廣瀬のサラ金会社にはたまに【ウェス】と呼ばれる社員がひとり入社する。
「もちろん、そんなことを知っているのは課の上層部だけなんだけどな」
ウェス要員には、いくつかの条件があった。ひとつは定年退職者の再就職か、もしくは転職組である。間違っても新卒の若手がウェス要員になることはない。
彼らが配属されるのは回収班であり、〈気合いを入れる〉と上が判断した際に採用されてくる。
「本人は部のカンフル剤とか起爆剤になってくれとか言われてくるんだろうけど」
かつての手腕を評価されたと喜び勇んでやってきたウェスは現実を知ると愕然とする。
まず部下が全く言うことを聞かない。部内の目標値に達しない恐れすら出てくる。するとウェスは直ちに平社員に格下げされ、以前の上司が舞い戻って指揮を執る。本来はこちらが筋なのでみんなは黙々と指示に従う。そんな時、ウェスが自分と同じクラスの若手社員に上司面をすると、大声で罵声を浴びせたり、息がくせえんだよ! などと馬鹿にする。
「すごいショックだと思うんだけれど、昭和の企業戦士は偉いんだ。グッと耐えちゃうんだよな〜」
課の人間が次第にウェスをその名の通りwast(ウェスト)、つまり【ゴミ】扱いし始める。
茶を入れない、机を拭かないから始まって、電話は取り次がない、メモは残さない。終いには書類等を隠したり、私物を壊したりする。
「本人には最悪な客ばかりを扱わせる。どうせウェスだからね。極悪な客ばかりを当たらせるんだ」
ウェスが勝手なことをしようとすると、上司から雷が落ちる。
完全に噛ませ犬となったウェスは次第に自分が無能であるということに否が応じでも気付かされる。
「そこで辞めちまうと部内の指揮が落ちるから、それでも頑張って頑張って粘るぐらいの根性のある奴が素晴らしいんだよな」
あるウェスは、長年外資系で働いてきたエリートだった。歳は六十を過ぎたばかり。
「初めは落ち着いたダンディーな感じの人だった。それにすごく字がきれいなんだ。まるで印刷してあるみたいに綺麗な字を書く人だったな」
二ヶ月もすると徐々にいじめが酷くなっていった。
ある時、廣瀬は彼が書類を記入しているのを見た。
字がぐちゃぐちゃになっていた。
「下手とか下手じゃないとかいう次元じゃなくて……」
幼稚園生の字だったという。
……ああ、もう長くないな。こいつも。
彼がそう思ったある日、ウェスが遅刻をした。
無遅刻無欠勤だったので、遂にオシャカかな、などとみんなで話していると、いきなりウェスが入ってきた。
しかし、顔にはインディアンのようなペイントが施してあり、頭は半分だけ、頭頂部までが綺麗に剃り上げてあった。
「すみません。全てをここに注ぐつもりでしたが、半分だけは自由気ままな自分でいさせてクダサイ!」
変なイントネーションでそう叫ぶと、ウェスはみなの前で「うほほほ! うほほほ!」とインディアンの真似を始めた。部内を叫びながらウェスは泣いていた。泣きながら笑って廊下の奥にある非常階段へと続く扉を開け、その先の手摺に跨った。
「はわわわわ」
ウェスはそのまま口に手をぽんぽんと当て奇声を発すると、身を反転させるようにして向こうへ消えた。
「まあ自分で死ぬ奴はウェスじゃなくても、うちの会社は多いけれど。目の前ってのはちょっとエキセントリックすぎるよなぁ」
去年からまた業績の不振が続いている。
ウェスが来るような予感がすると廣瀬は言った。
怖い話投稿:ホラーテラー 平山さん
作者怖話