中編6
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会社の女

 その日僕は2日後の会議に向け、夜遅くまで準備をしていた。

この会議は週に一回、一人の社員が新商品のアイデアをプレゼンするのだが、実際にここから新商品が生まれたことは俺の知る限り一度もない。

どの社員も発表に一応は興味ある振りを示すが、実情は他の仕事が忙しく、本腰を入れて新商品を開発しようなどとは思っていないのだ。

情けないが、比較的安定して受注のある測定用精密機器を扱っている我が社では致し方ないことかもしれない。

 とは言え、一応勤務時間を割いて、仕事の一部として位置づけられているこの会議でお粗末なプレゼンをすることは許されないし、会議の意義を疑ってみたところで今更どうしようもないので、こうして人気のないオフィスで一人頑張っている訳だ。

一人・・・そう、一人なのだ。

いつもなら同じように仕事に追われた同僚が、2、3人は残っているのだが・・・。

 

 実は我が社には比較的怪談話の類いが多い。

夜に女の幽霊が出るとか、その叫び声が聞こえるとかたわいのないもので、主に噂好きの女子社員の間で広まっていることなので、普段特に気に留めてもいなかったが、いざオフィスに一人になってみると、空調の音や部屋のきしみの音などが、そんな噂話と共に妙に気になりだすものだ。

 しかし噂は噂、実際見たものがいると聞いたことは無いし、さっさと下らない会議の準備など終わらせて帰って寝よう、と改めてパソコンに向かったところで、視界の脇に嫌なものが入った。

 デスク脇の通路に、黒い塊が見える。

視線を移すと、髪の長いおそらく女の頭だ。

体はデスクの陰になって見えないが、人の頭を2mの距離で見誤ることもないだろう。

今日残業しているのは僕一人のはずだし、そもそも通路に頭があるなんておかしな話だ。

これが噂の女か。

 あり得ないと思うが、女子社員が倒れているということも無くはない。

一応確認の為に腰を浮かせたところ、その頭がゆっくりこちらを向き、何か企んででもいるようにニタリと笑った。

 波打った長い前髪は額で分かれてほおに貼り付き(幾分湿っているようだ)、そのほおは幾つか切り傷が刻まれていて、それなのに血は出ていない(赤い肉が傷口からのぞいている)。

落ちくぼんだ目は血走っている。

目の周りには血の塊と目ヤニの混ざったようなものがこびりついている。

不気味に開いた紫色の唇の間からは、どす黒い舌と、黄色い歯が所々かけているのが見える。

腰を浮かせて見えた体は、白いシーツのような服を纏っていて、胴体の側面から四肢がでたらめな方向を向いて突き出ているのが、なんだか亀のような感じだ。

 まずいことになった。

助けを呼ぼうにも周りには誰もいないし、電話をかける間待っていてくれそうも無い。

かといってじっとしていてはやられてしまうだろう。

さっきニタリと笑ったのは何か企んでのことに違いない・・・。

 

 しかしこの忙しい時に面倒なことになったぞ。

明後日の会議は早朝だから遅刻しないために明日は早く帰りたい。

しかし明日は取引先を回らなくちゃならないから昼間にプレゼンの準備なぞできないし、ということはなんとしても今日中に仕上げたいが、それにはこの状況を打破しなければならない。

それもできれば30分以内でケリを付けないと、明日遅刻し、嫌な気持ちを引きずったまま取引先を回らなくちゃならなくなる・・・。

 こういったことを一瞬の内に考えると、僕の目と女との間の空間に、あるイメージが結像されてきた。

それは一枚の紙となって現れ、こう書いてある。

①30分以内に女を始末する

②10分タバコ休憩をする

③2時間でプレゼンの試料を作る

④週末は思い切り家でくつろぐ

 僕にはその紙に書かれた「プラン」が、これ以上無くシンプルで、すばらしいもののように思えた。

このプラン通りにいけば、週末はきっと素晴らしいものになるだろう。

 女がその醜い体をごきりと鳴らしながら起き上がろうとしている。

最早考えている余裕は無くなった。

僕は早速「プラン」を実行することにした。

 

 とりあえず何も考えずに、隣の女子社員のデスクにあった、きれいな花の生けられた花瓶を女の頭に投げつけた。

花瓶は命中しバカンと見事に真っ二つに割れ、花と水を女の頭にまき散らした。

そこで一瞬女の動きが止まったので、辺りを見回し、武器になるものを探した。

生憎ひ弱そうなビニール傘しか目に留まらなかった。

ちらと女の方を見やると、先ほどの花が醜い笑顔の女の周りに散らばり、不気味さをよりいっそう際立たせている。

何も得物がないので、仕方なく直接靴の裏で女の顔面を蹴ることにした。

デスクを支えにして女の顔面めがけて折り曲げた足を伸ばすと、ぐにゃりとした感覚が伝わる。

(幽霊がこんなに物質的なものだとは知らなかった。

しかしまあ現に目の前にに存在しているんだし、何らかの物理的なものであって差し支えない訳だ)

 するとそれまで言葉は発さなかった女が、まるで隠していた武器のように、突然恐ろしい金切り声を上げた。

「きぃぃいやああおおうぅ・・」

 僕は驚き、後ずさって女との間に十分な距離をとってから、様子をうかがってみることにした・・・。

しかしそれっきり、女は特に身動きもしない。

元気をつけた僕は、もう一度思い切りよく女の顔面を蹴ることにした。

今度はその場から少し助走をつけて、壁に蹴りを食らわせる要領でやってみる。

すると女は弾みで転がり、通路の向こうのデスクにゴガンと頭をぶつけ、仰向けになった。

「ぐぐぅぅ・・・ぎぎゃあう・・」

苦しさとも悔しさともつかない呻き声が口から漏れている。

(きっとあれは想像を絶する怨念の塊なのに違いない。

強盗に殺されでもしたのかな?)と考えたところで、強盗という言葉からナイフが頭に思い浮かんだ。

(そうだ、給湯室に確か包丁があったはずだ)

 僕は急いで給湯室に駆け込むと、流しの下の戸棚から大きめの包丁一本と、予備に果物ナイフを一本持ってきた。

その間に女がいなくなってしまうのでは、と不安だったが、女はそのまま横たわっていた。

特に襲ってくる様子もなさそうだったが、ぐずぐずしていると30分経ってしまう。

女の下半身の方から近づき、足で蹴られないよう注意しながら腹のあたりにズブリと包丁を突き刺した。

女は激しく身悶えしたが、最早声はたてなかった。

「うう・・・ぐぐ」と小さく呻いているだけだ。

案の定血は出なかった。

(体内に血は残ってないんだな。

これなら後の掃除も楽だ)そう思い、ブスブスと何回も刺した。

 

 やがて女は身動きすらしなくなった。

(さて、死んだことにしてもいいのかな?とは言っても元々死んでるんだから確かめようも無いな。

)一仕事してタバコが吸いたくなったが、(まずはこいつを片付けてからだ!)と自分を元気づけ、(どうやって片付けようか。

まあ血も出ないし、バラバラにして大きめのゴミ袋に入れて捨てるか)

 早速掃除ロッカーからゴミ袋を見つけてきた。

幸い黒い不透明なビニールの物だった。

あとはこいつをばらして詰めるだけだ。

包丁を右手に、左手で女の脚をつかもうと手を伸ばしかけたが、さすがに素手で触るのは気が引けたので、給湯室から厚めのゴム手袋を持ってきた。

時間はここまで20分経っていた。

(あと10分で終わるかな?でもまあやるしかないな!)女の着ていた服をひっぺがす。

すると、やはり腕や脚はてんでバラバラな向きについている。

そのせいか接続が悪く、腕をちょっと捻ると簡単に根元からもげた。

(こりゃあ思ったより楽だ)

ーーー五分で女を頭、腕二本、脚二本、胴体一個に分割することができた。

脚は長いので、膝でぶった切ってさらに分割し、腕二本と頭、脚のセット、胴体の三つに分けてゴミ袋に突っ込んだ。

さすがに重かったが、運動不足解消になると思い、しっかり抱えて運んだ。

女の体は会社の前の汚いゴミ捨て場に放り投げておいた。

明日になれば収集車がきれいに片付けてくれるだろう。

 

 オフィスに帰ってくると、ほぼ30分経っていた。

女のいたところは少し湿っていたが、特に血などが残っていることもなく、割れた花瓶と花、それと女の来ていた服が散らばっているだけだった。

僕は服を丸めてゴミ箱に突っ込み、花瓶と花をかき集め捨てた。

くたびれたし、深夜なのだが妙に清々しい気持ちがする。

プラン通りに事が運ぶのはいつも気持ちがいいものだ。

あとはプレゼンの試料を軽く作って終わりだな。

ーーーひと仕事終えた後のタバコは最高の味がした。

 

 

怖い話投稿:ホラーテラー 徳明さん  

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