中編3
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忘れられた同級生

記憶や思い出とは、あてになるものなのだろうか?

そう思わせる出来事を経験した。

阿呆らしい話だが、暇潰し程度に読んで頂ければありがたい。

随分と前のことだが、地元の商店街で嫁と買い物をしているときだった。

『とーちゃん』

私たちが歩く後ろ手から聞こえてきたこの呼び掛けは、私の小学校時代のあだ名だった。

嫁は当然知らないから振り向かないが、私は思わず反応し振り向いた。

視線の先にいたのは、小学校時代の同級生であることは間違いないはずだった。

私も確かに彼を憶えている。

お金持ちの坊っちゃんで、彼の家でゲームもしたし、他の友達も交えて沢山遊んだ。

だが、妙なことに彼の名前が思い出せなかった。

恥ずかしいこともあるし、相手にも失礼であるし、結局名前を尋ねることはせず、そのまま立ち話をした。

とはいえ、懐かしい友人との再会で立ち話にしては随分と長い時間を費やした。

嫁とも馬が合うのか3人で盛り上がってしまっていたようだ。

彼との別れ際に、私は自分のアパートの電話番号を手書きした名刺を渡したのを憶えている。

『良かったら、訪ねて来いよ。また話したいし』

嫁も嬉しそうに私の言葉に続く。

『そうですよ。是非ともいらして下さい』

普通は、旧友とはいえ他の男にそれほどの笑顔を見せれば良い気はしないはずだが、不思議と全く気にもならない。

『…分かった。必ず行くから…』

少し微笑んだような、ホッとしたような彼の表情が印象的だった。

それから、3年くらいだろうか…。

もう彼と再会した出来事も忘れていた。

そんなある日、小学校時代の同級生3人と私の自宅で飲むことになって、卒業アルバムを捲りながら馬鹿みたいな話で盛り上がっていた。

『あら?そういえば、3年くらい前だったかしら…。

あの電車の事故の日。

ほら!トシの同級生に会ったわよね?

彼はどれ?』

私の背中越しにアルバムを見ていた嫁が、彼のことを思い出した。

『えっ…と。……あれ?どれだっけ?』

クラス全員の名前までは流石に暗記はしてなかったが、名簿を見れば分かるはずだ。

私は必死に名簿を読み直してみたが、彼らしい名前は見当たらないし、写真でも彼の面影を残す同級生も見当たらない。

余りにもの怪訝そうな私の様子に友人の一人が声を掛けてきた。

『なぁ、とーちゃん。どうした?』

『…いや…いねーんだよ』

そうだ、そのあだ名は小学校6年のときに付けられたものだ。

絶対に居るはずなんだ…。

結局、彼は見つからなかった。

それどころか、同級生達は彼のことを全く憶えてない。

いや、彼の存在そのものを否定しているのだ。

何ともいえない喪失感だった。なぜだろうか…。

『でも、私達はその人に救われたのよね。彼と話してたから、あの電車に乗り遅れちゃったんだもの』

私は運命なんて信じてはいない。

あの電車に乗らなかったのは偶然だと思っていた。

だが、嫁は彼が命を救ってくれたと信じているようだった。

この出来事で私も少しだけそんな気がしてきたが…。

そして時間は更に経つ。

『ただいまー』

息子が帰って来たようだ。

『おー。帰ったか。おかえり』

私の呼び掛けを気にもせずに息子は、カバンを置くと再び玄関を飛び出していった。

『…やれやれ。いつになったら落ち着くんだろうな…』

独り言を呟きながら、カバンを拾い上げると、カバンのポケットから一枚の小さな厚紙が落ちる。

だいぶん古いものだ。

表を見て全てを悟った。

あの時、彼に渡した名刺。

当時住んでいたアパートの電話番号がもう随分と擦り消え掛けていた。

窓を開けると、息子の友人であろう声が聞こえてきた。

『とーちゃん!明日はとーちゃんちで○○(多分ゲームのタイトル)しようぜ!』

私の名前の上一文字は息子の名前に入れていた。

読みも同じだ。

そして、当然あだ名も同じだった。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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