中編7
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ケイ

私には霊感というものは全くない。

なので所謂、心霊体験というものをしたことがなかった。

若い頃はアホみたいに酒飲んでは車出して、心霊スポットと言われるその場所に肝試しに赴いたが、幽霊を見ただの不気味な声を聞いただの、奇っ怪な現象に遭遇した事はなかった。

『女子力』

そんな単語が世の中に出始めた頃の出来事。

女子力?

なんじゃそりゃ?

立ち読みしていた雑誌を棚に戻すと、いつものようにパチンコ雑誌、缶ビールなどをカゴに入れレジに向かう。

コンビニのドアを抜けると生暖かく甘い香りがした。

花の匂いがする。

今年は花見でも行くかなぁ〜

そんな事を考えながらプラプラと家路を歩く。

駅から約徒歩10分にあるアパートが私の家だ。

鍵穴に鍵を差し込みひねる。

『…おかえり』

玄関には青白い顔をしたひょろ長い男が顔を出した。

こいつは先日、ある出来事をきっかけに拾った。

本来なら警察につき出してやるべきだったのだが、

世間から『ダメ女』と言われる自分の前に現れた、自分以上にダメで情けない年下男を目の前にして、なけ無しの母性が働いたのか、警察に付き出す意欲が失せてしまった。

こいつの名前はケイという。

洗濯やつまみ位は作れるということで家に置いている。

最近ではケイが作ったつまみをアテに晩酌するのが日課だ。

テレビ相手に酒を飲んでいたのが、人間相手にクダを巻くようになったのが以前とは違う所か。

いつもの様に缶ビールをぐびぐび飲んでいと、ケイが

『ね、今日なんかもらわなかった?』

いきなり口を開いた。

普段無口で、私の話に相づちを打つくらいのコイツがした脈絡のない質問に驚いた。

私『はぁ〜?なに?いきなり。

アンタにお土産はないよ』

ケイ『そうじゃなくて、今日、何でも良いから誰に何かもらわなかった?

どんな小さなものでも』

ほろ酔いの頭で今日の事を思い返す。

…あぁ、そういえば。

私『そういえば、職場の後輩の娘にお守り貰ったなぁ〜。

なんか、どっかの神社だかお寺だか行ったとかって。』

鞄からゴソゴソと取り出しケイに見せる。

ケイは無表情にそのお守りを見つめると、そのまま棚の上に置いた。

あれ?お守りって身につける物じゃないの?

と、思ったが、ほろ酔い故に、スルーした。

その夜、いつもの様に酔い潰れて眠った。

妙な音を聞いた。

シャー、カリカリ…

実家で飼っていた猫がドアを引っ掻く音のような…。

ふと、その物音に目を覚ましたが、またすぐに眠りに就いた。

翌朝、若干酒が残った状態でリビングに向かう。

『うぃ〜、ケイ、味噌汁〜』

ケイが黙って味噌汁を温め始める。

味噌汁を目の前運ぶケイが口を開く。

ケイ『今日ちょっと行きたい所があるんだけど』

私『ん〜、別に行ってくれば?』

ケイ『いや、アヤさんも』

私『…は?』

お椀を片手に眉間にシワを寄せる私を真剣に見つめるケイ。

私『え、どこに?』

ケイ『ちょっと知り合いの所。

アヤさん今日休みだよね?』

ケイの話だと、ケイが今までお世話になっている人がいて、その人に会わせたいとのこと。

面倒だし、今日はもう少し寝てパチンコに行きたがったが、普段自己主張しないケイが『どうしても』と言うので行くことにした。

昼過ぎにケイが借りてきたレンタカーに乗り、その場所に向かった。

車で2時間程の道のりで景色はかなり田舎の風景に。

高速を下りてさらにしばらく走るとそこに着いた。

脇道を上がると小さな広場、駐車場か。

ガードレールに囲まれた広場の右手には今まで登ってきた曲がりくねった道、正面は崖になっておりその下は川。

左手には更に上に続くであろう石畳の階段がある。

ケイは車を停めると、

『こっち』

とその階段の方へ歩き出した。

木々に囲まれたその階段を上がると、木造の門が見えた。

決して大きくはないが古くしっかりとした造りに見える。

門を抜けるとズキッと頭が痛んだ。二日酔いか?

門の向こうには小さなお寺があった。

へんぴな所にあるわりには綺麗だ。

境内には1人の優しそうな年配の男性がいた。

その男性に向かってケイは小走で近寄る。

一言、二言話すと2人は私の方へ歩いてきた。

ケイがあんな笑顔を見せるのを初めて見る。

そのお寺の住職だという方(仮Sさん)は温かい笑顔で

『こんにちは、はじめまして。

ケイがお世話になっているそうですね。

どうぞこちらへ。』

と、お寺の離れのような場所に案内された。

お茶を頂き、しばらく他愛もない話をすると、

『さて…、そろそろ行きましょうか。』

Sさんの言葉に促され、私だけ本堂に連れていかれた。

本堂には若いお弟子さんらしき方が2人いた。

キョトンとする私を目の前にSさんが口を開く。

『ケイから預かったこの袋、拝見させて頂きました』

Sさんの手には昨夜ケイが棚に置いたお守りが。

『御守り、というと最近ではこの御守り袋自体を、御守り、と勘違いしてしまう方も多いみたいですが、そうではない。

中に入っている護符の事などを指すんですよ』

そう言いながら、Sさんはお守り袋の紐を解く。

『…やっぱり』

ため息混じりに袋から小さな紙を取り出し、広げて私に見せる。

血の気が引いた。

階段から転げ落ちそうになった時以来か。

でもあの時とは違う。

鳥肌が立った。

和紙らしき紙には、明らかに血であろう液体で私の名前と、意味不明の模様と漢字が並べられていた。

呆然としている私をよそにSさんは

『ちなみに、そのお鞄、見せて下さいますか?』

私の脇に置いてあった鞄を、私が返事する前にSさんは私の鞄を手に取り無造作に中を探る。

またまた軽いため息をつき、鞄の中を私に見せる。

私の鞄は仕事にも使えるようにと、大きなトートバッグで、内ポケットがいくつか付いていた。

その中でも普段全く使わないファスナーが付いた内ポケットの中に、無数の髪の毛が縫い付けられていた。

周りは赤黒く滲んでいる。

完全に言葉を失った。

S『驚いくのも無理はありませんね。

これは…、非常に申し訳にくいのですが、呪詛、いわゆる呪いの類です。』

放心する私にSさんは淡々と話始めたのはこうだ。

『人間、多かれ少なかれ、すれ違いや思い込み、そんな中で生きているものです。

その中で妬みや誤解が生まれ、人の闇を深くする事もある。』

『貴方は今非常に強い恨みの念を抱かれています。

その念は形を成し、貴方に憑こうとしていた』

何がなんだか意味がわからない。

呆然とする私をよそにSさんとお弟子さんらしき人達は私を囲い、お祓いみたいなものを始めた。

いや、お祓いなのだろう。

お香だか、線香のような香りと3人のお経の声に私は寒気や痺れと共に、意識が遠退いた。

気づくと私は、先程の離れに寝かされていた。

いつの間にか、服は白い浴衣に着せ変えられている。

目の前には青白いケイの顔が覗きんでいる。

私『うぜぇ…』

とっさに出た言葉だった。

だが、なんだか笑いたくなった。

こんな気分は久しぶりだ。

その後、これはSさんから聞いた話。

どうやら私には生き霊が憑いていたらしい。

相手はお守り袋をくれたあの娘。

相当強い恨みだったらしいが、私が極端に『感じにくい』体質らしくほとんど支障が出なかったとのこと。

確かに身に覚えがあるといえば、気づかない内に痣が手足に出来ていたり、風邪が治らなかったり、位だ。

それだって、年齢だったり自己管理の問題で済んでしまう。

そこで業を煮やした彼女はあの袋のような具体的なモノを使っての行動に出た、というのが大まかな話。

あの袋は結構本格的らしいが、どういったものなのかSさんは詳しくは教えてはくれなかった。

ただ彼女以外の血が混じっている…、それだけは教えてけれた。

最後に苦笑い混じりに

『あの袋を貴方が持ち帰った日に、ケイが久しぶりに連絡をくれましてね。

ケイがあの晩貴方を守ってくれたのですよ。

まぁ、ここまで感じない方も珍しいですがね』

と付け加えられてしまった。

ケイは最初から私に誰かに恨まれているのを感じていたらしい。

私は職場に『実家で不幸が』と嘘をつき、Sさんの寺で何回かお祓いを受け、無事帰宅する事になった。

帰りの車中、

私『最初に会ったときから、アイツが憑いていたって知っていて、何で言わなかったの?』

ケイ『アヤさん別に気づいてなかったみたいだし、何よりも実害がなかったし。

さすがにあの袋はちょっとヤバいと思ったから。』

私『ふ〜ん、なにアンタ、っていうか霊感あんの?

初めて聞いたんだけど』

ケイ『……。』

またいつもの無口なケイに戻った。

まぁ別にいいけど。

ケイ『ただアヤさん不倫は良くないよ。』

……見透かした様にケイが言った。

私は半年程前まで職場の上司と付き合っていた。

相手は妻子持ち。

だが、さすがに後ろめたくスパッと後腐れなく別れた。

しかし、その上司を愛し病まなかった後輩ちゃんは、別れた後もソイツと仲良がかった私の事を未だ尚恨んでいたらしい。

更には、新入社員とはいえ、派遣社員の私に企画などを指揮されるのが気に入らなかったらしい。

責任転嫁する訳じゃないが、恨み所が違うじゃないか。

どちらにしろ私は今回、ケイに助けられたのだろう。

ケイ『鞄とか貴重品は無造作に置きっぱなしにしない方がいいよ。』

うるさいこのド変態ガキめ。

『ケイの事をよろしくお願いいたします』

Sさんの嬉しそうな笑顔を思い出した。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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