短編2
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甘露

あるお爺さんが、山の畑で作業をしている最中、連れて来ていた孫娘の姿を見失ってしまった。

背が高く見通しが悪いトウモロコシ畑の中を、大声をあげながら必死で孫を探す祖父。

ようやく小さな影を見つけて駆け寄ると、孫は知らないおじちゃんに連れていかれそうになったと言う。

男の特徴を聞くうちに、かすかに覚えのある風貌である事をお爺さんは思い出す。

──お爺さんの少年時代は戦後間もない頃で、食べる物もろくに無い貧しい暮らしであった。

そんなある日、少年が空きっ腹をさすりながら畑で草取りをしていたところ、見知らぬ男を目にする。

男は鍔(つば)の広い大きな麦藁帽子を深々と被って、つぎはぎだらけのボロを纏っており、畑の脇にどかりと腰掛けると、クチャクチャと何かを食べ始めた。

どこかの浮浪者が流れて来たのかと思って少年は身構えたが、男は口元に笑みを浮かべて、

「喰うか?」

と、黒い菓子のようなものを目の前に差し出した。

腹を空かせた少年が傍へ寄ると、男は手にしたものをスッと後ろへ下げ、ニヤニヤ笑いながらこう言い放つ。

「タダじゃ、やらん。お前の大切な物と取り替えっこだ」

少年は交換する物など持っていなかったが、美味そうな菓子を目前にして、つい首を縦に振ってしまう。

 少年が男の横へ座り菓子を頬張ると、濃厚な甘味が口の中にわっと拡がり、畑仕事の疲れを一気に癒す。

礼を言おうと横を見ると、男は既にどこかへ去っており、少年は畑の脇でひとり甘味を噛みしめていた──。

それから数十年。男との約束の事などすっかり忘れていた「少年」は今回の事件で、菓子と交換する大切な物というのが可愛い孫娘である事を悟り、肝を冷やした。

明くる日、お爺さんは秘蔵の酒を持って畑に足を運んだ。洋行帰りの息子から貰った高価なものである。

「これでカンベンしてしてくだせぇや」

お爺さんは酒瓶の口を開けて、名残惜しみつつ畑の脇にすべて注いだ。

その酒の匂いは、どことなくあの黒い菓子に似た甘露な香りであったという。

怖い話投稿:ホラーテラー 烈風さん  

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