長編8
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学校を卒業した後、俺は働きもせずプラプラしていた。

毎日夜遊びして、朝から好きなだけ寝る。

昼間起きているのは、パチスロを打っている時だけ。

当然金が尽きる。

そんな時、俺はいつも菊田に相談をした。

菊田は詳しくは書けない職業の友達で、気を許せる間柄ではないが、彼が紹介してくれる仕事はどれも破格の報酬だった。

中には非合法なものや、危険なものもあったが、俺は金の為と割り切って無難にこなしていた。

この時、菊田が紹介してくれた仕事は日給8万だった。

1週間単位でやりたいだけ働けて、おまけに三食付だという。

土日も仕事なので、実質週休50万を超える。

菊田は言う。

「誰でもできる。」

内容を聞いた俺はびっくりした。

1ヶ月くらいぶっ続けで働くのもアリだと思った。

トラックの誘導。

それだけ。

ただし場所は山の奥。

一番近い民家まで車で30分以上はかかるという。

そこのプレハブで寝泊りしながら、数時間おきに土砂を運んでくるトラックを誘導する。

その現場には、週に1回補給と整理に人が来る時以外は誰も来ない。

人を増やしてもいいが、日給をその分割る事になる。

二人なら日給4万。

俺は、一人でやると菊田に告げた。

俺にとって孤独はつらいものでは無かった。

「この仕事は借金でトビそうなやつ向けだ。

やめたくなったら、代わりは沢山いるから遠慮なく言ってくれ。」

誰がこんないい仕事手放すかよ。

と俺が言うと、菊田はヤレヤレといった感じで、そんなに甘くないみたいな事を言った。

初日

汚いバンの助手席で、ずっと朝から山道を揺られている。

最後の民家を見てから30分以上経っているようだ。

店は1時間くらい見ていない。

運転席のオッサンは、俺が多重債務者だとでも思っているのだろう。

「若いのに大変だな」だの、「ここで少し頑張れ」だの言う。

俺は説明するのも面倒なので、適当に話を合わせていた。

そのうちに現場についた。

そこでオッサンに説明を受ける。

仕事のやり方。(5分で終った。)

発電機の使い方などのプレハブ生活の仕方。

一通り説明し終えると、オッサンは

「じゃあ一週間後にまた来るからな。」

と言ってバンに乗り込み山道を下りて行った。

オッサンが消えると、

急に山の音が際立った。

鳥の声。

虫の声。

木々の音。

そしてプレハブの発電機のエンジン音。

とりあえずプレハブで荷物を出す。

テレビなんかもちろん無い。

とりあえず時間がかかりそうなゲーム5本と、小説を10冊持ってきた。

荷物を整理しているとトラックが来た。

教えられた通り誘導する。

トラックの運転手は俺を一瞥したが、黙々と作業をした。

殆ど会話も交わさず最初の仕事は終わり、トラックは去った。

気楽な仕事だ。

この時はそう思っていた。

夜になった。

夜も数時間毎にトラックは来た。

ウトウトしてると、無線が鳴ったり、クラクションで跳ね起きたりした。

長く熟睡はできないが、きついという程では無かった。

唯一俺がきつかったのは、虫が多いという事。

それも半端じゃない。

プレハブには窓が一応あったが、窓にはビッシリと虫が集っている。

それもそのはず、この辺りで灯りなんかプレハブ以外に無い。

多分この辺りの虫が、ここに大集合してしまうのだろう。

掌より大きい蛾が、窓にゴンと大きな音を立てて当たった時は、流石にドキッとした。

朝になると、虫達はどこかに帰って行った。

とりあえず歯を磨いてからビールをあおる。

水は簡易シャワーや洗顔のため貴重だ。

飲むならビールにでもしとけ。

そう言ってオッサンは大量のビールを置いて行った。

確かに泥酔してなければ、多少酔っていても大丈夫そうな仕事だった。

朝からビールと食パン。

働いているのに普段より自堕落になっている気がした。

二日目も俺は無難に仕事をこなした。

電気を消して、外で星空を楽しみながらビールを飲む余裕さえあった。

三日目の昼過ぎに無線に連絡が入った。

菊田からだった。

今からここに来ると言う。

しばらくすると、デカイ四駆が土煙を上げながら山道を登って来た。

助手席から菊田が降りてきて、俺はプレハブの中に連れて行かれた。

「俺たちは、今からちょっと「作業」をする。

俺が良いと言うまでプレハブの中にいてくれ。」

俺は詮索せず、だまって頷いた。

聞いた所でロクな事が無いのはわかっている。

プレハブの中で本を読みながら待っていると、何人かが車を降りる音と話し声が聞こえ、足音と共に話し声は遠ざかっていった。

話の内容はあまり聞こえなかったが、「ちゃんと持て」とか「重てぇ」っていう声が聞こえ、多分予想通りの「作業」だろうと思った。

一時間くらいして菊田が戻ってきた。

「わかってるとは思うけど、詮索無用で他言無用だ。

ここにいたくないなら、すぐ別の人間を用意してお前を迎えに来させる。」

俺は少し迷ったが、流石に続けるのはきついと思った。

菊田にそれを告げると

「わかった」

と言って、俺に多少の金を握らせた。

彼なりの謝意なのだろうと思い、黙ってそれを受け取った。

「じゃあ山を下りたらオッサンに連絡を入れておく。

迎えに来るまでは我慢してくれ。」

そう言って菊田は車に乗り、また土埃をあげながら四駆は帰って行った。

菊田達が「作業」をしたであろう現場の奥が気になったが、できるだけ考えないようにした。

もう俺はここからすぐ去るのだ。

さっきの事は忘れよう。

夕方になり、ポツリポツリと雨が降り始めた。

オッサンは中々来なかった。

まぁ次の人間の手配もあるだろうから、そんなに早くは来れないか。

そんな事を考えながら、プレハブの中で本を読んで過ごしていた。

山の夜は早い。

街では考えられないスピードで夜の闇が訪れる。

俺は真っ暗になる前に、雨に打たれながら、懐中電灯を片手に発電機の燃料を足しに行った。

燃料切れで真っ暗になるのはゴメンだ。

燃料を満タンにして、プレハブに戻り、ここでの最後になるであろう簡素な夕食を食べた。

食べ終わる頃には、もう外は真っ暗だった。

いつ来るとも知れないオッサンを待ちながら、荷物を片付けたりしていた。

コン

ドアに何か当たる音がした。

俺は緊張した。

デカイ虫があたったのだろうか。

それとは違う嫌な考えも頭をかすめたが、出来るだけ考えないようにした。

ドアには一応鍵がついている。

普段は必要ないのでかけた事は無い。

俺は恐る恐るドアに近づいて鍵をかけた。

カチャ

自分の鍵を閉める音が背筋に響く。

気を紛らわせようと、まとめた荷物から携帯プレーヤーとスピーカーを出して音楽をかける。

音楽が鳴り出すと少しだけ恐怖感が和らいだ。

コン

音楽の中、今度はドアの右横辺りから音が聞こえた。

背中に凄まじい悪寒が走る。

コン

また聞こえた。

右側の壁だ。

虫だ。虫だ。虫だ。虫だ。虫だ。虫だ。虫だ。

俺は心で繰り返した。

音の聞こえた辺りを凝視していた。

コン

さっきより少し右側で聞こえた。

音は右の壁に沿って移動しているみたいだった。

少し先に窓がある。

俺の目が窓に釘付けになる。

コン

窓のすぐ左で音。

もう音楽は耳に入って来ない。

真っ暗な窓を見つめる。

鼓動が高まる。

真っ暗な窓に真っ白いものが見えた。

真っ白い手。

真っ白い指先が窓を叩いた。

コン

俺は思わず小さな悲鳴を出し、後退りして窓から出来るだけ遠ざかる。

背中が逆の壁についた。

腰が抜けたのか、全く足に力が入らずにヘタリこむ。

その瞬間

フッ

プレハブの電気が消えた。

外から聞こえていた発電機の音が消えていた。

真っ暗の中で身動きできない。

コン

自分の背中の壁から音。

四つん這いになりながら、はじかれたように俺はそこから逃げ出す。

何かにぶつかったり、踏んだりしたが真っ暗でわからない。

ふと俺はポケットに異物を感じた。

小さい懐中電灯が入っていた。

慌てて点けてあちこちに向ける。

小さな光に室内が少しだけ照らしだされた。

コン

多分左の壁から音が鳴ったが、俺は無視してドアに走った。

ガチャガチャガチャ

慌てているせいか開かない。

鍵をかけたのを思い出し、ガチャリと鍵を外しドアを開け外に飛び出した。

真っ暗の中、懐中電灯の光を無茶苦茶に動かす。

プレハブの右端に一瞬何か見えた気がして照らした。

背が低く腕が異常に長い女が、プレハブの陰から半分だけ体を出してこちらを見ていた。

濡れた髪は垂れ下がり、ギョロリと目を見開いて、白い服は闇の中でボンヤリ浮き上がって見えた。

違う。

背が低いのではなく、立膝している。

違う。

膝から下が無い。

女の足は太ももまでしか無かった。

腕はダランと地面についていた。

俺は無我夢中で叫びながら逃げ出した。

必死に雨で滑りながら、転がるように山道を駆け下りる。

後ろを見る事なんか出来なかった。

どれくらい走ったのだろう。

もう心臓と肺が破れそうだった。

山道はずっと同じように続いていて、どのくらい逃げたのかもわからない。

俺は真っ暗な雨の中、座りこんでしまった。

もう一歩も動けない。

ザリ

後ろで音がした。

俺は座り込んだまま、懐中電灯を向けた。

女が俺を見ていた。

足太ももまでしか無い足で立っている。

無表情だが目を見開き俺を見ている

恐怖と疲労でもう走れない。

女から逃れようと、俺は両手で這い蹲りながら必死で逃げた。

ザリ

ズリ

後ろの方から引きずるような音がする。

俺は後ろを照らす余裕すらなく、必死に逃げる。

ズリ

ザリ

だんだん音が近くなる。

もう俺の足のすぐ後ろから音が・・・

いきなり目が光で眩んだ。

砂利をすべる大きな音。

ドアが開く音がして怒鳴るような声が聞こえた。

「大丈夫か!」

オッサンだった。

俺はオッサンを見た時、安堵から涙が溢れた。

「すまんな。色々あって来るのが遅れちまった。」

オッサンは疲れと安堵感で、泣きながら呆然としている俺に言った。

どうでもよかった。

今は来てくれただけで充分だった。

オッサンは何があったか全く聞かず、そのまま俺を街のビジネスホテルに送ってくれた。

別れ際にオッサンは言った。

「荷物は後で送ってやるから。

それにしても危なかったな。」

オッサンにもあれが見えたのだろうか。

その夜は、体が震えて眠る事など出来なかった。

家に戻り、すぐに俺は菊田と会った。

菊田は

「大変だったな。」

と言った。

金を受け取り事務所を出る時、菊田が誰かと話すのが聞こえた。

それ以来菊田とは会っていない。

俺は菊田を避けるようになった。

所詮、菊田と俺とは別世界の人間なのだと思い知った。

菊田の声が聞こえた。

「やっぱ入らないからって、切るもんじゃねぇな。」

怖い話投稿:ホラーテラー からくりさん  

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