中編6
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憑いてるホテル

まず、始めにお断りしておきますが、私の実体験に基づく霊的な体験ですので、特にオチはありません。それをご了解の上、読んでいただけたらと思います。

 よく、「霊感が強い人と一緒にいると、霊感が無い人間でも感応して霊体験をする」という話を耳にします。5年ほど前になりますが、当時、私がつきあっていた5歳年上の女性は、恐ろしく霊感が強い人でした。彼女のそれまでの人生における衝撃的な霊体験を、よくねだって聞かせてもらっていましたが、「そんな目に会って、よくこれまで生きていられたね!」というものばかりでした。

やはり、本人が好むと好まざるとにかかわらず、そういう力を持った人には霊が様々な思いを携えて寄り付いて来るんですね。

さて、その日私たち二人は某地方都市の山中にある、とても古いラブホテルを目指して車を走らせていました。そこは彼女が10代の頃、当時つきあっていた彼と数回訪れたことがあるとのことで、その度に嫌な雰囲気を感じた霊的要素が漂っている不気味なホテルである、と前々から聞いており、私としては単なる好奇心からですが、ぜひ一度行ってみたかったわけです。

 私がそのホテルに行きたい、と提案すると彼女は、やはり「あまり(霊的に)いい所じゃないから」と渋っていたのですが、そこを押し切って突撃することになりました。いつもは私が車を運転するのですが、その日は私が知らない場所だったので、彼女に運転を任せ、私は助手席でのんきしてました。

 市街地から山道に入りしばらく走るとまばらにあった農家も無くなり、車の往来も少ない完全な山道になっていきます。「本当にこんな場所にラブホなんてあるんかな?」っていうくらい山深い場所でしたが、突然、道路わきに2,3の廃墟が現れました。通りすがりによく見ると、それは潰れてしまったラブホテルの残骸であり、いかにもいわくありげなたたずまいでした。

私は彼女に「ひょっとして今の廃墟が目的のホテルなの?」とたずねると「ううん、今のは単に潰れたホテルだよ。目的地はもうちょっと先」というので、私もそれ以上は何も聞かず、おとなしくしていたのですが、その廃墟群からさらに5分ほど車を走らせると、前方に目的のホテルが見えて来ました。

「あそこだよ」彼女が言うので、私も手前からそのたたずまいを凝視していたのですが、霊感など全く無い私にでさえ、ただならぬ妖気みたいなものを感じさせる外観で、内心「これは、ちょっと面白半分で入らない方がいいかも」と躊躇せざるを得ませんでした。

 彼女は敏感な人間ですので、私のそういった気持ちの変化を感じ取り「ね?だから外から見るだけにして入るのはやめとこうね。それにして久々に来たけどまだ営業してたんだ、あのホテル」と言い、そのホテルにチェックインすることなく素通りしてくれました。

 怖い反面、ちょっぴり残念な気持ちもありましたが、『触らぬ神に祟り無し』です。身の危険をおかしてまで試す度胸はありません。怖い雰囲気だけでも味わえたから良しとするか!そういう気持ちでUターンしようか、と彼女に言いかけた矢先、ガードレール沿いに『ホテル○○リニューアル・オープン この先3km』という立て看板が目にとまりました。

当初、目的地にしていた怪しいホテルには入らなかったものの、どうせこの後は、違うホテルに入って楽しむつもりだったので、私は「どうせなら新規開拓で、この看板のホテルに行ってみようよ」と彼女に再提案しました。彼女も今度は特に断る理由も無いので「うん、いいよ」と言ってくれたので、目的地変更でその看板のホテルを目指すことにしました。

ホテルの案内表示はずっと走って来た道を左折し、一車線の更に細い山道に行くように表示されていましたので、案内の通りにその山道を走って行くと道はどんどん狭くなっていきました。なんかえらく人目につかない所に建てたんだなあ、と思いつつ車を走らせていると、前方200mの山際にそれらしき建物がやっと見えてきました。リニューアルオープンをうたっていたわりに、ずいぶんと貧相な外観です。

「ああ、なんかあそこも大して期待できそうにないねえ」と私が半分冗談で言ったその時でした。彼女は無言のまま狭い山道で車を切り返し、Uターンし始めたのです。

「?」彼女の突然の行動に私は何がなにやらわかりませんでした。

「ねえ、俺何か気に障ることでも言った?」

「・・・」

彼女は必死に狭い道で車を切り返しています。何度かハンドルを切り返して後1回でUターンできる体勢になった瞬間、ギアをローに入れた状態でアクセルを踏んでいるにもかかわらず、車体がいきなりガードレールの無い、谷側に引っ張り込まれる感覚がありました。私はやはりわけがわかりません。なんでだろう?とは思ったものの、その時はまさかそれが悪意を持った幽霊の仕業だなんてこれっぽっちも思いませんでした。

彼女は終始無言で車を必死で切り返し、やっとのことで方向転換を終えると来た道をひたすら引き返していきました。

私は自分の発言の何かが彼女の気に障ったのかもしれんなあ、と神妙な面持ちで無言でいたのですが、最初に入ろうとしていた怪しいホテルを通り過ぎたところで、やっと彼女が口を開いてくれました。「本当に危なかった」と。

「え?何が危なかったの?」

「さっき車を切り返してる時に、谷の方へ車が傾いたでしょう?」

「あ、うん。確かに。なんでかなと思ってたけど」

「あの時ね、私、足首をつかまれていたの」

「え?誰に?」

「もちろん霊に」

彼女の説明によると、第二目的地に決定したホテルに向かうにつれ、危険を知らせる嫌な予感がどんどん強くなっていき、ホテルの建物が見えた瞬間に「ナニシニキタ?」という声が聞こえたので、まずいと思いあわてて引き返したそうです。その場で私にゆっくり説明している余裕はないし、話したら私が騒いで霊を刺激してはいけないと判断し、無言を貫いたそうです。車が谷底へ引っ張り込まれそうになった時は、思いっきり足首をつかまれており、かなりまずい状況だったと。心の中で必死に「私たちはあなたにちょっかいかけにきたわけじゃないから、私たちにかまわないで!」と霊に訴えていたとのこと。

「たぶんね、わりと最近、あのホテルがらみで誰かが死んでるね」と彼女はやっと普通の口調で言っていました。

 私としては冷や汗物です。興味本位で霊体験したいとは思っていましたが、命の危険をおかしてまでしたいとは思いません。(誰だってそうですよね)

「いやあ、そんなところに入らなくてよかったなあ」そう答えるのが精一杯でした。

 次の瞬間、本当に唐突に私を猛烈な吐き気が襲ってきました。元々、車酔いするタイプではないのですが、車酔いを更に激しくしたような、激しい吐き気です。

「おかしいなあ。昨夜、飲みすぎたからかなあ?急に車に酔っちゃったよ」と俺が言うと、「もう少し我慢して。市内に出るまで」と彼女が言うので、必死に吐き気と戦っていました。やがて市街地に戻ると、先程までの猛烈な吐き気が徐々におさまってきました。

目についたコンビニに車を停めてもらい、車を降りて深呼吸をすると先程までの車酔いが嘘のように消えていきます。彼女に「おかしいよねえ?滅多に車に酔ったりしないのに。なんなんだろうねえ」と言うと「それね、さっきの霊障。私がさっきの霊を相手にせずに逃げたから、無防備なあなたに八つ当たりしてきたのね。私はお守りもつけてるし、ある程度は自己防衛できるけど、あなたは霊の存在を感じることができないから。でも、その程度で済んでよかったよ。それ以上吐き気が続くようなら御祓いに連れていかなきゃいけなくなるとこだったよ」と言われ、私も妙に納得。

 やはり最初の段階で面白半分にそういう世界を見たいと思ったのがいけなかったのでしょうか?いずれにしても彼女いわく「もう、あのあたりには近付くのよそうね。特に私みたいな見える人間が行くと、不必要に霊が寄ってきちゃうから」とのこと。

この件以降、私もオカルトな話は聞くだけで自分で体験してみたいとは思わなくなりました。

特にこれといったオチも無く話はこれで終わりますが、皆さんもいわくつきの場所には興味本位で近付かない方が身の為ですし、行くならある程度「わかる人」と一緒の方がある程度リスクを回避できると思います。

(彼女が若い頃体験した、地元屈指の心霊スポット探検に無理矢理、つきあわされてその肝試しの首謀者が野狐の怨霊に取り憑かれて、えらいことになった話も、気が向いたらまた投稿したいと思います)

お目汚し失礼しました。

怖い話投稿:ホラーテラー だが、それがいい!さん  

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