数年前、Aさんは就職を契機に念願の独り暮らしを始めることにした。
会社からほどちかいワンルームのマンションを借りると、早速引っ越した。
部屋に荷物を運び込んでいるうちに、ユニットバスが真新しいものに交換されていることに気がついた。
おかげでお風呂はもちろん洗面台もピカピカだ。
たしか不動産業者に案内されたときは、古いままだった。
Aさんは思ってもいない就職と引っ越しのお祝いだと喜んだ。
引っ越しの片付けもようやく終えた夜のこと。
Aさんは、化粧を落とそうとバスルームに入って洗面台の前に立った。
洗顔して、顔を上げたときだった!
鏡に映った自分の顔が、紫色に腫れ上がった若い男になっている。
その目がAさんを睨んだ。
途端に意識が遠くなった。
朝、水の流れる音で目を覚ますと、ユニットバスの中で倒れていた。
洗面台では、蛇口から水が流れっぱなしになっている。
いけない、止めなきゃ。
慌てて水を止めた後、念のため病院にいくことにした。
医者からは、貧血だろうと診断された。
Aさんも、引っ越しの疲れと貧血が重なって変な夢でも見たのだろうと、それほど気にはしなかった。
一週間ほどして、友人が部屋に遊びに来てくれた。
二人で酒を飲んでワイワイ騒いでいるうちに酔いがまわり、Aさんはそのまま寝込んでしまった。
朝、目を覚ますと、部屋の中に友人の姿がない。
どこにいったんだろうと、起きたてのボンヤリした頭で考えているうちに、バスルームの方から水の流れる音が聞こえてくるのに気がついた。
きっと顔でも洗っているのだろうと、Aさんはしばらくの間、友人が出てくるのを待っていた。
・・・・・・あれ???
水の音が止まらない。
まさか!!!!!
と思い起き上がって、ユニットバスの中を覗くと、友人が倒れている。
蛇口からは水が勢いよく流れ、洗面台の鏡は粉々に割られていた。
大変!!と、慌てて救急車を呼んだ。
友人が担架に乗せられて、部屋の外へと運び出されていく。
救急車の周りには、騒ぎを聞きつけた野次馬でいっぱいだった。
友人に付き添いながら救急車へ向かうAさんの耳に、今度もまたお風呂場で自殺かしら?何回目?
このマンションばっかり続くわね。
などと、野次馬の話している声が聞こえた。
病院で意識が戻った友人によると、寝る前に洗面台で顔を洗っていたら、鏡の中に紫色の顔の男がいたと言う。
反射的にクレンジングオイルのビンを鏡に、投げつけると、そのまま気が遠くなったのだという。
気がつくと友人は、ぶるぶると震えていた。
Aさんは、マンションに戻ることなくそのまま実家に帰ると、二度と部屋に戻らないまま解約した。
大家さんは、この十日にも満たない短すぎる解約願だったにもかかわらず、理由を聞くこともなく応じてくれたという。
怖い話投稿:ホラーテラー 銀色の鷹さん
作者怖話