中編3
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逃げてはいけない

その頃の私は、学費と家賃等のために、キャバクラでバイトをしていました。

ラストまで働いて、帰りは、乗り合いのバンで、最寄のコンビにまで送ってもらっていました。

コンビニから、5分も歩けばアパートです。

家に着くと、お風呂に入って、その日の授業に間に合うギリまで寝ます。

気を使う仕事、慣れない東京暮らし、勉強、お金の心配…ハードな生活からか、このころの私は、自分史上最痩せでした。

溜まっていく疲労、色々な面で、ガードが弱くなっていたのだと思います。

夏の気配が強くなってきた、ある日の仕事帰りでした。

煌々としたコンビニの店内から出て、いつもの住宅街を歩いていると、何かの気配を背後に感じます。

自分のコツコツという足音の他に、ジジジジという低い音が聞こえました。

(…なんだろ?)

反射的に後ろを振りかえると、15m程離れた所に自転車に乗った人が見えました。

マウンテンバイクっぽい感じの自転車が、超低速(止まる寸前みたいな感じ)で動いていて、ジジジジというのは、タイヤがアスファルトを踏む音でした。

(・・・)

道に、自転車に乗った人がいるのは、普通の事なんですけど…なんというか…本能的に、っていうんでしょうか?

危ない!怖い!逃げろ!

って、その自転車の人を一目見て、一瞬で、頭がバッと覚醒したような感じがしました。

心臓もバクバクして、変な汗がにじみます。

家まであと少し。

私は走り出したいのを、ぐっとこらえて、一定のペースで歩きました。

私が走ったら、それが引き金になって、事態が急展開しそうで怖かったのです。

距離を保ったまま、なんとかアパートに着きました。

私の部屋は一階の、5部屋あるうちの、奥から2番目です。

道から右に曲がり、アパートの敷地に入ると、手前の家の塀が目隠しになって、玄関が並ぶ外廊下は、公道からは見えないようになっています。

私は、外廊下をダッシュして、玄関に向かいました。

あたふたしながらも、何とか追い付かれる前に、家に入って、鍵をかける事ができました。

しばらく玄関で、ドキドキする心臓を押さえて立ち尽くしていました。

(私の思い過ごし。被害妄想。だから・・・大丈夫。)

部屋に入った事で、少し平静を取り戻した私は、電気をつけようか、どうしようか迷い、あの自転車が、アパートを通り過ぎたのかどうか確認したくなりました。

自転車の進行方向からすれば、部屋のベランダから後姿が見えるはずです。

私は、真っ暗な部屋の中を、ベランダに向かって歩き出しました。

先ほども書きましたが、私の部屋は一階です。

その為の配慮か、窓ガラスは全面、曇りガラス(お風呂場でよく見かけるタイプ)になっています。

なので、カーテンに関しては割りと無頓着で、その日も、左半分だけ閉まっていて、右は開いていました。

ぼんやりと外の風景が透けています。

(えっ・・)

そこに人影が立っていました。

体を右に傾けたり、手で何かを探るように窓を触っています。

私は声も出ず、廊下に後ずさりました。

人影は、顔をべったり窓にくっつけてきました。

やったことが(やられたことが)ある人はお分かりになると思いますが、曇りガラスに、ぺたっと顔がくっつくと、かなりクリアに見えるんです。

知らない男の人でした。

暗闇に浮かぶその顔に、私は腰を抜かしてしまいました。

つづきます

怖い話投稿:ホラーテラー りょうさん  

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