中編6
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アフターケア(前進)

※以前、投稿した「アフターケア」を前提にしてます。

 そちらを参照してからお読みいただけると幸いです。

私にとって兄は誇りそのものである。

世間一般の人から見れば私達は決して幸福な人生を歩んでいるとは言えないだろう。

所謂、複雑な家庭事情というやつで私と兄とは血が繋がっていないし、両親は共に幼いころに事故で亡くしていた。

私の育った環境はお世辞にも恵まれたと言えるものではなかったが

それでも私は道を踏み外すようなことなどなく、どうにか一人前へとなる事が出来。

それこれも全て兄のお蔭である。

兄の人生において私は明らかに重荷であったことだろう。

私が居るせいで、普通の人が普通に楽しむ時間をすべて私に使わざるを得なかった兄。

だが、そのことについて兄は一切愚痴らしいことを漏らしたことなどなく、

それどころか私のために何かすることが自分の楽しみであるかのようなことを常々言ってくれていた。

事実、兄は非常な努力家である。

兄は中学校を卒業すると、私を養うために働き始めた。

未成年であるため出来る職種も限られたが、それでもいくつもの仕事を掛け持ちし家計を支えた。

そして自分は行かなかったくせに私を高校・大学に進学させ、

私には高校を卒業するまでアルバイトすらさせようとしなかった。

やがて、私は大学を卒業し某企業に就職した。

その時兄がただ短く「おめでとう」と言った時の事は今でも忘れられない。

それは私への祝いの言葉であると同時に、自らの責任を果たした安堵の気持ちの現われであるような気がした。

兄は、必死に私の両親の代わりであろうとしてくれたのだ。

そんな、私には過ぎた兄が、最近少しおかしい。

それは、兄妹という非常に身近な存在だからこそ感じることなのかもしれないが

普段の仕草、行動にどこと無くそわそわした感じが見受けられる。

何か悩み事でもあるのだろうか?

私は何気なく聞いてみた。

「最近何かあった?」

「え?」

兄は意外そうな顔をした。

「なんかさ……最近兄さんちょっと変だよ」

「そうか?」

「うん」

「別に、普段と何も変わらなつもりだけど。んー、疲れてるのかな?」

そういうと兄は屈託のない笑顔を見せた。

それを見て私は何かがあったと確信した。

なぜなら兄は今まで一度も「疲れてる」などと言ったことがない。

本当に疲れている時、たとえ私に気づかれていようとも、それを承知で強がるのが兄だ。

そんな兄が「疲れている」と言ったことに私は少なからず驚いた。

それから暫くの間に、私と兄との会話は極端に減っていった。

時期も悪かった。

私の方も仕事が忙しくなり始め、家に居る時間が減ったし、

兄もまた家に不在であることも多くなった。

家計は私が働くようになって、随分と楽になったが

皮肉なことにそれが原因で、私たちは徐々に距離が広がっていった。

ある日、仕事で遅くなり家に帰ると珍しく兄が居た。

兄は電話中であり、私に気付かないようであった。

何故そのような行動をとったか自分でも解らないが、私は兄に気付かれないように家に入った。

「ああ……そうだ……

 もう少し、考えさせてくれ、妹の事もあるし……うん、……うん

 だが……ああ、それは十分承知している……数日の間に結論は出すだからそれまで……」

何の話だが良く解らないが、兄は真剣な様子で私が居ることに全く気付いてないようだった。

私はそのまま、電話を盗み聞きしていたがそれが人として恥ずべき行為であることに気付き

「ただいま」

と兄に声をかけた。

兄は一瞬びっくりしたような顔をしたがすぐにとりなし

「お、帰ったのか。お帰り。」

と短く答えると、そのまま小声で電話に出続け、私はそのまま自分の部屋に入った。

その日は休日で、私は平日の仕事の疲れからか部屋でずっと寝ていたのだが

昼過ぎに兄に起こされた。

「疲れてるところすまないが、少し話がある」

私はすぐに先日の電話の事だと直感した。

ベッドから身を起こし、着替えてから台所に行くと

兄があの電話の時と同様に真剣な面持ちで座っていた。

「今日はお前に言わなくては……いや、謝らなくてはいけない事がある」

表情を曇らせて言う兄のその言葉に、私は胸騒ぎがした。

「なに?……急に改まって」

「実は……今度結婚することになった」

本来ならば妹として喜ぶべきことの筈であった。

しかし、私は素直に喜べなかった、それどころか先ほどの胸騒ぎ大きくなるのを感じた。

「そう……おめでとう。

 そうするとあれだね。私この家出て行かなきゃいけなくなるんだね」

「ああ、もう一緒に暮らすことはできない」

胸騒ぎと同時に、何か得体のしれない感情が沸き起こった。

「兄さんも隅に置けないね。いつの間にそんな人できたの?」

「……」

その感情は胸騒ぎを塗りつぶす。

「いいなぁ、羨ましい……私も頑張らなきゃ」

「……」

羨ましいなんて嘘だ……私のこの感情は……嫉妬だ。

「ねぇ、相手どんな人?美人さん?」

「……」

本当は聞きたくない。

「ねぇ……何か言ってよ……。」

この台詞はもはや泣声になっていた。

そして、兄は静かに口を開いた。

「……本当はもう気付いているんだろう?」

「……うん」

兄の言うとおりだ、本当はこの間の電話を盗み聞きした時から私は気づいていた。

私の元となった人間はもうこの世に居ない。

私は……いや、兄の本当の妹は大学生の時に病気で亡くなっていた。

兄はその事に絶望し、生きる気力を失っていた。

そんな時、超メンタルヘルス専門業の営業と自称する者が兄の前に現れた。

その営業はある契約を兄に勧めた。

契約内容は『心に出来た穴を埋める』ものであり

再び、兄に生きる力を与えるものであった。

そう、私はその時に生まれたのだ。兄の心を埋める存在として。

兄の意識の中にだけ住む妹として。

「そっか……兄さんはもう克服したんだね」

「ああ、契約期間終了になって全て思い出した。そして、もう契約を継続することを辞めることにしたんだ。」

「うん……」

「自らの寂しさを紛らわすためにお前を作り、そして必要無くなればお前を捨てる。

 つくづく俺は自分勝手なひどい奴だと思う……すまない」

兄は先ほどより更に顔を曇らせた。

「そんな事はない!!

 私は兄さんが妹さんの死を克服するまでの間、埋め合わせをするために生まれた。

 そう決断できたこと自体、兄さんは妹さんの死を克服できたってことだし

 つまりは私はもう必要ないってことだよ!!兄さんは一歩前進したんだ!!

 今度は私から言わせてもらうね……おめでとう……」

「ありがとう、そしてすまない」

兄は頭を下げた。

「だからいいって、謝る事ないよ。

 それとも本当はまだ私が必要なの?このシスコン……」

「馬鹿言え……」

私たちは笑い合った。

それと同時に、私は自らの意識が白濁していくのを感じた……

もう存在していられないようだ……

私は最後にもう一度だけ兄さんの顔を見ると……

ゆっくりと目を閉じた……。

目が覚めると俺は涙が頬を伝っていることに気付いた。

どうやら泣いていたらしい。

「どうですか、気分は?」

俺が寝ているベットのすぐ隣にはケアスタッフらしき人が居た。

「ああ、悪くない」

「妹さんとのお別れは心置きなく出来ましたか?」

「ああ、ちゃんとできたと思う」

「そうですか、それは良かった」

「……」

しばらく沈黙が流れた、ケアスタッフは俺の次の言葉を待っているようだ。

「なぁ、俺は本当に……いや、いい……」

俺は言葉をつづけようとしたが思いとどまり、やっぱり言うのを辞めた。

ケアスタッフはそんな俺を見透かすように見つめニコリと笑う。

「心配する必要ありませんよ。

 貴方は確実に前進してます。

 本来なら、貴方は契約を続行することもできた。

 しかし、貴方はあえてそれを選ばなかった。

 貴方は妹さんの誠実に受け入れたのです、それは死者をないがしろにするという事ではありません。

 これは間違いなく前進です。

 

 さぁ、目を瞑ってください。

 旧契約終了の実施に続き、今度は貴方が新規に契約した内容を実施します。

 今度貴方が目覚めたとき目の前に居る美しい女性が貴方の奥様です。

 もちろん私もそれと気づかれないようアフターケアいたしますのでどうぞご安心ください」

怖い話投稿:ホラーテラー 園長さん  

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