あれから10年が過ぎた
祖父母はもう亡くなっている
そして兄は今どうなったのか、あれから兄のことを考えない日はなかった
あの日以来、双眼鏡を覗くことは一度もない
遠くを眺めることは怖くて出来なかった
マンションから見えるビルの屋上にいる人、窓辺に立っている人、それらがあの日の記憶を鮮明に蘇らせる
いつかはこの呪縛から時放たれたい思いでいっぱいだった
兄のところへ行き、どうなってしまったのか見たい
そして、ちゃんと兄に別れ言い前向きに生きられるようになりたい
僕は祖父母との約束を破り兄がアレになった地へと向かった
空は限りなく曇がなく快晴だ
山は青々と茂り田舎特有の爽やかな匂いに包まれている
あの日もそうだった
双眼鏡を片手にビクビクと震えた身体を奮い立たせながら亡き祖父母の家の田んぼまで辿り着いた
兄はいずれ田んぼへ返すと言っていた
ここの田んぼにいるとは限らないが、ここまで来るのが精一杯だ
深く深呼吸をして双眼鏡を覗いた
辺りを見渡したがそれらしき物体は見当たらなかった
急風が止んだ、なのに木々は揺れている
物音一つしない
その瞬間生暖かい風が吹いた
いた、兄がいた
目の前に
あの日見たアレの様にくねくねと四肢はありえない方に曲がりくねり乱舞している…
これがあの時兄が見たものと同じなのか
だがおかしい、恐怖心はあるが発狂する様な感じはしない
何かが頭の中に直接語りかけてくるような、おかしな感覚に陥り
目の前が真っ暗になった
この地方では豊作を願い人間の生贄を案山子として十字にした木に頑丈にくくり付け、畑の脇にそれを突き刺し動物から農作物を守る習慣があった
次第に動物に身体を喰われもがき苦しみ発狂する
そして収穫期にはこの発狂した頃が1番いいとされていた
そうやって幾度となく繰り返し、死んで逝った人々の怨念が案山子様を生んだ
すると、視界が元に戻った
目の前にいた兄の左右に祖父母がいた
「あれ程来てはいけないと言ったのに馬鹿な子だね」
「まったくだ」
「兄ちゃんはお前が来てくれたことが本当に嬉しいと言っているよ。だからもう二度と来ちゃいけない」
「わしらが成仏せず案山子様を抑えているから安心して日々を生きなさい。わしらの責任でもあるからの」
そう言うと三人は消えてしまった
そこまでして守ってくれる祖父母の愛に涙が止まらなかった
兄は祖父母と一緒なら寂しくない
一人じゃない
帰り道、電車に乗りながら最後にこの田舎の風景を目に焼き付けておこうと双眼鏡を覗いた
兄ではない黒いナニかがいた
怖い話投稿:ホラーテラー オナニスト改さん
作者怖話