中編4
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死臭

これは幽霊とかオカルトの類の話ではありません。

俺がバイト先の引越し屋で働いていた時の話。

その引越し屋は中小企業でありながら、割と儲かっていた。

それは、ちょっと特殊な仕事も請け負っていたから…

その名も、「執行」。

入ったばかりの頃は一体何のことだか分からず、そんなに気にもしていなかった。

ある日、小野寺さんというベテランのおっちゃんのパートナーになった日のこと。

1現場目を終えると

「おい、これの次は執行だぜ。嫌になっちゃうよなぁ」

ヘビースモーカーの小野寺さんはすぱすぱとタバコを吸いながら、独り言のように弱音を言ってきた。

引越し屋というのは、経験者なら知ってると思うが半端じゃなくキツイ。

大手ならまだしも、そこは中小だったものだから、人員はいつもギリギリ。通称5無しと言われるエレベーターなしの5階にある2LDKの部屋をたった2人で行かされる。遅いと本部から叱られるし、次の現場もあるから段ボールは3個持ちで走らざるをえない。そのキツさは並大抵なものじゃなかった。

そんなことをかれこれ25年もやっている小野寺さんが執行だけは慣れないという。

いよいよ執行とやらが気になり聞いてみると、正式には強制執行と言うらしい。つまりは家賃滞納者の荷物を運び出す作業だった。

なかには、腹いせのつもりか排泄物を部屋中に撒き散らして夜逃げした人や逆上して刃物を振り回してきた人もいるという。

「人間よぉ、追い詰められると何をするか分かんねーからよ…」

小野寺さんが言うと妙に説得力があった。

俺がいた引越し屋では、どこにも雇ってもらえない人達ばかりが働いていた。かくいう俺も、前科持ちの荒くれ者でいい年になってやっと働き口を見つけたのだった。どちらかと言えば、俺達も執行される側の人間に近いのかもしれない。

小野寺さんの言うことに共感しながらも、好奇心旺盛な俺は内心わくわくしていた。

現場に着くと、すでにスーツを着た裁判所員や大家と思われる中年男性3〜4人が待機していた。

「開始時刻は13時からです」

中年男性の一人が話しかけてきた。

この人は執行されることなんて万が一にもないんだろうな。俺はそんなことを考えながら、わずか半径10メートルの中の格差が、小学生の時に理科で習った食物連鎖と重なって見えていた。

予定時刻になり、裁判所員が扉に向かって呼びかけた。

「加藤さ〜ん、裁判所の者です。いらっしゃっいますか?」

「…」

返事はない。

「それではお願いします。」

そう言うやいなや大家が鍵を開け、ノブを捻った。

扉を引くと、長い間出入りしていなかったのだろうか、ぺりっとパッキンの剥がれる音がした。

その瞬間、部屋から例えようのない猛烈な臭いが溢れ出してきた。

小野寺さんが

「ヤバい!!これはまずいぞ!」

と言うのと同時に俺は部屋に踏み込んでいた。

なんの変哲もない1Kのアパートの一室。玄関を入ると左手に控えめに作られたキッチン、右手にはユニットバスだろうか、扉がある。そして、正面には部屋があり、扉は10cmほど半開きの状態。

奥へ進むにつれ、その隙間から部屋の様子が徐々にうかがえた。

フローリングの部屋の角にはブラウン管の小さなテレビが置いてあるのが見える。沢山の段ボールが積み重なって窓は塞がれ、部屋は薄暗かった。そして、いくつかの段ボールに囲まれるように部屋の真ん中にはこの部屋の住人と思われる男性が横たわっていた。そのすぐ上を蝿がぶんぶんと飛び回っており、誰が見ても死体だろうということはすぐに分かった。

警察が帰った後、荷物を運びだした。

山積みになった段ボールには腐って緑色になった生麺が入っていた。

ラーメン屋の店主だったのだろうか…

あの人には家族はいなかったのだろうか。

どんな人生を歩んできたのだろうか。

俺は何とも言い表せない気持ちになっていた。

帰りの車の中、俺が無言でいると小野寺さんが

「な、嫌だろう?あれが死臭だ。二度と忘れられないぞ」

と言った。

あれから俺は引越し屋を辞めた。確かに悲惨な現場に直面してしまった。自殺だったらしい。

しかし、幸いトラウマになることもなく夢に出てくることもない。

しかし街を歩いていて、意外と死臭が多いことに驚いた。

そして、その中を平気でおばさんが犬の散歩をしていたりするのだ。

怖い話投稿:ホラーテラー ちゃんたけさん  

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ありがちな内容だったけど、文章がよみやすくて面白かった。