彼女と出会って、もう3年になる。僕の勤めている会社に彼女が入社してきたのだ。
第一印象は、女教師。それもAVに出てくるような、分かりやすい女教師だ。冷たい印象を与えるくらいの美人で、僕は一目惚れした。
彼女の名前は美樹という。今は僕の恋人だ。
付き合い始めてからわかったのだが、彼女の霊感が半端ない。今まで一度も霊なんて見たこともないのに、一緒にいると僕にもうっすらとだが見えるのだ。
「ねぇ、今度の土曜日、叔父さんの家に着いてきてくれない?」
付き合い始めて、2ヶ月くらい経った頃に彼女がそう言った。
彼女の叔父さんは、早くに奥さんを亡くし、子供にも恵まれなかったために、実の娘のように彼女をかわいがってくれたらしい。
昔から、彼氏が出来たら一緒に遊びにおいでと言われていたらしく、ドライブがてら行こうとのこと。
僕は人見知りするし、正直あまり行きたくなかったのだが、彼女かわいさについOKしてしまった。
後で、この決断をおもいっきり後悔する事になるとは知らずに…。
僕らの住む街から、車で二時間ほどの県外れに叔父さんの家はあった。
周辺はキャベツ畑が多く、見晴らしがいい。
二人でこんな所に住むのも悪くないなぁと妄想してると、遠くから彼女を呼ぶ声がする。
「おーい、美樹!こっちこっちぃ!」
自転車のカゴに買い物袋を詰め込んで、叔父さんが立ちこぎしながら手を振っている。
「あー、トシハルおじさん!久しぶりぃ」
軽く挨拶を交わし、早速家におじゃまする。
まだお昼だというのに、室内にはカーテンが引かれて薄暗く、空気がどんよりと重く感じる。まるで、外とは別世界だ…。
「ごめんなー、病人がいるもんでよ。」
「こちらこそ、急にごめんなさい。叔母さん体調悪いの?」
「あー、先週ぐらいまでは調子良かったんだけどなぁ…」
叔母さん?亡くなってるんじゃなかったっけ…?と彼女に視線を送ると、黙って首を振る。
今は聞くなということらしい。
たった今、買ってきたばかりのたい焼きを出してくれた。
「ありがとー。あっ、私、お茶入れるね。」
彼女が席を立つと、叔父さんはたい焼きを2つほどお皿にのせて、そのお皿を手に部屋を出ていった。
僕はさっと立ち上がり、彼女に近づき小声で聞く。
「お、叔母さんって?」
「あー、言ってなかったっけ?再婚してるの。」
納得。
「二人とも、今夜は泊まってくか?」
と言いながら、叔父さんが戻って来た。
「えっ?いいの?迷惑じゃない?」
「なぁに、大丈夫大丈夫!葛西君はお酒はいけるクチ?」と手で飲む仕草をする。
「あっ、はい。多少ですが…」
「良い焼酎があるんだ。ぜひ飲んでってよ。」
急な展開に少し混乱する。彼女と泊まれるのは嬉しいけど、そんなロマンチックな雰囲気にはなりそうもない。
初のお泊まりが、こんなどんよりした家(失礼)なんて…。
晩ご飯は彼女が鍋を作ってくれた。
前にカレーを作ってもらったことがあるけれど、お世辞にも美味しいとは言えず、料理は僕のが上手いと思った。
鍋とはなかなか良いチョイスだ。失敗がない。
ほどよくお酒を頂き、叔父さんから彼女の話をいろいろ聞いた。
お風呂にも入り、叔父さんのパジャマを借り、いよいよ寝る時間。
二人で二階まで上がる。胸が高鳴る。
「葛西くんはここで寝てね。私は居間で寝るから」
「えーっ……」
露骨に不満そうな顔をするが、相手にしてもらえず、「居間に来たら殺すからね」とまで言われる。
しょうがない。まぁ、叔父さんも叔母さん(しかも病人)もいるし、おとなしく寝ることにしよう。
お酒を飲んでたせいもあり、あれからすぐに眠れたんだけど、嫌な物音で目が覚めた。
ベチャ。
何の音だ?
神経を集中する。
ビチャッ、ベチョ。
生のひき肉を床に叩きつけるような、不快な音。
一階からだろうか?
怖くなり、部屋の電気をつける。
また耳をすます…。
気のせいか?
とても静かな夜だ。
気を取り直し、もう一度寝ようとすると、
ブーーッ、ブーーッ。
携帯電話のバイブだ。おもいっきりビクッとしてしまった。
時刻を見ると2時ぐらい。こんな時間になんだよ、と着信したメールを見ると、彼女からだ。
〈聞こえた?〉
と一言。
〈何あれ?何してんの?〉と返信。
すると、しばらくしてからまたメールが届く。
〈絶対に部屋からは出ずに寝たフリしてて。理由は明日。〉
絵文字付きデコメールで返信されてきたけど、少しも楽しげな気分にはなれない…。
いったい何が起きてるのか、めちゃめちゃ気になるが、さすがに覗くのは怖い。
電気を消して、また横になる。
ベチャ。
「もーう、こえーよ…。」思わずつぶやく。
ダン! ダン! ダン! ダン! ダン!
夜の静寂を打ち破るように、荒々しく階段を上がってくる音が響き渡る。
何っ?誰っ!?
軽くパニック状態になりながらも、布団に頭まで潜り、息を殺す。
大丈夫だ、大丈夫。
この家には、僕と彼女と叔父さん、叔母さんしかいない。大丈夫。
自分に強く言い聞かせる。
階段を上がりきったのか、途中で止まっているのか、急に静かになった。
布団から顔を出し、廊下の気配をうかがう。
…静かだ。
思いきって、声をかけてみようか?
咳払いぐらいにしとくか?彼女に電話をするか?
トイレに行くフリをして起きてみるか?
少しの間、考えを巡らす。
ダンダンダンダンダンダンダンッ!
直感で、階段を上がりきった!と思った。
ダメだ、やばい、怖い…。
彼女のメールに従い、寝たふりをする。
これ以上はないくらいに小さくなり、布団の中で、おもいっきり目を閉じる。
暑くもないのに、背中の汗が止まらない。
どうか彼女の冗談であってくれと祈る。
ベチャ。
絶望的な気分になる…。
ベタッ、ベチャ…。
その何かは、確実に近づいて来ている。
もう、気配で普通の人間じゃないことはわかる。
ガチャガチャ。
激しくドアノブを回す音が聞こえる。
二階には確か4部屋あり、僕が寝ている部屋は一番奥にある。
順番にドアを開ける音が聞こえる…。
次はこの部屋だ…。
ほとんど知らないけど、雰囲気だけでお経を唱える。
南無阿弥陀仏…。
南無阿弥陀仏…。
ガチャガチャッと乱暴にドアノブを回し、ギギィとドアが開く音…。
もう限界だ。
震えが止まらない。
歯がカチカチと音を鳴らす。
その時、ググッと何かに背中を押された。
「ひっ…」
思わず声が漏れる。
グイグイと背中を押す力が強くなる。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。
早口言葉のように夢中で唱える。
すると、布団ごしに背中を押してるモノがカクカクと動き始めた。
顔だ!どうやら顔を布団に押しつけられている…。
「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ…」
おもいきって、布団をはねのけて顔を出す。
すると………。
オチは初コメに託す。
怖い話投稿:ホラーテラー 菅直人さん
作者怖話