中編4
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パチンコ

パチンコという遊び道具を御存知だろうか?

じゃんじゃんバリバリの方ではなく、Y字型の柄の上部にゴムを渡して弾を飛ばすもので、本格的な物は「スリングショット」と呼ばれるやつだ。

勿論それは十分な殺傷能力を持つ武器なのであるが、私が子供の頃持っていたのは二股の木の枝と輪ゴムを用いた手作りの、とても簡易な玩具だった。

それで、空き缶などを的に、ドングリや癇癪玉を放つというとても健全な遊び方をしていたのである。

そんな私の少年時代の話。

梅雨も明けて間もない初夏の頃。

私の家庭は典型的な核家族で、片田舎の公共団地住まい。共働きの我が家は日曜日に両親がいることが殆ど無く、その日も一人家にいた。

親がいないのは寂しい反面気楽なもので、私は昼近くまで布団の中でまどろんでいた。

日が高くなるにつれ段々蒸し暑く感じ始めた私は、意を決して布団を跳ね除けると部屋の窓を全開にした。

まだ暑さも本格的でなく、吹き込む風は爽やかで涼しい。まだエアコンなどお呼びではない気候だ。

私は居間に移動し、窓という窓を開けて回った。

その度に家中の空気が浄化されていくようでとても気持よかった。

最後にベランダに通じる一番大きなガラス戸を開けた。

その外側にもう一枚網戸があるのだが、その表面に2センチは有に超える大きな蠅が一匹止まっていた。

丁度目線の高さにいるそいつは余計に大きく見えた。

私は古新聞の束から一部取り出し筒状に丸めると、再び蠅と対峙した。

その時私は、とてもいい事を思いついた。

この蠅をパチンコの的にすることだった。

その頃の少年にとって、虫を殺す事に遊び心を加えることは常套手段であり、罪悪感など微塵もなかった。

むしろ最もエキサイティングな遊びの分野であったのだ。

その時の私もご多分に洩れず、自分の発想にとても興奮していた。

はやる気持ちを抑えゆっくりそいつから離れると、自分の部屋に向かった。

そんな時程探し物はすんなり出てこない。私はヤキモキしながら、それでも道具箱の底からそれを見つけ出した。

急いで居間に戻り網戸の方に目を向けると、いた。

遠目からでも存在がわかる。改めてその大きさを確認し、興奮度が増して来た。

とはいえ、弾が無い事に気がついた。

私は傍らに落ちている古新聞に目をやった。思案の末、それをちぎって丸め、紙玉を作ることにした。

私は直径1センチ程の玉を一つ作ると、早速標的へと向かった。恐らく、チャンスは一度切りだ。

私はギュウっとゴムを引くと、それを標的に向けジリジリと距離を詰めていった。

50センチ、40センチ、30センチ・・・

その時、それまで微動だにしなかった奴が、ススっと動いた。

この辺が限界か。

そう判断した私は再び標準を調整し、弾を放った。

スパッ!

思いの他軽い音と手応えの無さに気落ちしながら、それでも網戸に眼を見遣るが、当然そこには奴はいない。

というより、弾を放った瞬間に消えたように感じた。

呆然としていると、頭上で羽音が聞こえた。奴だ。

私の完敗であった。

奴の身体能力は、人の動体視力を凌駕するというのか。

その、計り知れない能力に畏れさえ抱いた。

落胆しながら、音のする方へ視線を泳がせていると、なんと奴は再び網戸にとまったのだ。

私は再び訪れたチャンスに心踊らせた。

踵を返し、古新聞をちぎると玉を作った。

再び対峙。

今度はギリギリまで距離を詰めようと思い、10センチまで近づいた。

スパッ!

やはり奴は消えた。

そして頭上に羽音。

2度目の完敗。これは、無謀な挑戦だったのだろうか。

しかし奴は、今度は直ぐに戻ってきた。しかも私の目の前の高さに。

カチンと来た。なめられたと感じた。

萎えかけた闘志に再び火がつく。

私は視線を奴から外さずに後退りし、しゃがみ込むと古新聞を毟った。

怒りを込めギュウギュウに握りこんだ玉は結構な硬度があり、直径は2センチを超えた。

その最終兵器を携え、再び対峙。10センチまで近づく。

そして柄が折れんばかりにゴムを引き絞り、弾を放つ。

スバンッ!!

予想外の大きな音に驚き、目を見張った。

私はすぐさま網戸に顔を近づけた。奴の消息より、まずは網戸の安否が気になった。

指で表面を撫でると少し凹んで、ささくれているようだったが、破けてはいないようだ。

奴の方だが、やはり手応えは感じていなかった。またもや、発射直後に姿を消したように見えた。

網戸に気を取られているうちに、遠くに逃げたのだろうか、既に羽音は聞こえなかった。

それでも一縷の望みを託し、その場にしゃがみ周辺の床や網戸の下部を見てみたが、やはり奴はいなかった。

念のため、網戸を引きレールの溝の中も調べたが、いなかった。

どうやら今回も、してやられた。

悔しかったがしかたがない。それでも最後の玉にはビビって、再び戻っては来なかったのだ。

私は立ち上がり、澄み切った空を見上げた。

そして戦歴を振り返りある種のカタルシスの様なものに浸りながら、何気なく目の前に干してあるシーツに眼を移した。

そこには、無数の黒いツブツブが付着していた。

怖い話投稿:ホラーテラー いっかみさん  

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