長編10
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背の高い女

2年前俺は東京近郊のボロいアパートに住んでいた。

その日は熱帯夜で、狭い1Kは蒸し風呂の様だった。

深夜のくだらないバラエティ番組を見ながら、ベッドに寝転んでいた。

くそっ、ビールが無くなった・・・

冷蔵庫が空っぽになっていた。

しかたなく、アパートから50メートルくらいのトコにある酒の自動販売機まで、小銭を握り締めて買いに行く。

ピッ・・ガタン

買った500mlビールを片手にアパートへ戻ろうとした時、目にした光景に思わず物陰に隠れてしまった。

見たことの無い女が、屈みこんで郵便受けから部屋を覗いている。

誰だよあれ・・・

190はありそうな大柄な女

古臭いデザインのワンピース

ロングヘアーと言うにはあまりに長い髪のせいで、顔は全く見えない。

直立すれば、髪は膝まで届くだろう。

全く記憶に無い女だ

こんな女、知り合いなら間違いなく忘れない。

体を窮屈そうな感じで「くの字」に曲げて郵便受けを指で開けながら、顔をドアに密着させて覗いている。

前の住人の知り合いか?

思ったのも束の間

「○○君いるんでしょ・・・」

バタッ

ボソリとした声だったが、確かに俺の名前を呼んだ。

途端に怖くなった。

バタッ

「○○君開けてよ・・・」

バタッ

「○○君いるんでしょ・・・」

バタッ

「○○君わかってるよ、いるの・・・」

バタッ

女は室内にボソボソ喋りかける度に、郵便受けを開け閉めしている。

絶対まともじゃない

警察呼ぶしかないな

そう思ったが、携帯電話を持ってきていない事に気がついた。

公衆電話があった場所を考えながら、その場を静かに離れ歩き出した瞬間

カチャ

小さくドアを開けるような音が聞こえた。

途端にやばい事に気づいた。

鍵かけてない・・・!

慌ててドアが見える位置に戻ると女の姿は無かった。

部屋に入られた!

部屋の中の物が心配になった。

何されるかわかったものじゃないと思った。

急いでドアの前に行き聞き耳を立てた。

・・・・・・

静かだ。

そろりとドアノブを回す。

緊張でちょっと手が震えていた。

カチャ

普段は気にならないドアを開ける音が、大きく響いた気がした。

少しだけドアを開いて、静かに室内を覗いた。

キッチンの奥に見える部屋からは、点けっぱなしだったバラエティの笑い声が聞こえる。

集中して室内に聞き耳を立てた。

・・・・・・

女は見えず、テレビ以外の物音はしていない。

隠れているのか?

心臓の鼓動が聞こえるくらい大きく早くなる。

室内に入るべきか、一旦離れて警察を呼ぶべきか

室内の物音や動きに集中しながら、どうすべきか考えていた。

玄関から1mくらいの台所に、置きっぱなしの携帯電話が見える。

あれが取れたら・・・

目は室内から離さないようにしながら、ドアをもう少しだけ開けて体を半分入れて手を伸ばした。

・・・もう少しでとれそうだ

「いるのわかってたよ・・・。」

いきなり後ろから声が聞こえて心臓が飛び出そうになった。

俺の後ろに女が立っていた。

俺は反射的に部屋に入りこんでドアを閉め鍵を掛けた。

ガチャガチャ

ガチャガチャガチャ

荒々しくドアノブが回る。

慌ててチェーンロックもしてドアから離れた。

ガチャガチャガチャガチャ

ガチャガチャ・・・・・・

ドアノブが止まった。

バタッ

郵便受けが開いた。

真っ赤な口紅の口が見え、動いた。

「○○君開けてよ・・・」

バタッ

「○○君なぜ開けてくれないの・・・」

バタッ

「○○君早く開けてよ・・・」

バタッ

ずっと女は開け閉めを繰り返している。

気味が悪く怖くて泣きそうだった。

お前なんか知らないんだよ!

気持ち悪いんだよ!

消えないとぶん殴るぞ!

怖くて声が震えていたかもしれないが、精一杯強がった。

女の声が止まって郵便受けが閉じた。

・・・効果あったのか?

バタッ

郵便受けが開いて何か出てきた。

一瞬何だか分からなかった。

包丁の先だった。

ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ

20cmくらいの包丁の先が左右に激しく動く。

女はまたしゃべり出す。

「○○君早くあけてよ・・・

○○君早くあけてよ・・・」

ひぃ・・!

包丁が届かないのはわかっていたが、自分の口から情けない声が出た。

慌てて警察に電話した。

電話に出た人に住所と状況を伝えようとしたが、焦ってうまく伝えられずに何回も聞きなおされた。

でも警察にはかえって危険な状況だと思われたようだった。

と女の声が止み包丁が消えた。

ドアに目が釘付けになる。

テレビの音が邪魔で外の音がよく聞こえない。

もしかしたら窓から!

慌てて部屋の窓を見る。

台所にあった自分の包丁をつかんで震えながら身構えた。

・・・・・・

何分たった頃かは覚えていないが、赤い光がカーテンの隙間から点滅して見えた。

アパートの回りにパトカーが3台来ていた。

最終的にはパトカー5台とチャリが2台来た。

警察官に状況を説明する頃には少し落ち着いていた。

結局女は見つからなかった。

狂言を疑われなかったのは、3部屋先に住んでいるイラン人の男性が、片言の日本語で証言してくれたおかげだ。

「何かを郵便受けに突っ込む大柄な女を見た」と彼は証言してくれた。

だが皆目女の正体は分からず、

”俺のアパートの周りは重点パトロールします”

という解決には程遠い対応になった。

もう家に帰るのが怖くて無理だと思った。

引越しする事にした。

別の駅にアパートを借りた。

怖くて住民票は移さなかった。

閑静な住宅街にある、やはりボロな1Kアパートだ。

引越しした事で少し気持ちが落ち着いてきた。

あの出来事から3ヶ月くらいが過ぎた。

その日は仕事で遅くなり、終電をおりてシャッターの閉まった商店街を抜け、一方通行の細い道を歩いていた。

ドン!

いきなり凄い衝撃を背中に受けて宙に投げ飛ばされた。

遅れて強烈な痛みが襲ってきて、体を丸めて呻き声を出す事しかできない。

バタン

激痛の中、車のドアの音が聞こえた。

消えない記憶のボソッとした声が聞こえた。

「やっとあえたね・・・」

何かは分かなかったが、上半身に袋のようなものを被されて、ガムテープのようなものでグルグル巻きにされて車に押し込まれた。

抵抗しようにも痛みで声も力も出なかった。

車のドアが閉まる音がして揺れ始めた。

30分か1時間か分からないが、少し時間が経つと声を出せるようになった。

助けてくれ!

やめてくれ!

痛みをこらえて声の限り叫んだ。

返答は一切無く、女は終始無言だった。

車は長い間揺れ続けた。

多分3時間くらい、もしかしたらそれ以上走ったと思う。

俺は背中の痛みもひどい上に、叫び疲れてグッタリしていた。

逃げなきゃやばいと思っていても、頭がボーっとしていた。

揺れが止まってエンジンが切れた。

女が車を降りた音と気配がする。

頭がさえ始めて、急に何をされるのか怖くなった。

俺は何も見えず体も動かせない状況の中、恐怖の予感で泣いていた。

ガチャ

すぐ近くのドアが開く音がした。

恐怖で震えが止まらない。

足を力の限りバタつかせる。

いきなり首が凄い力で絞まった。

自分の顔がどんどん熱くなり、目が段々飛び出そうになる。

耳の奥からプーっという高い音が聞こえてきた。

全てがブラックアウトした。

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ゲホッ

自分の咳き込む音で目を覚ました。

咳がしばらく止まらなかった。

泣いたせいか、目がヒリヒリして少しぼやけていたが、周りの様子が見えはじめた。

廃屋の中だった。

近くに電池式のランタンが置かれていて、見渡すとボロボロに朽ちている壁や天井が見える。

!!

悲鳴をあげそうになったのを何とかおさえた。

後ろの壁に隙間なく写真が貼られていた。

俺の写真だ。

色んな写真があったが、いつ撮られた写真か全くわからない。

写真は、俺の顔以外が真っ黒に塗りつぶされていて、写っている場所もシチュエーションも全くわからないのだ。

真っ黒の中、俺の生首が浮かんでいるような写真を見た俺はパニックになった。

やばいやばいやばいやばいやばい

頭の中でそれだけがグルグルしている。

慌てて逃げようとしたら、首に鋭い痛みが走り、凄い勢いで引っ張られて転んだ。

訳もわからずに首のあたりを触るとワイヤーが巻かれていた。

ワイヤーは少したるんだ状態で天井の方に伸びている。

どこかに固定されているのか、引っ張ってもビクともしない。

首の後ろを触ると、ワイヤーの結び目があってその上を針金でグルグル巻きにされているようだった。

立ち上がると結び目を前にまわす事ができた。

爪で針金を取ろうとしたが、針金が堅くて動かない。

何か道具を探そうとしたが、ポケットは空だった。

頭をフル回転して外す方法を考えた。

ハッと思いベルトを抜く。

バックルをベルトから外して、留め金を針金に引っ掛けテコのようにして針金を動かそうとした。

いつ女が入って来るか分からない恐怖で焦って何回も失敗したが、あきらめず引っ掛けている内に少しずつ針金が動き、ある程度緩むと手で一気に針金を外す事ができた。

針金が外れるとワイヤーは簡単に解く事ができた。

息を整えながら気配を探る。

体の痛みも動けない程ではなくなっていた。

ザサッ ザサッ

入り口と思われる朽ちたドアの方から、風音とは違う草を掻き分けるような音が聞こえてきた。

慌てて隠れる場所を探す。

左の壁に潜れそうな穴が見えた。

急いで這うように体を穴に入れる。

ほとんど同時に女が入ってきた気配がした。

「○○君ただいま・・・」

俺は奥の方に慎重に進み、息を潜めた。

そこは倉庫のようだった。

高い所に窓があり、そこから月明かりが漏れていて、奥に薪のようなものが積んであるのが見えた。

ソッと入ってきた穴から様子を伺う。

さっき繋がれていた場所あたりが灯りでボンヤリ見えた。

そこに裸足の足とスカートの裾、そしてふくらはぎまで垂れ下がった髪の毛が見える。

「○○君待たせてごめんね・・・

○○君といれてうれしい・・・」

逃げ出したのが明らかなのに、まるで俺がそこにいるような語り口調だった。

それが俺には心底怖かった。

ここにいるのを見透かされているようだ。

その内女の声が段々小さくなってきた。

「・・・・・・・・・・・」

良く聞き取れない。

少しだけ穴に近づいて聞き耳をたてた。

「・・・せっかく・・・○○君が心配・・・・早く切り離さなきゃ・・・」

切り離す?何を・・・

頭にさっきの首だけの写真が浮かんでゾッとした。

慌てて逃げ道を探した。

薪を積んである奥にボロボロの扉が見えた。

ゆっくりと忍び足で歩く。

扉まであと少しの所で、女の事が気になり振り返った。

穴は見えなかった。

一瞬理解できず立ち止まってしまった。

穴は四つんばいになっている彼女の髪の毛で埋まっていた。

ゆっくりと穴を抜け、女は立ち上がった。

右手に包丁が見えた。

月明かりに彼女の顔が見えた。

真っ赤な口紅、ギョロリとした目、白粉で肌は真っ白だった。

目が合った女はキュッと口元が上がり笑ったようだった。

無我夢中でドアに体当たりして、転がるように飛び出した。

飛び出した所は深い草むらで、どこに逃げていいか全く分からない。

一瞬視界に何か看板のような物が入り、その先に道らしきものが見えた気がした。

とにかく逃げようとその方向へ走った。

そこには長く使われていない感じの砂利道があった

道に出て振り返ると、彼女が廃屋の横に立っているのが見えた。

いきなり彼女は凄いスピードでこちらに走り出した。

俺はまた走った。

どんどん後ろの砂利の音が近づいてくるのがわかった。

後ろから砂利の音に混じって、彼女の声が聞こえた。

「○○君ちゃんと切り離さないと・・・」

「○○君ちゃんと切り離してあげるから・・・」

もう砂利の音は、背中のすぐ後ろで聞こえていた。

砂利道を息の続く限り走ると、小さなトンネルに行き着いた。

トンネルの奥に小さな光がチラチラ見えた。

迷わずその光に向かって走った。

多分助けてくれとか叫びながら走ったが、必死であまり憶えていない。

いくつかの光が一瞬俺を照らし、一斉にそれが叫び声を上げながら逃げ去ろうとした。

違うんだ 助けてくれ!

必死で追いすがると、懐中電灯を持った彼らは息を切らしながら立ち止まった。後ろを見ると女はいなかった。

「マジ幽霊かと思いましたよ!一体どうしたんですか?」

男3人組みの彼らは、最初苦笑しながらそう言ったが、必死で助けてくれと懇願する俺の姿に洒落にならないモノを感じたのか、自分たちの車で近くの街まで連れて行ってくれると言ってくれた。

何度もトンネルを振り返ったが、やはり女は見えなかった。

後で彼らに聞いたが、このトンネルは有名な心霊スポットで、監禁されていたのは多分奥にある廃キャンプ場だろうと言っていた。

街の交番まで送って貰い、警察に経緯を説明した。

警察によって結構大掛かりな捜査が行われたが、女は見つからなかった。

念のためとか言って、任意で尿の薬物検査もされたがもちろん正気だ。

以前の事件、天井の梁にワイヤーの跡、誰かがいた形跡、俺の首のアザ

女は捕まらなかったが、俺の証言が現実の出来事だと裏づけるものは沢山あった。

彼女のモンタージュも作って貰ったが、別に駅に貼り出される訳でも無く、手掛かりはゼロだった。

俺は仕事をやめて、実家に戻った。

この年齢で親に保護されるとは夢にも思わなかったが両親はこころよく受け入れてくれた。

地元の警察にも連絡があったようで、駐在さんが一日2回訪問してくれる事になった。

全員が知り合いみたいな片田舎だったら、あんな特徴のある女なんて入り込む余地はないだろうとも考え、少しだけ安心した。

それから何事もなく2年が過ぎた。

先日手紙が来た。

差出人は記されていなかった。

フラッシュバックのように女の顔が浮かんだ。

震える手で封筒を開けた。

中には一枚の便箋と小さめの封筒。

便箋には

ごめんなさい

私が間違っていました

とだけ書いてあり、やはり名前とかは書いてなかった。

少し複雑な気分で小さめの封筒を開けた。

写真が入っていた。

首から上だけ真っ黒に塗りつぶされた俺が写っていた。

終わり

怖い話投稿:ホラーテラー からくりさん  

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