中編7
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溜めるもの

ある、日家の電話が鳴った。

「はい、熊田ですが…」

「あっ、おばあちゃん?俺だけど元気?」

「あら、珍しいねぇ。雅也は元気なの?おじいちゃん死んでから、毎日暇で暇で…たまには遊びに来てちょうだいね」

「俺は、元気なんだけどね… ちょっとお願いがあるんだ…」

「何?どうしたの?学校で、何かあったの?あっ お父さんと、喧嘩したんじゃないの?」

久しぶりの孫からの電話だ。

「友達のギターを壊しちゃってね、高いやつなんだけど、弁償しないといけないんだ。」

「高いって、いくらなの?おばあちゃん少しなら持ってるけど…お父さん、お母さんは知ってるの?」

「60万なんだ。でもバイト代とかで40万は貯まったんだ。あと10万は今度のバイト代でなんとかなるんだけど…」

「残り10万がなんとかならないのね?」

「そう。本当はもう少しまって貰える予定だったんだけどライブの日程が早まったらしくて… 貸して貰えないかな?父さん達は知ってるし、自分でなんとかするのが筋だって怒られはしなかった。」

孫のためだ。

10万はちょっときついけど、私一人なら節約すれば生活出来る。

私は言われた口座に10万を振り込んだ。

溜めるもの(僕に出来る事)

今日も、冷やかしが多い。

あと少しなのに…

時間がないのに…

何故僕は殴られるんだ?

何故こんな事をしてるんだ?

そう、ばあちゃんのためだ。

おばあちゃんは俺のために10万を振り込んだ。

その10万を、返すために殴られているんだ。

でも時間がない。

あと少しだ。

間に合ってくれ。

溜めるもの(私のために)

振込みから数日しても、孫からの連絡がない。

まだ、お金が足りないのだろうか…

携帯に電話してみようか…

その時また家の電話がなった。

「おばあちゃん?俺だけど。お金ありがとう。あとはなんとかなりそうだから。借りた事は父さんには内緒にして。自分でなんとかするって約束だったから。」

「そう。なんとかなってよかったよ。あのお金はね、あんたが成人する時のお祝いに、って貯めたものだから返す必要はないよ。」

「いや、絶対に返すよ。成人のお祝いなら尚更。成人する時の楽しみがなくなるからね。」

孫は笑ってそう言った。

でも私は孫の成人を見届ける事は出来ないだろう。

孫もそれは知ってるはずだ。

余命半年…

宣告から、数ヶ月経っているからあと1ヶ月かな?

孫の二十歳の誕生日まで1年以上はある。

見届ける事は、出来ないだろう。

溜めるもの(僕に出来る事)

ある日、おばあちゃんから電話がかかってきた。

「この前の話だけどね。本当に返さなくていいからね。最後に雅也の役に立てたのが嬉しいんだから…」

おばあちゃんは何を言っているんだろう。

僕は、おばあちゃんに何も借りていない。

おばあちゃんは尚も話を続ける。

「残りの10万はもうなんとかなったの?あの10万で足りたの?」

僕は、おばあちゃんから10万を、借りたと言う事になっているのか?

「10万は必ず返すよ…」

恐る恐る返答してみる。

「いいのよ。気持ちだけ返して貰うわ。成人のお祝いを早めただけだし。」

やはりそうだ。

でも、僕はお金を借りてはいない。

じゃぁ誰が?

恐らく「オレオレ詐欺」だ。

ばあちゃんは、オレオレ詐欺に引っ掛かってしまったんだ。

その事を告げるべきか…

いや、

ばあちゃんは、今生き生きとしている。

孫の役に立てた、と信じている。

その思いを、壊してはいけない。

騙されたと気付いてしまったら、残り僅かな人生をどんな気持ちで過ごすのだろう。

僕には言えなかった。

僕に出来る事。

ばあちゃんが生きてるうちに「俺」が借りた10万を返す事。

時間がない半月程で10万貯めなければならない。

一人暮らしの僕が、今出せるお金は僅かなしかない。

バイト代は?

間に合わない。

次のバイト代が入るまで1ヶ月弱…

半月で溜める方法…

物乞いでもするか?

そうだ

募金

募金は勝手にやっていいのだろうか?

騙されたばあちゃんに合いの手を…

こんな胡散臭い募金に、誰が金をだすんだ?

以前、テレビで「殴られ屋」ってやってたな…

あのおじさんは、1日で数万稼いでいた

殴られて金が貰えるなら…

1日数万なら間に合う。

そして今日も僕は殴られている。

溜めるもの(私のために)

私は騙された。

この前の電話で孫の様子がおかしかった。

まるで10万の事を忘れているかの…

いや、まるで知らない事のような反応をしていた。

一瞬だったがわかる。

孫は、私が騙されたと気付かないように話を合わせているようだった。

また孫から電話がきた。

「10万貯まったから。週末返しに行くよ。」

私のために…

騙された私のために借りてもない10万を返そうとしているんだ。

「いいのよ。本当にあのお金はあげたものなの。それに本当は…」

「とにかく貯まったんだから返すよ。じゃ、週末行くから。」

孫は私が騙された事に気付いたとわかっている。

それを口に出させまいと私の言葉を遮って電話を切った。

そして、週末孫は10万を持って家に来た。

気付いてないフリをする私

自分が借りたフリをする孫

この孫の思いやりがとても嬉しかった。

騙された事は、悲しいけど、こうしてまた孫と会ってゆっくり話す事が出来るのは「俺」のおかげかも知れない。

溜めるもの(僕がするべき事)

間に合った…

ばあちゃんに「俺」が借りた10万を持って返しに行く。

ばあちゃんは気付いているようだ。

それでも気付かないフリをしている。

「この10万は成人する時に引き出すようにお父さんに預けておくから」

と嬉しそうに受けとった。

ばあちゃんと、こんなにゆっくり話すのはいつぶりだろうか。

余命宣告される1年程前か…

余命宣告を受けてから何となく涙が出そうで電話もしていなかった。

これも「俺」のおかげかな。

ちゃんとお礼を言わないといけないかな…

まぁ、僕にはまだ時間はある。

そして数日後ばあちゃんの容態が悪化し入院した。

僕はばあちゃんの家にいた。

ばあちゃんは何度か「俺」と話していたようだ。

恐らくまだ騙せると思われたのだろう。

必ずまた電話がくるはずだ。

ばあちゃんが入院して4日目「俺」から電話がかかってきた。

「熊田ですが」

少し幼い声で電話に出る。

「間違えま…」

「あっ もしかして雅也お兄ちゃん?おばあちゃんからね、頼まれたの。雅也お兄ちゃんから電話あったら伝えてって」

「君は誰?おばあちゃんは?」

「僕のおばあちゃんとおばあちゃんがお友達で、今家にお留守番でいてね…」

「おばあちゃんの友達の孫って事? で、おばあちゃんは?」

子供を演じるのは難しい。

「俺」は少し苛立っている。

「そう。おばあちゃんとおばあちゃんはお友達。おばあちゃんはね、入院しちゃったの。僕とおばあちゃんがお留守番頼まれたの。」

「俺のおばあちゃんが入院して君と君のおばあちゃんがその家にいるのね?で他に留守番はいるの?」

「いないよ。おばあちゃんがね、雅也お兄ちゃんに渡したいものがあるんだって、ギターの残りを用意したって言ってた。」

こんな作戦に乗る程馬鹿じゃないか…

「その残りは誰が持ってる?どうすれば受け取れるんだ?」

乗ってきたよ…

馬鹿だなコイツ

いや

これからお礼に行くのにそんな事言っちゃ失礼だな。

「僕が持ってる。××病院の裏に公園あるよね?そこで渡すように言われた。僕のおばあちゃんには内緒だよ。」

これで「俺」は来るだれうか…

お礼がしたい

ばあちゃんと、ゆっくり話す時間を作ってくれたんだ

お礼はきちんとしないといけない。

僕は「俺」を待っている。

来るだろうか。

きっと仲間がいるだろう。

仲間がいる前でお礼が出来るだろうか?

僕は待ち続けた。

予想に反して「俺」は一人で来た。

僕は溜まったものを出した。

上司のセクハラ、パワハラ、恋人、家族への不満、世の中への不満…………

みんなが僕にくれた憎悪

ばあちゃんが味わった悲しみ

僕が受けた痛み

それらは僕の中で膨れている。

今「俺」に出来るお礼はこの膨れたものをあげる事だ。

気付くと「俺」は僕の足元で倒れていた。

喜んでくれただろうか?

僕に出来るお礼はこんな事しかないけれど

これでも足りないくらいだ。

「僕に楽しい時間をありがとう。」

そう耳元で囁くと僕はばあちゃんの病室へと向かった。

長々と失礼しました。

この作品は昔「オレオレ詐欺」に遭遇した友人Aと祖母の経験を元にAが書いたものです。

実話とフィクション半々で構成したようです。

わかる範囲ですが

殴られ屋は嘘で実際は家財などを売り払い10万を作りました。

ばあちゃんは騙された事にすぐに気づき警察にも被害届を出しています。

余命は本当で最後の思い出が騙された事では悲しいので売り払って出来た10万で旅行をしました。

もちろん「俺」との接触もありませんし足元で倒れてません。

ただそうしたい程の恨みがあったと話していました。

怖い話投稿:ホラーテラー 熊田さん  

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