中編3
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彼女は漫画家

彼女は同じ職場の24歳で、ホラー漫画を描くのが趣味だった。

プロの漫画家を目指してるらしい。

僕もホラー好きで、話してるうちにお互いの趣味が合うことがわかり意気投合した。

彼女の漫画を見せてもらったり、僕がこのサイト(ホラーテラー)を紹介したりいろいろ情報交換をした。

彼女の漫画はプロを目指しているだけあって、とても上手くて面白かった。

残酷な描写はあまりなくて、心理的な恐怖をうまく表現していた。

僕は週一くらいで漫画を見せてもらい感想や意見を言った。

「面白いよ。」

作品を見せてもらうたび僕はほめた。

本当に面白くて僕は彼女の漫画の熱烈なファンになった。

彼女自身にも少なからず好意を持っていたが、僕は結婚していたのでそれを口にすることはなかった。

 

僕は二年間の予定の単身赴任でこの会社に出向していた。

彼女は僕が既婚者なのを知っていたし、年齢も一回り上の僕を男性としては意識していなかったと思う。

携帯番号は交換したが、かかってきたことはない。

彼女に恋人がいるかどうかも知らない。

本当に漫画だけのつながりだった。

共通の趣味を持つ友人。

自分の漫画を読んでくれる読者。

彼女にとって僕はそういう存在だった。

それで充分だったし、他に趣味のない平凡な30男にとって、彼女の漫画と彼女との会話はこの上ない楽しみだった。

 

そんな感じで一年過ぎた頃。

突然、彼女が病気で入院して、その一ヶ月後くらいに亡くなった。

会社の同僚と一回見舞いに行った時は元気そうだったので、安心していた。

「早く退院して(漫画の)続き描いてね。」

僕が彼女に言った言葉はそれが最後になった。

ショックだった。

いまさらながら、僕は彼女を本当に好きだったことに気付いた。

自分が既婚者だということで無意識に彼女への想いを封印していたのだ。

もう彼女の漫画も読めないんだな…

そう思うと、とても辛かった。

お互いホラー好きだから、幽霊になって出てきてくれたりしないだろうか。

そんなことを思ったりしたが、もちろん彼女の幽霊は現れなかった。

彼女の幽霊は現れなかったが、代わりに彼女の夢を見た。

夜中に僕がアパートの部屋で目を覚ますと、彼女が布団の向こうに立っている―。そんな夢だ。

夢の中で僕は彼女にいろいろ質問した。

いつ病気が悪化したのか?

描きかけの漫画の続きは?

借りたままの小説は?

でも彼女はいつも微笑むだけで何も言わなかった。

わかっていた。これは夢で、すべて僕の頭の中の妄想なのだ。

だから彼女はしゃべらない。

僕は彼女のことを漫画以外ほとんど知らないから。

それから数日おきに彼女の夢を見たが、相変わらず彼女は何も言わなかった。

ある晩、また彼女が夢に出てきた時、僕は思った。

夢の中なら―

今まで言えなかったことを言っていいんじゃないか。

僕の想いを告白していいんじゃないか。

どうせ僕の妄想の中なんだから。

僕は意を決して彼女に話しかけた。

「僕は…」

でもその後が続かなかった。

夢の中ですら言えないなんて、どれだけ意気地がないんだろう。

好きなんだ。

君の漫画も好きだけど、君のことはもっと好きだったんだ。

この恋が成就することはない。

それでも伝えたい。

夢の中でもいいから伝えたい。

でも、どうしても言葉にならなかった。

その時彼女が初めて口を開いた。

「漫画…読んでくれてありがとうございました。」

そういうと彼女は消えた。

涙がこぼれた。

彼女との思い出がいっきに溢れだした。

漫画だけのつながり。

いいじゃないか。

それだけで充分だ。

「うん、すごく面白かったよ。」

僕はそういうと、また深いまどろみの中に落ちていき、気がついたら朝になっていた。

それから僕は単身赴任も終わり元の会社に戻った。

あれ以来彼女の夢を見ることもないし、時間の経過とともに、記憶から薄れつつある。

ただ時々、本屋に並ぶホラー漫画を見ると、ふと彼女のことを思い出すのだ。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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