中編4
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おじぎさん

私の通っていた小学校の、裏門に近い電信柱の陰には、時々“おじぎさん”と呼ばれる女性が出没した。

背骨の病気なのだろうか、その名の通り、いつも深く深くおじぎをしている様な格好で、何をするわけでもなく立っている。うまく閉まらない携帯の様な二つ折りの体。

その気味悪さからか、PTAからの苦情も出ていた様で、恐らく幽霊では無かった筈だ。

殆どの生徒がその存在を知っていたが、彼女の顔を見た者は誰もいなかった。

その、深いおじぎの格好のせいだ。

ある日、クラスにT君という転校生が来た。

明るく、裏表のない性格の彼は、すぐにクラスに溶け込んだ。

中でも、私とは家が近いお蔭で、特に仲が良かった。

ある日クラスで“おじぎさん”の話題が出ると、T君は初めてその存在を知った様子で、詳しく話を聞きたがった。

一通り話すとT君は、「病気の人を怖がったりするのは失礼だ」と言った。

話に水を差された気持ちはあったが、正論だったし、T君のそういう優しさが皆嫌いではなかったので、素直に話題を別なものに移した。

その放課後、私はT君に一緒に帰ろうと誘うと、「裏門寄ってくけど、それでもいい?」と言う。

何をしに行くの、と聞くと「おじぎさんと話をしてみる」と答える。

先程の話の件もあり、私は、どうしてそんなにおじぎさんにこだわるのか、と尋ねた。するとT君は、今まで胸の奥に閉まっていた事を、私にだけ打ち明けてくれた。

「俺のお母さんも背骨の病気だったんだ。それでも普通に生活する事は、一応出来なくはない程度の筈だった。でもお母さん、そのうち『世間様の目があるし、子供も気味悪がるだろうから』って言うようになって、段々外に出なくなった。そのまま体が弱って病気が悪化して、そして死んじゃった。俺、嫌なんだ。そういう、良く分かりもしないくせに、怖い怖いって噂するの。だから話してみる。きっとそんな所に立ってるの、何か訳があるんだと思う」

思いもよらぬ重い話に私はたじろぎながらも、そういう大事な話をしてくれた事が、親友の証の様な気がして嬉しかった。

私も一緒に行く、行って話す、と言うと、T君は

「ありがと。お前、やっぱ良い奴だな。」

と言って、笑った。

二人で、帰るには全くの遠回りにしかならない裏門へ向かう。

噂のせいで、こちらを通る生徒は殆どいなかった。

門を出ると、少し離れた電信柱の陰に、運良くおじぎさんを発見した。

が、そこにいたのはおじぎさんだけではなかった。

低学年と見える子供ら数人が、少々距離を置いて取り囲む様にいた。

リーダー格らしい小太りの子が、何か喚いている。

バーカ、化け物、キチガイ、死ねー。

そして持っていた小石を、おじぎさんに投げつける。それを合図に、周りの子らも投石を始める。

私がその状況を完全に把握する前に、もうT君は走り出ていた。

小太りの子供の頭に思い切り拳骨を喰らわせ、胸倉を掴み、こう怒鳴った。

「もう一辺言ってみろ。ぶっ殺してやる。お前ら皆ぶっ殺してやる」

そう言い放って突き飛ばすと、子供らはお化けより怖い者に襲われたとでも言う様で、泣きながら蜘蛛の子の様に散り、逃げて行った。

今まで見た事のないT君の怒り様に、端で見ていた私も震えが来る程だった。

T君は逃げて行く子供らを暫く睨み付けてから、微動だにしないおじぎさんに向き直って言った。

「大丈夫かい、おばさん?あんなの気にするなよ。色んな噂する奴はいるけど、ここに立ってるの、きっと何か訳があるんだろ?」

そう言いながら腰を少し屈める。

やっと追い付いた私は、T君の表情が強張っている事に気付いた。

おじぎさんがT君の手を両手で握っている。爪が妙に割れている。

―ごメんねエ。

変な抑揚の声が何処からか聞こえる。

彼女は、妙な捻り方で、鉛の様に首から上だけを、ゆっくり持ち上げる。

T君の顔がはっきりと恐怖を示す。

おじぎさんの顔が見えた。

左目が白かった。黒目が見当たらず、そこから白濁した涙を流している。右目は赤黒く滲む眼帯で抑えられ、妙に膨らんでいる。そこから血の涙が次々溢れてくる。

「ごメんねエ…」

割れた唇が言った。

先に叫んだのは私だった。それに呼応する様にT君も叫び、彼女の手を振り払い、走った。

グラウンドの遊具の所迄来て、二人とも倒れ込んだ。

T君は泣いている。

私はT君の手に赤い物が付いているのを見て、吐いた。

T君は泣きながら言った。

「俺も同じだ。あのガキ共と同じだ。お母さんを死なせた奴らと同じだ…」

それから程無くしてT君は、また転校していった。二度と笑顔を見せずに。

私は今、その母校に用務員として勤めている。

今日も遠回りをして裏門から帰る。

おじぎさんに再び会い、今度こそ怖れず、話を聞いてあげる為に。

その時こそ、T君が自分を責めずに済む日が来る。

怖い話投稿:ホラーテラー みさぐちさん  

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