中編4
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本当の子供

俺は今の会社に入って8年目になるサラリーマンだ。

小さい会社なので、俺の課には自分と管理職を含めて4人しかいない。

その一人が、クラタという4年目になる後輩だった。

傲慢なところがあったりして、他の課の人間からはあんまり評判がよくないが、

昨年うちの事務員と職場結婚し、仕事もなかなかできるので、公私共に

充実した生活を送っているはずだった。

今月のアタマ、クラタの奥さんから俺の携帯電話に着信があった。

彼女が寿退社するまでは、俺と結構仲良く接していたので、電話番号くらいは

知っているのだが、結婚後に連絡してきたのは初めてだった。

「久しぶりじゃん。どうしたの?」

「先輩、実は、相談に乗って欲しいことがあるんです」

「どうぞ?」

「電話では話しづらいんで、できれば会いたいんですけど・・・」

「二人でってこと?もしかしてクラタの話をしたいの?」

「はい。彼には内緒で・・・」

・・・。

やましい感情など俺たちの間には何もないが、新婚の後輩の妻と、元同僚

とはいえ、密会(になるよな)するのには抵抗がある。

しかし彼女はもともとかなり気丈で、こんな話をしてくるのは珍しい。

彼女には男の友人なんて俺くらいのはずだから、相談相手も他にいないのだろう。

「まあ、いいよ。休日の昼間ならね」

次の日曜日、彼女の買い物に時間を合わせて、ファミレスで落ち合った。

「なんかあったの?」

彼女はかなりためらってから口を開いた。

「実は、私たち、子供ができなくて・・・」

「ああ、そういえば、まだだってね。まだ焦ることないじゃん、若いんだし」

「違うんです。今、夜、子供を作ろうとしてないんです」

・・・微妙な話になってきた。

「それは、・・・まあ、夫婦間の話で・・・」

「私、実は、彼と、子供を作りたくないんです」

「え。何でまた」

「先輩、気づいてますよね。彼、お風呂が嫌いなんです。

夏でも週に一度入るか入らないかで、匂いはコロンで隠してるんですけど・・・。」

そう。

確かにクラタは風呂嫌いと噂で、よくスーツの肩に白いものが散っていて、

営業社員という立場上まずいと、俺や課長が何度となく注意したが直らない。

「入浴しても、頭もちゃんと洗わないから、そんなにきれいにならなくて。

彼のことは好きですけど、不潔さにどうしても抵抗があって。

結婚したての頃は我慢してたんですけど、ここ何ヶ月かは耐えられなくなって、

彼を拒絶してしまうんです。それが辛くて・・・彼にも悪いし・・・でも・・・」

好きな男を、生理的な理由で受け入れられない。

しかもどう考えても相手に非がある。

彼女が女性として、今とても辛いんじゃないかということは想像できた。

「分かった。俺も、先輩としての立場使って、身だしなみに気をつけるようもう一度

注意してみるよ。今度は直るまで徹底的に」

「ありがとうございます・・・」

数日後、クラタから飲みに誘われた。

あいつが結婚してからは初めてだった。

個室のあるバーで向き合って座る。

お互いに酒が回ってきたころ、クラタが切り出した。

「ところで何で先輩最近、風呂に入れ入れってうるさいんですか?」

「何でじゃないだろ。社会人として当たり前なんだよ。顧客からも信用なくすぞ」

「数字は作ってますよ」

すねたように答えてくる。

「今はな。今後何かミスしたときに、そういうののツケが来るんだよ。人格だって

疑われかねないぜ」

「女房に何か言われたんですよね?」

ぎくりとした。

「・・・何のことだ」

「ちょっとあいつを脅したら、白状しましたよ」

「・・・そうか。きつい言い方したんじゃないだろうな。彼女なりに苦しんでのこと

なんだろうから」

クラタは少し含み笑いをしながら言った。

「風呂に入らない理由、教えてあげましょうか」

「えらそうだな。理由なんてあるのか」

「あんまり頻繁に風呂に入ったり、体を洗い流したりしたらね」

「うん?」

「流れちゃうんですよ。お湯で」

「そりゃ、汚れを流す為に入るんだろうが」

「いや、僕の子供がですよ」

・・・。

「何がだって?」

「子供ですよ。僕の首にしがみついてる、子供」

クラタは自分のうなじを指差した。

「気味の悪い冗談を・・・」

「見えないんですか?ですよね。見えるわけない」

自嘲気味にしていたが、クラタの目は大真面目だった。

冗談ですよと撤回する気配がない。

頭がクラリとした。

「つまり、その・・・水子とか、そういうことか?お前の・・・。

それが取り憑いている、とか?」

「水子は産まれずに死んだ子供でしょ。僕の子供は産まれてますよ。

もうこんなに大きいんだ。ねえ?」

そう言って後ろへ微笑みかける。

酔いも手伝って、頭が変になりそうだった。

「こ、子供は・・・今の奥さんと作れよ・・・」

自分でも何を言っているのかよく分からなかったが、ようやくそんなことを口に出した。

すると気色ばんだクラタが立ち上がって大声を上げた。

「そんなのは作り物じゃないか!気持ち悪い!」

そのままあいつは勘定を済ませ、店を出ていった。

俺は圧倒されて座ったままだった。

それが先週末の話。

あれから今日まで、クラタは自分の家にも会社にも現れない。

聞けば奥さんは、『脅された』どころじゃなく、暴力を振るわれていた。

もう怖くて、自分からはクラタに連絡を取れないと言っていた。

奥さんに会って元気付けようかと思ったが、人前に出せる顔ではないと断られた。

顔を殴ったのか。

いったい、あいつに何が起こっているのか・・・。

今が、これまでの俺の人生の中で、

一番恐ろしい状態だ。

幽霊話でなくて失礼。

乱文御容赦。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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