13日の金曜日〜Yさんは生きていた?〜

長編8
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13日の金曜日〜Yさんは生きていた?〜

働きだして1ヶ月が過ぎた頃のこと。その時までは、まさか私がこんな事件に巻き込まれるとは、思ってもいなかった。少し長くなるけど、その一部始終をここに記しておきたい。

休み前の5月13日、金曜日。仕事が終わって、私の入社歓迎会を開いてくれると、送迎バスに乗り込んだのは、私も入れて総勢32名。そんなに盛大にして頂かなくてもいいですよと伝えたのに、係長が会社の行事の一貫だから気にしなくていいよ、と言ってくれた。全員で祝ってくれるなんて、なんていい人達なんだろう。出発を待ちながら、胸が弾んでいた。

運転手「それでは、出発しまーす。」

宴会場は人里離れた山奥の中にあるらしい。バスに揺られ、他愛もない話で盛り上がりながら、ぽつんと佇(たたず)む一軒の旅館にたどり着いた。

山の上から見た景色は格別だった。ただ、静か過ぎた。今日のお客は私たちだけなのかな?

違和感があったけど、周りに気を遣って黙っていることにした。

幹事「皆さん、今夜はすき焼きですので、1つの鍋に4人ずつで座ってくださーい。」

座敷に並んだテーブルに、ぞろぞろと適当な席へ座っていく。

社長「今年は新しい人を迎え入れ、我が社もこれから益々発展していくことでしょう。楽しい会に致しましょう。乾杯!」

社長の声と共に歓迎会が始まった。目の前には美味しそうなお肉が並んでいる。

開始と同時か、すでに作り方を無視してお肉を貪(むさぼ)る男性たち。頼んでもないのに鍋奉行を買ってでるお局様。

それでも私は、何気ない日常のヒトコマに、幸せを感じていた。強くもないのに、お酒の勢いが増していた気がする。

ほんわかといい気持ちになっていると、思わぬ誘いがあった。

i子先輩「ねえ、ここって温泉が有名なんですって。ちょっと抜け出して一緒に入らない?」

私「えっ、でも……。」

i子先輩「いいのいいの。ほら、周りもどこかいってるでしょ。」

見渡せば最初はきれいに埋まっていた席が、いつの間にか空席も目立つみたい。

前では係長がマイクを離さず、大声で演歌を歌い続けているけど、誰も聴いてはいない。

i子先輩の誘いを断る理由は無くなった。ちょっぴり後ろめたい気持ちもあったけど、何よりも私はお風呂が好きなのよね。私たちは温泉に入った。

私「きもちいー。ん、i子先輩どうしたんですか?深刻な顔して。」

i子先輩「あなたに言っておきたい事があるの。」

私「はあ、なんですか?」

i子先輩「実はね、・・・」

    「・・・と、いうわけなの。あなたが妹みたいで放っておけなくて。気を付けてね。」

私「はい、大丈夫ですよ。皆さん優しくて好きですから。」

私はこの時のi子先輩の言葉の意味を、もっと真剣に聞いて、そして理解しておくべきだった……。

楽しいひと時もあっという間に終わり、帰りのバスに乗る。かなり飲んでしまったみたい。頭がクラクラする。車内は本当に宴会の帰りなの?というほど静まり返っている。今の私にしてみれば、少しありがたい。

運転手「揃われましたようなので、発車致しまーす。」

くねくねと帰りの道を下っていく。……気持ち悪い。早く山道終わって欲しい。

皆は完全に眠っているようだ。私が一人で苦しんでいると、

ドンッ!

前の方から軽い衝撃と、音が聞こえた。しかし、運転手さんは気にせずに走っている。私は声を出すのも辛かったが、運転手さんに尋ねた。

惚(とぼ)けているのか返ってきた答えは、何も無かったという。あれほどはっきりと音がしたにも関わらずに。私は運転手さんが気付かずに、獣でも跳ねてしまったのかと思っていると、

ドドン!!

私「う、運転手さん……。今、天井へ何か落ちてきたよね……。」

運転手「いえ、何も聞こえませんでしたよ?」

私「ウソでしょ?今のは、かなり大きな音だったよ?」

運転手「脅かすのは止めてくださいよ〜。怖くなってくるじゃないですか〜、ハハハッ。相当飲まれているようですが、大丈夫ですか?車、止めましょうか?」

私「うぅ……、平気です、このまま進めてください。」

確かに飲み過ぎたけど、幻聴で片付けられる事ではないような気がした。それほどリアルだった。

一夜あけた土曜日。朝からしとしと雨がふっている。時間が経つにつれて昨日のあのバスで起きた変な出来事は、夢だったんだと思ってきた。

それにしても身体が重たい。まるで誰かを背負っているみたい。これが二日酔いというやつかな。

今日は何もする気がせず、ボーっと休日を過ごしていた。

夕方になり、そろそろ晩ご飯の買い物に行かないといけない。なにつくろう…。よし、ピラフとシューマイとスープにしよ。しかしボタン押すだけで料理が出来るのは便利な世の中だよね。

出かける用意をして玄関を開けると、知らない人が丁度やってきた。

**「Aさんですよね?」

私「はい、そうですが……。どちら様ですか?」

**「すみません、○×署から来ました刑事です。」

刑事「あなたの会社のYさんを探しているのですが、ご存知ありませんか?」

私「どういうことですか?」

刑事「実は、昨日の朝から所在が分かってなくて。ご家族の方から捜索願いが出ましてね。それで調べている所です。何か知ってることはありませんか?」

私「さぁ、Yさんって優しそうな方ですけど。私は会社に入って間もないので、あまり話をしたこともないし、よくわからないです。」

刑事「そうですか。では、何かありましたらご連絡下さい。失礼しました。」

Yさんか……。急にいなくなるような人には見えなかったけど……。

………………。

ん、さっきの刑事さん、朝からいないって言ってた。昨日の夜、Yさん居たような居なかったような…。ダメ、記憶が曖昧すぎてはっきりと思い出せないよ…。

この後私が向かった先は、夕飯の買い物ではなく、昨日の旅館だった。どうしても確かめたかった事があった。

旅館に着き、私は女将さんに聞いた。

私「あの、昨日宴会をさせてもらった△☆社の者ですけど。昨日の参加者の名簿とかありませんか?」

女将「ございません。何人来られたのかも正確には把握しておりませんの。」

私「え??わからない?」

女将「はい。全客室を貸し切りにされて、テーブルを8つ用意して欲しいと仰(おっしゃ)られたもので…。何年か前にも同じようにされた事がありまして、こんな小さな旅館をごひいきにして頂いて有り難く思っております。」

私「そ、そうですか。ありがとうございました。」

宴会が始まったとき、確実に席は埋まっていた。もしも、そこに会社の人以外が座っていれば、さすがに私でも気が付く。そう、そこにYさんは居たのだ。

謎めいた箇所が、パズルのピースをはめていくように埋まっていく。

私は自分の思慮したものを確かめるために、会社へ走った。夜の9時、産業地域だったので辺りは暗くて人通りはなく、稀に車が横切る程度。

少ない街灯と、自分の会社の電気だけが周りを照らしていた。部屋の様子を覗くと、中では社長が何かをしている。

私はこっそり忍び入った。社長が帰るのを見て、ごそごそしていた辺りを探ってみると、Yさんのタイムカードが出てきた。

やっぱり、5月13日は出勤になっている。私がYさんを見たか、見ていないかという点では記憶が錯雑(さくざつ)としていて、はっきりとはわからないけど、仕事に来ていたという事実が残っていた。急いで玄関にある皆が使うカード置き場を見た。そこにもYさんのカードがあり、そしてその日は欠勤扱いに。

私は真相が明らかになり、立ち尽くしていた。そこへ、社長が戻ってきた。

社長「な、何してるんだ!こんな時間に。」

私「社長……、Yさん行方不明になってるの、知っていますか?」

社長「さ、さあ?それは知らなんだなあ……。」

私「i子先輩が言っていました。会社の批判をしたり、上司に逆らったりすれば、すぐに消されてしまうと。それを聞いた時は、そんな些細な事でクビになるなんて、信じられませんでした。でも……、消すという事は……、別の意味だったんですね。」

社長「お、落ち着け!何を言ってるんだか全然わからんぞ。」

私「惚けないで下さい!Yさんのタイムカードが出てきました。あらかじめ2枚用意をして、最後に打ったカードと、打ってないカードを入れ換えたんでしょ?そしてYさんは、宴会の時に……。」

社長「……………。」

私「警察へ行きましょう。自首して下さい。そして、罪を償って下さい。」

社長「…フフフ、ハッハッハ。さすが俺が見込んだだけのことはある。Yは仕方なかったんだよ。奴は会社の体制に不満を持っていた。向上心が無かった。これからの時代を乗り切っていくには、そういう奴を排除していくべきだ。ところが今の世の中はどうだ?やれ不当解雇だの、やれストライキだの、少し辛いだけで直ぐ根を上げて正当化しやがる。そんな奴らはこの世から消えてしまえばいい。そうは思わないか?」

私「………社長、それは違います。誰しも自分の会社が悪くなるような事は望んでいません。それに、人の命を奪う権限なんて、誰にもありません。皆、頑張っているんです。精一杯生きてるんです!」

社長「そうか、お前には期待していたのだがな。残念だよ。お前は余計な事を知りすぎた。お別れだな。」

社長はそう言って私の首を絞めてきた。あまりにも突然すぎて、逃げることが出来なかった。

コロサレル………

声を出せない……。徐々に意識が遠退いていく。もうダメかと諦めかけたその時、社長の手が首からゆっくりと離れた。

私はその場に倒れこんだ。上を見上げると、社長は一点を見つめ、小刻みに震えていた。社長の見つめる先は、何も見えない。だけど、何かに怯えている。

社長「お、お前は……。なんでお前が生きているんだぁ!?よせ、くるなぁああ、ヒィー。」

社長は逃げるように外へ飛び出していった。私には訳がわからなかった。

そして……。

会社を飛び出した拍子に、大型車に潰され、死んだ。

結局最期に社長が見たものは、解明することが出来なかった。それにしても普段の私からは想像できない行動を取ったもので、今思い出すだけでも恐ろしくなってくる。

3週間ほど経ち、私の勤めていた会社は潰れてしまった。一連の事件で、上層部を筆頭に逮捕者が13名にも上ったのだ。集団による殺人事件として、マスコミに大きく取り上げられ、余りにもあっけない会社の幕切れとなった。

逮捕者の中には、バスの運転手と、i子先輩も含まれていた。私はi子先輩には事故処理の時、電話をかけていた。直ぐにそっちに向かうと言ったまま消息を断ち、後日、田舎の空き家で捕まったときには、なんとも遣(や)るかたない気持ちになった。

事件が落ち着いた頃、旅館まで足を運び、裏山に花を供えた。裏山からは、Yさんの遺体と、身元不明の白骨化した遺体が掘り出された穴が、今も痛々しく残っている。

帰りの山道で、あの日から続いていた身体の重さが、スーっと軽くなっていった。

「ありがとう、ごめんな……。」

どこからか優しい声が聞こえてきた。

私は、Yさんが見守ってくれていたんだと確信したと同時に、涙が溢れだしていた。

Yさんは私の中で、今も生き続けている。

怖い話投稿:ホラーテラー 鳳仙花さん  

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