ずいぶんと前の事ですが函館に住んでいた頃、実際に私の身におこった事を話させていただきます。
中学を卒業し、家庭の事情もありましたがやりたい仕事があった為、私は定時制高校に進学し同時に就職をしました。
仕事と学業の両立は思った以上に厳しく、覚える事とやらなくてはいけないことに追われながら毎日を過ごしておりました。
学校の帰りにバイク(バイク通学は禁止でしたけど)で居眠り運転をして事故った事もありました。
同年代の友達の様に遊ぶことは出来ませんでしたがそれでも仕事は楽しく、学校に行けばまだ学生であるのだと幸せをかみしめておりました。
同じ席に日中座っているであろう、顔も見たこともない全日制の生徒と机の引き出しを通して文通やお菓子の交換をしていたのもいい思い出です。
前置きが長くなりましたがここから本文に入ります。
当時借りていた部屋はほぼ寝るだけの為にあるようなものでした。
仕事の本、教科書やノートが散乱している他はテレビやラジオもなく、小さな机と敷きっぱなしの布団、そして中古で買った赤外線の暖房器具がひとつ。
トイレはあったけど、お風呂も無い一間だけの部屋でした。
相当な築年数と思われる木造アパートだったけど、不思議なのは真冬でもそれほど寒くないと感じられる部屋だった事なのです。
学校から帰ると普段は大体10時くらいになります。
北海道の冬は寒いのですが、部屋に入ると少し前まで暖房がついていたのかなと思えるくらい、ほわっとする暖かみがありました。
きっと両部屋の住人が暖房をつけている為に薄い壁を通して暖気がきているのかなとその時はあっさり考えていました。
実際は疲労が激しく深く考えるほどの余裕が無かっただけなんですけどね。
3年が過ぎ、仕事も順調にこなせるようになった頃には後輩もたくさん出来ていました。
ただ、後輩といってもみなさん大卒で人間関係ではものすごく辛い思いをしました。
泣きながら寝たこともあります。
精神的苦痛と肉体的疲労が頂点に達したのか肺気胸と帯状疱疹を同時に患ってしまいました。
仕事にも行けず、学校にも行けず、ただ天井にぶら下がっている電気の紐だけを見て過ごす日が続きました。
3日目の夜、ああもう自分は色んな意味でだめなんだろうなとふと思ってしまいました。
その瞬間、服を全部脱がされたかの様に全身が一気に寒くなりました。
そしてゆっくりと沈んでいきました。
自分の体を置きざりにして、もう1人の自分が少しずつ沈んでいきました。
電灯の明かりが妙に薄暗く、天井や壁も殆ど見えません。
だけども驚くほど冷静に沈んでいく自分がいたのを覚えています。
本当に終わっちゃうんだなと・・・
どれくらいの時間がたったのかはわかりません。
足の方はもう50センチほど沈んでしまったようです。
目の前は自分の後頭部が間近に見える距離でした。
チチ・・・ピ・・・・・ピ・・
どこからか何か聞こえてきました。
遠くからか聞こえてくるのか近くから聞こえてくるのかよくわからないくらい小さな音でした。
音と連動するように何かが指先やひじを突いているようです。
足元でも何かがまとわりついているような感じです。
右足はあきらかに何かに噛み付かれているようでした。
そして思い出しました。
実家にいた頃はたくさんの動物を飼っていたなと。
聞こえてくる音が動物たちの鳴き声であることもすぐにわかりました。
死んでいった動物達が迎えに来てくれたのかな、それとも恨みを晴らす為に自分の魂を食べに来たのかな。
もし後者なら思う存分食べてくれていいやと思いました。
手の辺りにいるのは鳥と猫たち、腰の辺りにいるのは犬たち、足の辺りにいるのは山羊かな。
おなかの上に乗っているのはリスとネズミたち、頭のところでうろうろしているのはウサギたちだな。
もう好きにしていいよ、そんな気持ちになりました。
その時ドカッという鈍い音と共に背中に重い何かがぶつかる様な感触がありました。
ブルルッという鳴き声と共に何度も何度も背中にぶつかってきます。
ぶつかった衝撃で背中が少し浮きました。
よく見ると腕や足も少しずつ浮いてるようです。
鉛のように重い体がまるで操り人形の糸が少しずつ張られていくように浮いていきます。
涙があふれました。
こんな自分を今でも守ってくれているんだと感じ、とめどなく涙があふれてきました。
自分の体に戻ることができた後も、大声でしばらく泣きました。
涙で目の前がぼやけているせいか、いるはずのない動物たちが目の前に見えました。
背中をずっと押し続けていた馬も部屋の中で窮屈そうにしていました。
そうなのです。両側に住人なんていないのです。
もう2年も自分以外このアパートには誰も住んでいないのです。
部屋が暖かいのは動物たちがいつもいてくれていたからなのでした。
自分が不甲斐ないからいつまでも心配させてごめんねと言いました。
アオ(馬の名前)、動物たちが行く天国ってあるみたいだからお前がみんなを連れて行っておくれと言いました。
アオは少し困ったような顔をしていましたが、少したつとブルッと一声鳴き姿を消しました。
他の動物たちもほぼ同時に姿を消しました。
肺気胸が完治するにはしばらくかかりましたが半月ほどで仕事に復帰、定時制過程の4年も全うし本社のある東京に移動となり、その寒くなってしまったアパートは引き払いました。
みんなに助けてもらったおかげで精神的にも強くなり、仕事を変えることなく現在も健康に過ごしております。
たまに馬の鳴き声が聞こえるような気がしますがたぶん錯覚だと思います。
精一杯生きていこうと思いますが、死んだ後も動物たちにあえると思うと安心して生きていけます。
ありがとうね。
まとまりが無く読みにくい文章だったと思いますが、最後まで読んで下さった方にも感謝です。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話