中編4
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痴女

最近3Dの作品が上映される事を知り、随分ご無沙汰だった映画館に久し振りに足を運んだ。家からバイクで15分という近場に、かつての行きつけの映画館はあった。地元の強みを生かし、映画を観る時は必ず20:00からのレイトショーと決めていた。割引制度はあるし、人気映画でも予約しなくとも余裕でいい席が選べるという利点がある。

その日は映画館に着いたのが20:00を少し過ぎていたので流石に焦って小走りで場内へと急いだが、中を覗いて安心した。封切りされたばかりの映画にもかかわらず、場内は半分近く空席だった。流石に真ん中から後ろめの特等席は埋まっていた。それでもやや前方ながらスクリーン中央を見据えるいい席をなんなく確保できた。

俺は普段眼鏡を掛けている。3Dを観る時は更にその上から3D眼鏡を重ねて掛けるのだが、これがどうもしっくりこない。イマイチ焦点が合わないのだ。特に激しいアクションシーンはブレにブレて訳が分からなくなる。俺はその都度眼鏡を微調節しなければならずイライラしていた。だからいつの間にか隣に誰か座った事への違和感も、意識の底で流れていった。

ヒタ

俺が眼鏡の位置合わせに躍起になっていると、いきなり隣の人が俺の太腿の上に手を置いた。

眼鏡に手を添えたまま、俺は固まった。その手は膝へ向かってゆっくりと蠢動している。

痴女。頭の中にその2文字が浮かんだ。しかし俺の体は増々硬直した。相手が女とは限らないのだ。

欲情に耐え切れず、2人で場内を出てトイレに駆け込み相手を見たら無精髭が生えていた、なんて、古典的な冗談だ。

はぁ

太腿の手が何往復かした後に、そいつは耳元で生暖かい吐息を漏らした。妖しい芳香が立ち込める。

体が溶けそうになるのを、理性が必死に食い止めていた。

あ、

はっとした。耳元で漏れた喘ぎ声は、紛れもなく女の声だ。いや、仮に男でも、こんな淫靡な声を奏でるんだったら――。

俺の理性は、タガが外れた。

あ、ん……

そのねっとりとした声は演技だろうか? それとも――。

俺は妄想に耽った。体の緊張は緩み、頭にモヤがかかる。

隣の女はそれを察したのか、大胆にも俺の内腿に手を滑らせてきた。

そして耳朶の後ろ辺りの首筋を、チロチロと舐めた。

俺の局部は熱を持ち始めた。女は内腿の手を股間近くにスライドさせると、Gパンの上から長く鋭い爪を立て、優しく引っ掻いた。

思わず俺は、この手の上に自分の手を重ねた。俺はどうしたいんだ? 引き剥がしたいのか、それとも、導きたいのか……

女は首筋から肩口に掛けて、再びチロチロと舌を這わせた。まるで、催促するかのように。

俺は女の手を取り、自分の怒張した局部へといざなおうとした。

その瞬間、俺の理性の残り火が、激しい警戒音を発した。やばい!

俺は、無意識のうちに立ち上がっていた。

この女、舌が2枚ある……

「おい、てめぇ、邪魔なんだよ」

後ろから罵声を浴びて、俺は我に返った。女は俺の手を握っている。咄嗟に女の方を見た。

スクリーンからの反射光で、女の顔がモヤモヤと照らされる。

乱れた髪が顔を覆い、表情は分からない。しかしその奥で女の双眸が鈍く光り、俺を凝視していた。

“早く、座りなさい”

女の声が聞こえた気がした。

俺は催眠にかかったように呆然と女の顔を見返していると、女はその大きな口を歪め、ニタリと笑った。

「おい!」

後ろの声に再び引き戻されると、俺は女の手を振りほどき、下に置いた荷物を引っ掴むと逃げるようにその場から立ち去った。

「それは、『スプリットタン』だよ。身体改造の一種だね」

後日先輩にその話をすると、事もなげにそう言われた。

「お前は、貴重な体験を逃したんだよ。残念だったな」

先輩はニヤニヤ笑って俺の肩を叩いた。

その日家に帰ると早速パソコンに向かい、『スプリットタン』で検索してみた。すると無数の画像がヒットした。俺はこんな世界も有るのかと感動し、興奮した。続けて『身体改造』で画像検索したが、こちらは強烈過ぎて直ぐに画面を閉じた。

しかしこの時ようやく俺は心の底から安堵した。単に俺が知らなかっただけなんだ。本当にバカだった。俺はその時の状況を思い返すと、ムクムクと劣情が湧き上がった。

俺はベッドに身を投げ出すと、あの時の記憶に浸り劣情に身を委ねた。

今や俺の妄想の中で自在に体の上を這い回っているその舌は、身体改造。理性の警戒音は、もはや鳴らない。

そしてそのザラザラとした手の甲も、俺を凝視する縦に細長い瞳も、全て――

怖い話投稿:ホラーテラー うしらんさん  

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