中編4
  • 表示切替
  • 使い方

イルマは変人だった。

イルマは僕が大学時代に出逢った友達であり、今後二度と逢わないような特質なタイプの人間であった。

彼は、どこか生き急いでいるところがあり、薄かった。

この薄いというのは、人間関係についても言えるし、存在自体にも当てはまる。

彼はまるで、氷のように透き通っていて、しかし泥水のように濁っている人間でもあった。

イルマと初めて接したのは、街の図書館だった。

彼は、図書館の本棚からア行の本を順に片っ端から持ってきてジャンルの全く異なる本たちを読み更けていた。

変なヤツだなと思って、遠くから見ていると目が合った。

彼はニコッと微笑み、僕の目の前に来てこう言ったのだ。

「君は霊に好かれているんだね。1年後、気をつけたほうがいい。」

僕はその時、ただただ、こわい、と思った。

イルマは、俗に言う美少年だった。

髪は長く、肌は白かった。

鼻筋がぴんっと通っていて、よく言えばジャニーズ系の男だった。彼は、常に独特のオーラを醸し出していて、他人を寄せ付けないところがあったが何故か僕には興味を持っていた。

イルマはよく言った。

「君は実に人間らしい人間だね。君が人をやめた時、何になるか楽しみだ。」

僕には訳がわからなかったが、そんな突拍子もないことを言うイルマが好きだった。

あれは丁度、今のような新緑の季節だった。

イルマが家に呼んでくれた。

見せたいものがあるらしい。

彼は大学から歩いて15分程度のボロアパートに住んでいた。

2人で歩いて向かっている時に僕は思い切って聞いてみた。

イルマは霊が見えるのかと。

そして、初対面の時に言った言葉。

イルマは未来が見えるのかと。

かれはフフッと笑い、答えた。

「それは愚問だね。霊は見える、見えない、じゃない。感じるものなんだ。」

彼は続ける。

「たとえば、ここに杜若の花が咲いている。この花は自分がいずれ枯れることを知って咲いているのか、それとも、日々生き長らえることに精一杯で咲いているのか。考え方は人それぞれだろうね。

けど僕という人間は、前者なんだ。だから、自分の行き着く先もわかるし、君のもわかる。」

こう話す彼の目はどこか哀しげで、そこには諦めにも似た感情があることを僕は感じとった。

「そう考えると世界が広がるだろう。今、踏んでいる石が“気持ち”を持っていると考える。僕は無意識のうちに何十、何百もの石をいたぶって歩いているんだ。ゾクゾクしないか。」

彼はフフッと笑う。

僕は、ただ、こわい、と感じた。そして、そっと砂利道から足をそらし、アスファルトの上を歩いた。

ジャリ、ジャリ、ジャリ

「石だけに“意思”を持つってね。」

彼は低調なオヤジギャグが好きだった。

彼の部屋は、居心地が悪かった。それは部屋が汚いという意味ではなく、何か空気が澱んでいて言い知れぬ気持ち悪さがあったからだ。

ふと、部屋を見渡すと部屋の隅に花が添えてある。

近づくとそこにははっきりと赤い染みが畳の上に浮かんでいた。

「イルマこれ…」

「そう。それが見せたかったものだよ。血痕だ。」

急に悪寒が僕を襲った。

「見えるかい。綺麗な女性でね。今一緒に暮らしてるんだ。なんでも失恋の悲しみに耐えきれず自殺したらしい。」

イルマのストライクゾーンの広さはメジャー級だ。

「さっきの続きになるんだけど、そこに“意思”があると“かたち”として残る。ここでいう血痕はそれだよ。この子の念が晴れたら自然に消えていくんだろうね。」

イルマは、まるでその霊がいつ消えてゆくのかをわかっているかのような口ぶりだった。

彼の恋人が消えたと連絡を受けたのは、それから2週間後だった。家に行くと血痕はきれいになくなっていて、空気も澄んでいた。

しかし、花はまだ置かれていた。杜若の花だ。

「丁度咲いていたからね。この花もあと少しで旅立つよ。」

これは、僕の仮定だが…もしかしたらイルマはあの霊が成仏できるようにとわざと付き合っていたのかもしれない。

僕を呼んで霊を紹介したのも、自分たちが付き合っていることを霊に自覚させるためだったのだと僕は思う。

あの霊はおそらく生前になし得なかったことをできて、幸せに旅立ったのだろう。

僕はますますイルマを好きになった。

彼は言った。

「結婚まで考えていたんだけどな。やはり、喧嘩というものは良くないな。一時の感情に流される。血を拭き取ったのはやりすぎだったかな。」

「は?」

僕は耳を疑う。

「血痕だけに、“結婚”取り消し。…なんてね。」

彼はフフッと笑う。

僕は、ただただ、この男、こわい、と思った。

怖い話投稿:ホラーテラー アルファロさん  

Concrete
コメント怖い
0
1
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ