中編7
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底なし井戸

あれは小学校の高学年の頃だ。俺の生まれ育った町は炭鉱の有名な場所で、俺が中学になるまでは炭鉱がまだ動いていた。自然、炭鉱関係者の子供と友達になるわけだ。まぁ、当たり前のことだけど。

K太も炭鉱夫を父に持ち、母親は炭鉱の経理をしているという家庭の子供だった。

K太は身体が小さかったけれど、やんちゃで一緒に遊ぶのが本当に面白かった。かなりの悪さもした。一緒に万引きをして親にしこたま殴られた時も、こいつと一緒だった。

あれは確か夏休みに入ったばかりの頃だった。俺たちは午前中必ずといっていいほど学校のプールへ行く。そこで友達と落ち合い、今日どこで遊ぼうかと相談するわけだ。

その日は、どういう話の流れからか、心霊スポットに行ってみようという話しになった。

幸いというか、不幸というか。俺たちの町は治安があまりいいほうではなかったので、誰それが死んだだの、一家心中があったのという話はよく聞いていた。当然、心霊スポットも多い。

数ある中でも、何処にしようかと5人くらいで相談していると、K太が手を挙げた。

「俺、ヤバイとこ知ってるぜ」

K太の顔はいつになく自信満々だった。

「マジ? どこどこ?」

「お前ら、底なし井戸って知ってるか?」

誰も知らなかった。そんな面白そうな場所を聞いたなら、絶対に忘れるはずがない。

「底なしって、マジで底なしなん?」

友人のマッツンは半信半疑だ。

「わからん。底はあるかもしれんけど、信じられんくらい深い」

K太は自信満々だ。こいつのことだ。何度か行ったことがあるな。

「なら深さ測ろうぜ」

「どうやって計るんだよ」

「俺、釣竿持ってくる。重石つけて落とせばわかるだろ」

さすがは我らが頭脳ハラチャンだ。頭良い。

「よし。なら一回、昼飯食いに戻って、準備したら一時に神社前な」

「おし。遅刻すんなよ」

俺たちは一度解散し、家で昼飯を食ってから、それぞれ必要そうなものを持って家を出た。ちなみに俺は水筒とお菓子、あとなぜか懐中電灯を持っていった。

当時の俺も、今に負けず劣らぬアホだった。

集合場所の神社に行ってみると、もう他のみんなは集まっていた。

メンバーはK太、まっつん、ハラッチ、ジュン、俺の計五人だ。ちなみにK太とジュンの親父さんは炭鉱夫だった。

「よし。行くぞ」

俺たちはわくわくしながら神社を出発し、裏山の獣道へ入っていった。

K太の話によれば、裏山の道から入るのが近道だという。他にも道はあるのだが、炭鉱の事務所や木材置き場があるので通れないとのことだった。

真夏の山はそれなりに涼しかったが、やっぱり蒸し暑かった。蚊にあちこち食われながらも、俺たちはワクワクしながら底なし井戸へ向かった。

山道を一時間ほど歩いて、ようやく俺たちは目的に到着した。

そこは海沿いの広場のような場所だった。砂利がしきつめられ、あたりには草一本生えていない。人気もなく、どこかひんやりとしていた。

「な? 怖ぇーだろ」

正直、怖すぎた。

砂利のしきつめられた広場は学校の校庭よりも広く、その先には水平線が見えるだけだ。ススキが風に揺れているのだけでも不気味だった。

「なんだよ、お前ら。まさかビビッてんの?」

ジュンに馬鹿にされて、俺たちは「んなことねーよ」と平気なふりをしたが、正直もう帰りたかった。

K太について歩いていくと、急にK太の足が止まった。

「ここだ」

……ぶっちゃけ井戸じゃなかった。

穴だ。ただの、穴。

直径2メートルくらいの穴がぽっかりと開いていて、1メートルくらい下に真っ黒な水が溜まっているのが見えた。

「井戸違うやん」

「まぁな。でも、底なし井戸って言うんだって」

「言うんだって。誰に聞いたんだよ?」

「親父たちが話してるの聞いたんだ。親父たちが酒飲んでてさ、底なし井戸は危険だって。あんなとこ行くぐらいなら、なんでもやるって話してた」

K太の話に俺たちは凍りついた。

「は?」

なんだ、それ。

「親父さんって、K太の?」

「うん。うちのクソ親父」

補足しておくが、炭鉱夫という人たちはそのへんの肉体労働者とは訳が違う。筋肉ムキムキ、全身コレ凶器みたいな人たちだ。度胸試しに爆竹を噛み潰したりするおっさんだ。並みの人じゃない。

そんな親父さんが、危険だといったのだ。

そんなもの、俺たちにとったらもう死亡宣告も同じだった。

「親父にもさんざん釘刺されてたんだけどさ。こんなとこ他にないじゃん? 肝試しにはもってこいだろ」

マジか。マジでか。

冗談じゃない。もう帰りたい。そう思った。

「でもさ、ほんとに底なしなのかな。調べようyぜ」

KYなハラッチが好奇心に負けたらしく、おもむろにもってきた竿を伸ばし始めた。

「いやもう帰ろうぜ。見つかったらヤバイって」

ヘタレのまっつんはもう帰りたくて仕方がないらしい。俺も正直もう帰りたかった。

「深さくらい図ろうぜ。でないと来た意味ねぇじゃん」

ジュンはもう怖いもの無し。こいつは恐怖を感じないのか?

「とりあえず150m巻いてあるからさ。これでだいたいの深さは分かるだろ」

ハラッチがそういって、天秤錘のついた先を黒い水面にぽちゃんと落とした。釣り糸が勢いよく落ち始める。

しゅるしゅる。

しゅるしゅるしゅる。

しゅるしゅるしゅるしゅるしゅる。

「あれ?」

まだ落ち続けている。

全員の顔が「?」から「!?」と変わった。

釣り糸は勢いよく落ち続け、そして全ての糸がリールを出ていった。

全員が硬直していた。

「いや、いやいやいや。ありえないだろ! 150mとかどんだけだよ!」

深すぎる。しかもまだ底にはついてない。

「わ、わかった。炭鉱の穴だよ、これ」

「な、なるほど! それでか! そうだよな、こんな深い穴があるわけないよな」

「ま、間違いねぇーよ」

ははは、と俺たちが無理に笑いあった時だった。

「ひゃ!」

ハラッチが悲鳴をあげた。ハラッチの持つ竿が驚くほど曲がっていた。

「ひいてる! なんか釣れてる!」

ぐいぐい、と竿が軋んだ。ほとんど根元から曲がっている。糸が相当引っ張られているのか、きぃいいん、と変な甲高い音がした。

「なんかってなんだよ!」

「知らねぇよ! 魚じゃねえよ!」

俺たちが喚いている間にも、竿はぎしぎしと曲がっている。

なにより驚いたのは、ハラッチがリールを懸命に巻き始めたことだ。

「やめろよ!釣んな!」

ハラッチは苦しげにうなりながらも、竿を立て、懸命にリールを巻き始めた。

「でかい魚かも知れんやん!」

アホいえ!

こんなとこに魚がいるわけねぇだろ!

K太も顔が真っ青になっていた。どう考えても、この釣り糸の先にいるのは魚じゃない。それは間違いなかった。

「おい、糸切れ!糸!」

ジュンが慌ててそう叫んだが、糸を切れそうなものなんか持ってない。

「やめろって!釣り上げてからでいいだろ!」

「お前マジ市ね!」

ぎゃあぎゃあと半ばパニックになりながら揉めるうちに、水面に変化が起こり始めた。

「おい。あれ」

K太に言われて水面を見てみると、真っ黒い水の表面にボコボコと泡が立ち始めていた。それも信じられないくらいの数だ。

ほとんど反射的に、なにかが上がってくると分かった。

「おい、やばいよ。マジでヤバイって!」

一番最初にまっつんが戦線離脱。さすがに逃げ足は速い。振り返ることなく逃げ出した。その後にジュンが続き、K太と俺も続こうとしたが、ハラッチを置いていくわけにもいかなかった。

「俺君!その竿捨てろ!」

K太がハラッチを後ろから羽交い絞めにし、俺は抵抗するハラッチから竿をもぎ取った。

竿は信じられないほどの強さで引いていた。なにかがぶら下がっているとかじゃない。間違いなく、引いていた。

ハラッチがぎゃあぎゃあ喚いていたが、俺は竿を手放した。すぐに竿は真っ黒い水に飲み込まれ、すぐに見えなくなった。

その瞬間、泡が止まった。

「え?」

俺もK太も、喚いていたハラッチまで言葉を失った。

呆然としている俺たちの前で、ぶかり、と何かが浮かんできた。

それは、赤いランドセルだった。名札がついていて、そこには女の子の名前が書かれていた。(名前を覚えているけど、書くのは怖いので無理)

その瞬間、限界がきた。

俺たちは悲鳴をあげて一目散に逃げ出した。

神社まで戻ると、俺とK太でついさっき浮かんできたものを説明した。

先に逃げ出してかなり冷静になっていたまっつんとジュンには「それがどうしたん」と笑われたが、実際にこの目にした俺たちは全く笑えなかった。

そして、後から一番ビビッていたのはハラッチだぅた。

「今思うとさ、あれは魚じゃないよ。絶対。引きずり込もうとしてた」

あれ以来、俺たちは底なし井戸には行っていない。地元で少し有名になったのか、大学生や高校生が肝試しに行くようになったらしいが、釣り糸を垂らすのはやめたほうが良い。

今でも思う。釣り上げてしまわなくてよかった。

なにが釣れるか、わかったものじゃないからだ。

怖い話投稿:ホラーテラー 不幸満載さん  

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