中編4
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天空郵便局

雲の上の天空郵便局で、局員である私は右手の指が一本少ない少女から手紙を受け取った。

下界に住む彼女の両親へ配達するのだ。

「ハートのシールを貼ったの」

「結構な選択だ」

「ピンクのびんせんにしたのよ」

「その判断を支持する」

「指が少ないから書くのがたいへん」

「努力に敬意を表する」

私は天空自転車を駆り、下界へ向かった。

彼女が生前暮らした家では今も両親が住んでいる。

まだ死別してから二週間程だ。

朝のポストに手紙を入れると、丁度母親が郵便を確認しに出てきた。

人間には私も天空自転車も、手紙さえも視認は出来ない。

だから手紙の色や形に凝った処で遺族達には見えもしない。

しかし、手紙に込めた想いが強いほど、ポストを開けた時に遺族にそれが伝わる。

辛い記憶を押し退け、優しい思い出が舞う。

それなりに意義の有る職務だと、自分では思っている。

母親がポストを開け、沈みきっていた表情が幾分和らぐのを見届けてから、私は次の配達のため自転車に跨った。

その時下界の警察官が二名、母親に頭を下げながら家に接近してきた。

「奥さん、どうも」

「主人はもう出かけてまして」

「いえ、御報告出来ることは何も無いんですよ。

申し訳ない。

しかし、お嬢さんを手に掛けた犯人は必ず捕まえます」

少女は殺害されて鬼籍に入った。

警察官達は、今日は調査に必要な情報の再獲得と種種の確認を行うべく、この家を訪れた様だ。

その様子を、少し離れた物陰から窺っている男がいた。

私は天空記録簿から、この男が少女を殺害した犯人だということを知っていた。

勿論男を下界の警察に突き出す様なことは出来ない。

私はただの郵便局員で、下界への度を越えた干渉は労働規約違反だ。

私は記録簿に載った、少女の忌際の瞬間の記述を、知らず思い返していた。

◇◇◇

その日少女は高熱を出して、伏せっていた。

父親は出張中で、来週まで帰って来ない。

深夜、少女の部屋に男が侵入した。

男は酷く酔っていた。

少女の怯えおののく様を楽しみにしていたが、熱で朦朧とした彼女からは

期待した様な激しい反応は帰って来ない。

つまらない男は千鳥足で一度部屋を後にし、ニッパーを持って戻ってきた。

「なにをするの…?」

そして少女の右手の人指し指を切断した。

少女は絶叫し、泣きながらのたうちまわる。

それを見て男の酔いが醒めた。

酒の勢いに任せて自分が何をしたかを悟り青ざめる。

「おかあさん!いたい!」

「黙れ!」

少女の口を塞いでも悲鳴は洩れる。

いつしか男は少女の首を絞めていた。

◇◇◇

今、男は物陰でほくそえんでいた。

証拠は残っていない。

幸運なことに逃亡を目撃した者も居ない。

少女の悲哀などもう彼の頭には無い。

ただただ、自分はうまくやったという安堵だけだ。

私は男のポケットからそっと財布を抜き取り、再度天空自転車に跨った。

まだ警官が玄関に立っている少女の生家に戻ると、二階の彼女の部屋に窓から入り、

財布を床に置いてから物音を立てた。

『おや、なにか二階で音がしたな。

奥さん、我々が見てきますからここに居て下さい』

警官の足音が階段を上ってきた。

彼等があの男の財布を発見したのを見届けて、私は窓からおいとました。

夕刻、私は帰りのルートの途上、少女の家のポストを再び訪れた。

中には、少女が出した手紙の封筒が有る。

しかし、中身が変わっているはずだ。

天空郵便局から届いた見えない手紙は、宛先へ届いた後便箋が消え去り、代わりに届先の人間からの、

差出人への無意識の想いが返信メッセージとして封筒の中に現れる。

返信が封筒の中に有るのを確認して、私は手紙を回収した。

これを今度は差出人の少女へ届けて仕事は終わる。

自転車を雲の上へ向けて漕ぎ出す。

丁度帰局する同僚が声をかけてきた。

「見てたぞ。違反行為じゃないのか、あれは」

「少々規則から逸脱する位が、公務員として丁度良い塩配だと認識している」

同僚が唇の端で笑った。

プライバシ保護の観点から、返信の内容を見るわけにはいかない。

だからあの母親が少女の死についてどう感じているかは解らない。

少女を殺害したのが、父親の留守に母親と遊んでいた間男であることも、

殺害の証拠隠滅に母親が尽力していたことも、少女本人は知らない。

勿論教える気も無い。

さて、どうしたものか。

内容だけでも先に見てしまおうか。

いっそ破棄してしまおうか。

いやいや。

悩みながら私はペダルを踏み続ける。

こんなにも悩ましいということは、やはりそれなりに意義の有る職務なのだと、自分では思っている。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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