中編4
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耐え難い寒さ

大昔の話だ。

彼の祖母は、彼とは血が繋がっていない。祖父の後妻なのだった。

父や叔父は皆前妻の子で、祖父との間に子供が出来なかったせいもあるのだろう、後妻である祖母は家族の内で何処となく孤立している風があった。

元来ひねくれた性格であったことも大きいとは思う。

その為、気性の激しい父との間には度々波風が立ったが、その都度当てこすりの様に

「どうせおらは後の妻だがら虐められるんだべ」

といじけてみせる。父は余計に腹を立てる。

そんな事だから、時が経てども溝は埋まりようもなかった。

前妻の存在を知らぬ、彼が生まれてからは、祖母は唯一の味方を手離すまいとでも言う様に、何処に行くにも彼を連れて歩いた。

彼には、たとえ口うるさく、疎ましさばかりだったにせよ、彼女以外に祖母はいなかった。

彼が歳7つを数えた時、祖母は死んだ。

ひねくれ者にしてはあっけなさ過ぎる最期で、皆悲しみよりも半ば首を傾げる様な心持ちで、上の空の中葬式が執り行われたものだった。

当時のその土地は、土葬だった。

葬式の為、とりあえずにと呼んだ村の毛坊主は、講話代わりだとでも言うように、ここらに住む者なら誰でも知っている言い伝えを話した。

「死んだ者らは、老いも若きも、誰もがもう一度と、生き直す事を切望している。完全に土に還るまで、地の上に再び蘇る事ばかり夢見て眠っている。だが、冷たくなってしまった体では、この土地の寒さはとても耐える事が出来ないので、土の中におるより他ないのだ。時々見られる火の玉は、そんな彼らの身を暖め、土中の暗さを慰める為に現れるのだ」

その年の晩秋、ある雪の降り始めた晩の事だった。

彼は寝床で妙な声を聞き、目覚めた。

耳を澄ますと、それは確かに、祖母が自分の名を呼んでいる声だった。

7つの彼には、その声は気味悪さよりも懐かしさが勝る。

隣の母親には聞こえないのか、目を覚ます様子はなかった。目覚めた所で疎んじられ続けた祖母の声だ、きっと行くなと止められるだろう。

彼は寝床から這い出ると、上着を羽織り、一人、声のする方へと忍び足で向かう。

祖母が埋められているのは裏の畑の向こうの墓地だ。出所はあそこに違いあるまい。

墓地に着くと妙に明るい。

それは、あちらこちらに何やら光る物が漂っている為だと気が付く。

成る程、あれが毛坊主の言っていた火の玉というやつらしい。

明るさと暖かさから、分別などまだ無い上にもともと肝が太い彼は、却って勇気付けられた程だった。

彼は、そのまばらな明かりを頼りに声の出所に近付いていく。

ふと、明かりの合間の闇が濃くなっている所に何かが蠢いている。そうだ、あそこが祖母が埋められた場所だ。

確かに祖母の声もそこから

「ここだ…ここだ…寒い…寒い…」

と、繰り返し聞こえている。

彼は駆け寄り、じっ、と目を凝らす。目が闇に慣れてきて見えたものに、息を飲む。

それは、生きていた時とはあまりにもかけ離れた祖母の姿だった。

生者としての表面が崩れ落ち、所々の穴を地虫共が忙しなく出入りするその様は、土が人の形を真似て化けたのだ、と見る方が自然な程だった。

それがしきりに「寒い…寒い…」と震えている。

小さな豪傑である彼も、これには腰を抜かした。

その様子を見た祖母は

「坊や、いい子だから、怖がんねでけろ。」

と語り掛ける。

「おら寒くて寒くて。生き返りたい生き返りたいと思えば思う程、寒さが身に染みる。今夜は火の玉が出てるからと思て外に出てみれば、もっと寒い。オメを呼んだのは、あの火の玉取って来てもらおと思てよ。それで暖まれば、おら生き返って家さ帰る事が出来る。お願いだ、いい子だから取ってきてけろ」

祖母のその懇願を聞いてしまっては、その姿がいくら恐ろしかろうと逃げる訳にもいかない。彼は言われるままに、火の玉を羽織っていた上着に捕まえた。

こんな姿になった祖母が元通りの人間として蘇るなどとは到底思えなかったのだが、祖母の声を頼りにここへ来た以上、彼にはそうする他ないと思えた。

火の玉は、熱も光も発してはいるのに、不思議な事に包んだ上着を焦がしていない。

それを祖母の前の地面に置き、開いた。

「ああ、あったげぇ…」

祖母は、いもしない我が子を抱くかの様に、その子供の頭程の火の玉に縋りつく。

あっ、と彼が声を発した時には、もう祖母は、その不思議な火に身を包まれていた。

「あったげぇ…」

祖母の声は、心底安らいだ様に響いてくる。

燃えて、祖母は段々と崩れいき、声は小さくなっていく。

7つの彼はそれを眺めながら、「ああ、死んでしまった人間は、どうやっても生き返る事は出来ないんだ」と心底に思い至った。

雪がちらつく中、彼はいつまでも祖母の燃える火を見つめていた。

朝になって、息子がいない事に気付いた母親が慌てて探しに出て見つけたのは、墓地にて呆けた様に火を見つめている彼だった。

その不思議な話は噂となって伝わり、毛坊主の耳にも入った。

以降、その土地では火葬が主となったそうである。

ちなみに幼かった彼は、大きくなって坊主になったそうだ。

村で葬式がある度、七つの時の不思議な体験を、語って聞かせたという。

死者を弔う火を見つめながら。

怖い話投稿:ホラーテラー みさぐちさん  

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