中編6
  • 表示切替
  • 使い方

しつこい大家

これはつい先月の出来事です。

実家から1時間の距離にある水産関係の会社で働いていた僕は、なるべく会社に近い住居を探していました。

朝3時からという非常に早い時間からの勤務なので、少しでも近い場所に住んで通勤時間を減らし、睡眠を長くとりたかったのです。

近所のスーパーの帰り道に、ふと電柱に張ってある「入居者募集」のチラシに目をとめました。大家が直接貼ってるチラシでした。

「敷金礼金なし」

「月25000円」

しかも非常に会社に近い!これだ!と思ってさっそく携帯から電話を掛けました。

プルルルルル

プルルル

プッ・・・・

ツーツーツー

切れた?切られた?

数回コールした後、何故か通話が途切れてしまいました。

「なんなんだ?」

首を傾げていると、突然携帯が鳴り出しました。ビクッとしながら携帯のディスプレイの見ると、先ほど電話した大家の番号でした。

「もしもし、チラシを見たんですが」

大家「そうですか!是非一度お部屋を見に来てください。いつ来れますか?」

明るい声の大家は中年男性の優しく紳士的な声です。少し安心しながら次の日曜日に部屋を見に行く約束をしました。

次の日の朝です。

僕は猛烈なお腹の痛みで、夜中に目が覚めました。

あまりの腹痛で、呼吸がうまくできずに実家の両親が救急車を呼んでくれました。

搬送先の病院で、急性胃腸炎の診断され一ヶ月の入院を余儀なくされました。

小さい会社では仕方の無い事だったのですが、入院の旨を伝えると「残念だけど」と退職扱いになりました。

入院したから1週間ほど経った頃でしょうか、仕事を辞めたとはいえ実家に置きっぱなしになっている携帯が気になり、母親に病院まで届けてもらいました。

病院内では、携帯電話が使えないので中庭で携帯を操作すると

不在着信30件

履歴いっぱいの不在着信に「あちゃー」と思いながら、誰から電話がきていたのか確認しました。

大家 6月10日○時

大家 6月10日○時

大家 6月10日○時

大家 6月10日○時

大家 6月10日○時

大家 6月10日○時

大家 6月10日○時

 

ゾッとしました。ほとんどの不在着信が例の大家からだったのです。

留守電を聞いてみると

大家「○さーん。どうしました?」

大家「○さーん。ご連絡お待ちしてますよ?」

大家「いいお部屋ですから、お早めに」

など、夥しい数の伝言が入っていました。

そういえば日曜日に部屋を見に行く約束をしてたな・・・ちょっと異常かな?と思いながらも、連絡なしで約束を破った罪悪感で電話をしました。

「もしもし、あの・・・」

大家「ああ!待ってましたよ!日曜日はどうされたんですか?」

「それが・・・・」

自分が入院している事や、会社を退職したので部屋を借りる必要が無くなった旨を伝えました。すると大家から予想外の言葉が出てきました。

大家「そうですか。それでは退院したら部屋を見に来てください」

「え?いえ、もう借りる予定は無くなったので」

大家「でもとっても良い部屋ですから」

「・・?いやいやいや」

大家「ではまた・・・プッ」

全く会話が噛み合っていません。その後、退院してからも何度もしつこく大家から電話が掛かってきました。

最初の内は「借りる予定は無くなりました」と丁寧に断っていたのですが、全く会話が噛み合わず、そのしつこさに段々と腹を立てて最終的には電話に出ませんでした。

夜中まで電話がくるので、我慢できずに着信拒否にしても、今度は違う番号から電話を掛けてきます。あまりのしつこさに「いい加減にしろ!」と怒鳴りました。

すると

大家「一度でいいから、部屋を見に来てください。見るだけでいいですから」

「絶対ですね。本当に借りる気はありませんよ?」

大家「えぇ、それでいいですから」

とうとう、根負けする形で部屋を見に行くことになりました。僕的には部屋よりも、この非常識な大家に直接文句を言ってやるつもりでした。

翌日です。

チラシに書いてあった住所を訪ねました。

平成元年に建築されたそのアパートは、昭和の匂いを全く感じさせない近代的な造りでした。「どんなオンボロ物件だろう?」と想像していた僕は、面食らった顔をしながらアパートを見上げていました。

大家「○さんですか?」

ふいに後ろから声を掛けられ振り向くと、そこにはTVに出てくる社長役の様な老紳士がいました。

大家「わざわざありがとうございます」

そう言いながら、僕に封筒を手渡してきました。

わざわざという言葉に少しムッとしながら、封筒の中を覗くと1万円が入ってました。

「これは何ですか?」

不審そうに大家に尋ねると

大家「少ないでしょうが、交通費です」

とニコニコしながら答えます。その時、仕事が無くなったばかりの僕には、「怪しい」というよりも「嬉しい」でした。

大家「さ、こちらへどうぞ」

少しばかり放心状態だった僕は、大家に案内されて例の部屋の中に通されました。

部屋の中は広々としていて、とても綺麗なフローリングでした。日当たりも良好で、何よりもオシャレな造りです。

交通費の1万円を貰ったからには、中をぱっと見てすぐ帰る訳にはいかないよな?などと気負っていたのですが、そんな事も忘れて「こんな良い部屋があの値段かぁ」と感心しながら部屋中を隅々まで眺めました。

この部屋で暮らす自分を妄想していると

大家「どうです?いい部屋でしょ?」

と玄関に居る大家から声を掛けられました。

「え、えぇ、とてもいい部屋ですね」

大家の声で我に返った僕は、冷静になって改めて断りました。

「でも、仕事もお金も無いので、次の機会にまたお願いします」

すると

大家「お金はいいですよ。ここに住んで下さい」

「・・は?」

大家「部屋があなたを気に入った様ですから」

「・・え?」

そう言った大家の顔をまじまじと見ると、目の焦点が合って無い事に気がつきました。

「・・・大丈夫ですか?」

大家「ココにスンでくだサイ」

「・・・大家さん?」

大家「オおおおおおカかかかかネねねハはははいりまセンかラ」

「大家さん!?」

玄関に立っていた大家はガクガクと震えだし、口から泡を吹いて倒れました。

次の瞬間

倒れた大家のすぐ後ろに

女性が立っていました。

「あぁああぁぁああぁ!」

思わず悲鳴をこぼし、腰を抜かしました。

濡れた長い黒い髪

黒く変色した肌

泥だらけの白い服

女の顔には眼球と鼻がありません。

一目でこの世のものでは無い事が分かりました。

「おわああぁあぁぁ!!」

頭の中が真っ白になり、腰を抜かしたまま後ずさりしました。

女が一歩ずつ、此方に近づいてきます。

心臓が太鼓のように鼓動し、恐怖のあまり目を瞑りました。

耐え難い恐怖の中

真っ暗闇の中でハッキリと耳元で女の声がしました。

・・・イッショニ・・・

その声を聞いた僕は反射的に目を開き、絶叫しながら玄関に走りました。

「わあああああ!」

倒れている大家さんを飛び越え、何故かチェーンロックされたドアをガチャガチャと震える手で解除していきます。

ガチャ!ガチャ!

「くそっ!くそっ!」

ガチャン。

ドアが開いて外に飛び出た瞬間でした。

先ほどの部屋から、大音量で笑い声が響き渡りました。

アハハはハハはハハハハはハハハハハハあハはハハハハハハハはハハハハハハはハハハハハハハはハハハハハハハハハ

僕は無我夢中で走り出しました。

笑い声は、逃げ出した僕をあざ笑うかのように聞こえてきます。

一刻も早くこの場から遠ざかりたい一心で、たまたま通りがかったタクシーを拾いました。

運転手「お客さん、どこの病院いくの?」

「はぁはぁはぁ・・・病院?」

運転手「救急車の方が良かったんじゃない?」

「・・・え?なんで?」

運転手「だってあんた・・・」

運転手「血だらけの女の子をおんぶしてたでしょ?」

その後、「例の部屋」はどこの不動産会社でも月60000円の敷金一ヶ月で紹介されていました。

大家さんに電話してみましたが、何度かけても違う人に繋ります。相手からは「イタズラか?」とまで怒鳴られました。そんな馬鹿なと大家さんの番号でかかってきた留守電をもう一度聞いてみました。確かにこの番号のはず。

しかし、どの留守電にも大家さんの声は記録されていませんでした。その代わりにボソボソという小さな声が聞こえてきます。集中して聞かないと、何を言っているかわからない。何度も聞き返すことで理解できた言葉はコレだけでした。

「コッチ」

「ハヤクキテ」

「イッショニ」

「ツレテイッテ」

ここでお話は終わりです。長々とありがとうございました。

怖い話投稿:ホラーテラー すらいむさん  

Concrete
コメント怖い
2
10
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ

強い怨念だな

返信

こわかった。
ただただ、こわかった。。

返信