様へ

二作目です。

無駄に長くなってしまいましたが、せっかく書きましたのでそのまま投稿いたします。

ごめんなさい。

闇が空間を支配し、燭の白い残像がぼんやりと浮かんだ。

微かな耳鳴りと呼吸音。しばらくの間、恍惚を味わう……

先生が軽く咳払いをして、私は姿勢を正した。

「ケイちゃん、明かり付けて。」

部屋が明るくなると先生は表情を曇らせ、まっすぐ相談者を見据えていた。

「結婚はもちろん、お付き合いもやめなさい。おつらいでしょうけど…… 」

相談者の彼女は先生に向かって嘲笑を浮べていたが、そわそわしながら、ダークブラウンに染まった髪を触りだした。

動揺は隠せない。

信じられないといった表情。

「はぁ……? どうしてですか? そんな、あたし…… 彼のこと、好きなんです。愛してます…… 今さら、別れるなんてできません。決めるのはあたしですから!」

「そう…… 決めるのはあなた。私じゃない…… でも、幸せにはなれないわ。あくまで、これは私の忠告…… それを判断するのはあなた。結論から先に言ちゃってごめんなさい…… でも、別れなさい…… 」

「…… あたし、先生に相談するんじゃなかった。……ここへ来るんじゃなかった。よけいに体が重く感じます。こんなのウソです。帰ります!」

「……落ち着いて、ここからの話をきいて。」

「無理です。失礼します!」

相談者は、佇む私にバッグがぶつかったこともお構いなしに、ドアを荒々しく開けると、足早に店から出て行ってしまった。

はぁ…… 先生は大きくため息をつくと、背中を丸めて両手で頭を抱え込んだ。

私は慌てて先生に駆け寄った。 

「先生…… お疲れさまでした。 ……彼女、大変な剣幕で帰っちゃいましたけど…… 」

「大変な入れ込み様ね。ま、そのうちまた来るわ。」

先生は私に意味ありげな苦笑を浮べ、重そうに立ち上がると、さっさと雨戸と窓を開けた。

それにつられて私が店の入り口のドアを開放すると、冷たい風が開け放たれた相談室の窓から外へ一気に抜けて行った。一瞬にして店内の空気が入れ替わったような気がした。

ここは坂道にある小さな喫茶室兼お悩み相談室。店の名前は『KEIZO』。

喫茶室の奥には、相談者用の六畳間程度の小さな部屋がある。

先生は十年前に自宅を改装して開業した。『KEIZO』 は亡くなった旦那さんの名前にちなんだものだ。

先生はスピリチュアルカウンセラー。先生の相談は一日に二名まで。一回のカウンセリングが終わると、それだけでクタクタに疲れてしまうからだ。今月も予約でいっぱいだ。

かくいう私は助手…… というか、単なるお手伝いかな…… でも、珈琲は私が淹れる。自慢じゃないが、今のところけっこう好評。

先生のカウンセリングは一風変わっている。

雨戸を締め切り、部屋を真っ暗にして一本の蝋燭に火を灯す。先生は相談者のお悩みを一通り聞き終えたら、相談者の掌で燭を消させる。

部屋が闇に包まれた瞬間、先生の脳裏に相談者を取り巻くモノクロ映像が鮮明に映るそうなのだ。

今日は開店早々から彼女の予約が入っていた。

彼女は半年前に知り合った彼から求婚され、今夢のように幸せだとか。

彼は都市銀行に勤める若手エリートだが、そんなこと鼻にもかけず、彼女を真綿のように優しく包んでくれる存在だという。

彼の両親はというと、父親の定年後故郷で骨を埋めるべく、九州で田舎暮らしをしていて、結婚後は、彼の両親が息子のためにと、生前贈与した庭付きの一軒家に移り住むそうだ。

身寄りがなくて、先生がいないと生きて行けない私から見れば、まったくうらやましい話なのに、彼女本人にしてみれば、それなりの悩みがあるらしい……

彼女はこのところ、体全体がしびれたり重くなったり、時には吐き気さえ催すことだってあるというのだ。

それに加えて……

いつも誰かの気配を感じ、思わず後ろを振り向くことが増えたという。

誰かの強い視線を感じ、夜中に目が覚めたり、胸が苦しく呼吸困難になったり……

正直なところ、仕事のストレスも吹き飛ぶくらい幸せを感じているのに、何でこうなるのか、彼女自身が理解不能らしいのだ。

顔色が悪いよ……

大丈夫かい…… ?

俺の知り合いの医者に今度罹ってみよう……

彼は優しくそう言うと彼女の診察に立ち会ってくれたそうだ。

メンタル系も内科的精密検査も、

結果は異常なし。

ま、要するにいつまでもこの状態が続くようだと、結婚後も彼に苦労をかけるばかりで、この先ちょっと心配…… という贅沢なお悩みが今日の相談だった。

そして、先生は彼女のお怒りをかってしまったというわけだ。

今日のように先生があれほどはっきりと結論付けるのは珍しい。

ここも、彼に立ち会ってもらえばよかったのに……

私は心の中で、彼女に対して軽い嫉妬を感じていた。

私も素敵な彼がほしい……

先生はカウンセリングに納得しない相談者をわざわざ追いかけるようなことはしない。彼女もその一例…… 私はそう思い込んでいたが、今回はちょっと違っていた。

その日、外は明るく心地よかった。昨夜から明け方まで降り続いた雪が融け始め、水滴がピチャピチャと軒下に落ちる音がしていた。

気がつけば、開け放たれた入り口に背中を向けて先生が佇んでいた。先生は腕を組んで煙草を吸っていたが、俯いて額に掌を当てていた。

かなりお疲れのご様子……

先生……

先生の引き締まったウエストラインと長い足、全身が朝日に照らされ、まばゆいシルエットになっていた。

先生はもう五十路を過ぎているというのに、なんか宝塚の男役スターみたい。 私は今さらながらそんな先生をぼんやりと見つめていた。

 

ケイちゃん…… 振り向いた先生から突然声をかけられ、私はふと我に返った。

彼のお母さんが残していった三面鏡に私を映す……

頬に触れる…… 左目尻が腫れを通り越して、腐りかけた果実のようにブヨブヨと弛んでいる…… 

髪を撫でる…… 指の間にか細くなった髪が何本も絡み、パラパラと床に落ちる…… 豊かだった髪、私の自慢だった黒髪が朽ち果てて、地肌が透けてみえる…… 

額をみる…… ひび割れた粘土のような深いしわ…… 

首をなでる…… 毎日のように絞められていたら、こんなにもどす黒くなるものなの……

気分が悪い。 

なぜか部屋中から私の嘔吐物の臭いがして、よけいに悪心を誘う……

ドメスティック・バイオレンス……

夢にも思わなかった彼からの仕打ち。

顔を叩かれ、お腹やお尻を蹴られ、馬乗りになって髪を引っ張られた……

クソ女、売春婦、ノータリン!

堕ちて、苦しんで、死んじまえ……

連日連夜の罵詈雑言と暴力のあらし……

でも、あの時期はまだよかったかな。

彼は私の首を絞めながらも、愛撫してくれたから……

あなた、まだ私を愛してくれてたのよねぇ?

でも今は何もない。

何よりもつらい毎日……

あなた……

無視も立派なDVだって、どこかの偉い先生がテレビで言ってたわ。

立派なDVなのよ……

私にとって本当につらいのは、

それはあなたの無視……

あなたの愛を感じなくなった。

こんなに悲しくつらいのに、もう涙も枯れ果てた……

気がつけば後ろに三人のあなたが映る。

どれが本当のあなたなの?

私の目を見て……

私から目をそらさないで……

聞こえているはずなのに、あなたは黙って髪型を整えている。

三面鏡に写ったあなたは……

スーツ姿が似合ってる。

すてきなあなた……

あなたはいつものように私を無視すると、恐い表情でコートをつかんでは、足早に出て行ってしまった……

きっと彼女との出会いがあなたをそうさせたのね。

彼女が憎い…… 

彼女が恨めしい……

死ねばいいのに。

出会った頃のあなたはほんとに優しい人だった。

趣味のない私にスクーバダイビングを教えてくれた。八丈島、ハワイ、バリ島、そして沖縄……

ほんとに楽しかった。日焼けした肌と引き締まった身体、笑うと白い歯が光って、あなたは純朴な海の少年みたいだった。

誠実、謙虚、温厚。

あなたのためにある言葉だと思ってた……

『結婚したら、日本から一番遠い場所に行って潜ろうか?』

『えー、どこ行くの?』

『フェルナンド・デ・ノローニャっていうブラジルの世界遺産…… ちょうど東京の裏側辺りじゃないのかな。そこへ行ってね、イルカやエイをこの目で見るんだ。どうかな? 』

『マジー!? 行ってみたい!』

 

私、思わずあなたに飛びついちゃった。嬉しくて涙があふれた。

東京の裏側の遠いところへ行って、あなたと海をみたかった……

あの頃のこと……

あなたは憶えていますか?

今や見果てぬ夢…… 

でもなぜかあきらめきれない私……

そこへ行って、海がみたい。

どんなことしてでも……

あなたと一緒に。

カーテンの隙間から恐々お庭を見たら、

パンジー、ビオラ、ノースボール、シクラメン……

雪が降っても、みんな元気に可愛く咲いている。

みんなあなたがせっせと植えた花。

私なんかに目もくれずに……

私は、朝からカーテンも開けられない。こんなに晴れた日なのに、陽の光が恐い……

私は夜を待っている……

こんな醜い顔だけど、あの子に会いに行ってやる……

先生に呼ばれて、私はハッとなった。

いつになく先生が恐い顔をしていたからだ。

「ケイちゃん、今からすぐにさっきの彼女に電話してちょうだい!」

「えっ!? …… 今からですか?」

「そう、早くするの!電話して、今の彼氏の住まいがどの辺りあるか聞いてほしいのよ!」

「…… 先生、いまどき個人情報は話してくれないと思いますよぉ…… ましてや、今朝のあの剣幕じゃ、電話にも出てくれないかも…… 」

「…… そうよねぇ。じゃあ、彼女が電話に出たら私に代わって。とっても大事なことなのよ…… 」

私はいつもと違う先生から言われるがまま、彼女の携帯にダイヤルした。電話機の横には、洋人形が置かれてあった。

昨夜の相談者から供養を依頼された洋人形……

濃いチェックの洋服が裂かれ、お腹から白い綿がはみ出していた。かろうじて細い糸でつながってはいるが、首元辺りまで垂れ下がった眼球が床をジッと見つめる……

私は悪寒を感じながら、呼び出し音を聞いていた。先生はすぐそばにいた。

「先生、留守電になっちゃいました…… 」

先生は私から受話器を奪うと、彼女の携帯の留守電にはっきりと用件を伝えた。

「お忙しいところ、お電話してすみません。カウンセラーの村椿キョウコです。あなたの人生にかかわる大事なお話があります。お気づきになったら、折り返しお電話くださいませ。」

時間は十分、二十分と経過する……

彼女から折り返しの電話はかかってこない。

先生はイライラして、カウンターでタバコをふかしている。

そのうち店内がお客さんで込み合ってきた。私はパンを焼き、サイフォンで珈琲をたてる……

先生はタバコをもみ消すと、スッと立ち上がり、外へ出て行ってしまった……

「○○区○○町付近、番地までわかりません。東南角地のレンガ造りで、100坪くらいもある大きな家の庭に女性が埋ってます。いや、生垣には寒椿の花がとてもきれいに咲いていますわ。どうぞお探しになってください。これ以上のこと、私にはわかりかねます。」

いても立ってもいられなかった先生は、約十キロ離れた町の公衆電話から警察に電話し、間髪要れず一気に通報したそうだ。

結局、その日彼女からの返信はなかった。

数日後の夜のこと……

薄紫がかった灰色の空から、みぞれ混じりの雨が降りしきっていた。

テレビのワイドショウは、失踪中の女性の腐乱死体が見つかったことをセンセーショナルに伝えていた。

結婚を前提に女性と交際していた男性を殺人容疑で逮捕し、容疑者の供述にそって二人が同棲していたと見られる容疑者自宅の庭を掘り起こしたら遺体が発見された。

容疑者の供述によると、約1メートル程度の穴しか掘っていないのに、女性はそれよりももっと深い地点で見つかったことが奇妙だと、コメンテーター達が首を傾げていた。

閉店後、私は番組を食い入るように見ていた。

テレビに映る容疑者が白い歯を見せて微笑む表情が異様だったから、背筋に悪寒が走った。そんな時、

トントン…… 店のドアをノックする音が聞こえた。私は恐る恐る様子をうかがいながら、ドアをゆっくりと開けた。

ドアの向こうにはがっくりとうなだれ、降りしきる雨で髪をびっしょり濡らし、幽霊のように佇む相談者の彼女がいた……

彼女は先生の顔を見つめようとしていたが、まったく焦点が合っていなかった。

「しぇん…… しぇ…… しぇ…… ぎょ・・・ ぎょ・・・ ぎょ・・・」

彼女は消え入りそうな声でわけのわからない言葉を何度も呟くと、床に両手をついて泣き崩れた。先生はそんな彼女を、幼児をあやすように抱きしめた。

先生は彼女を私に託すと、金庫から長方形の桐箱を持ち出した。

先生と私は、彼女を抱え二階の仏間に運んだ……

ここから私の入室は不可で、先生と当事者だけが入室を許される。

しばらくすると、鈴の音と先生の真言を唱える声が聞こえてきた。

ついに除霊が始まった……

私は店のソファに座り、固唾をのんで見守るしかなかった。

ドンドン…… ギシギシ…… 凄まじい振動音と、

うぇーん うぇーん…… 子供のような泣き声が入り混じる……

先生はそんな泣き声をよそに、読経を続けているようだ。

そして約二時間が経過した。

ピシッピシッ…… という音とともに照明が点滅したかと思えば、店の入り口のドアが突然ドン!という音とともに開いたのだ。

なんだか、猛獣たちが群れをなして走り去って行ったような余韻が残った……

私は開いたドアを呆然と見つめたまま、

その場を一歩も動くことができなかった……

「ケイちゃん!ケイちゃん…… !」

私は二階から叫ぶ先生の呼び声で我に返った。

翌朝、容態が回復した彼女は私の淹れた紅茶を一口飲むと、ふぅっと息をついてから語り始めた。

警察は以前から失踪中の女性を捜すべく重要参考人として、容疑者の男をマークしていた。

女性の失踪届けが出されたのは、失踪後一週間が経過してからだった。失踪届けは女性の努める勤務先の上司や同僚から出されていた。女性には身寄りがなく、いわゆる“無縁”だったからだ。

警察は同時に現在容疑者と別途交際中の、今目の前にいる彼女も追っていた。

彼女は警察から任意同行を求められ、事情聴取された。

何のことだかわけのわからない彼女は、彼との出会いから今日に至るまで事細かに供述したそうだ。

彼女には死体遺棄容疑がかかっていたが、彼女が彼の自宅に一歩も足を踏み入れたことがないという事実がその嫌疑を晴らせることになった。

当然、彼女にとっては青天の霹靂だった。

優しい彼、この上なく愛しい彼が殺人容疑で逮捕された……

先生は、彼女に取り憑いた元カノの霊を一旦鎮めたそうだ。

しかし、元カノの霊はまだ完全に死を自覚していないという。

先生は元カノが成仏するまでの間、自分の元にしばらく通いなさいと彼女に言った。

次の日の夜……

前夜とはうって変わって、夜空に冬の星座がきらめき、切って貼ったような満月がぽっかりと浮かんでいた

「きれいね、今夜の月…… でも、裏側は見えないのよね。」

先生は独り言のように言った。

そして、疲れた体をほくしながらカウンターに腰掛け、私の淹れた珈琲をすすり、神妙な表情でタバコを吸い始めた。

「………… 」

私はキョトンとして先生を見つめた。

突然、先生は語りだした。

彼の家の庭には色とりどりの冬の花が咲いていて、その花壇の真下に彼の元カノがうつ伏せになったまま埋められていたの。

ほら、いつだったか…… 供養を依頼された洋人形。

あんな姿になってね……

うつ伏せに埋められた彼女は目をカッと見開いて、地の底をジッと見つめていたの。

彼女の見つめるその遥か先には、結婚したら一緒に行こうと、彼と約束した楽園があるから……

彼女は彼が誘ったその楽園に旅行することを夢見ていたの……

地面を掘って、行けるところまで行こうと思ったのかな?だから、あんなに深い場所から見つかったのかも知れない……

彼女かわいそうに生き埋めにされたの。だから自分が死んだことにまったく気付いてなかった……

私たちがさっき見た満月は、太陽に照らされて光輝く一面だけよ。

裏側は見えないの……

彼女は死んでも彼と裏側にある楽園が見たかったの。

でも彼氏の裏側は見ようとしなかった……

ケイちゃん…… 私達の生きるこの星にも表と裏があるように、人の顔にも表と裏があること、あなたもよく知ることね。あせっちゃダメなのよ……

珈琲カップを拭いていた私は、思わず先生の顔を見つめた。

先生は微笑すると、煙の輪を天井にふんわりと浮かせた。

元カノの霊魂が安らかに昇っていくようにみえた。

おわり

怖い話投稿:ホラーテラー KKさん     

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