中編4
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いわくのない奴ら

元祖「いわくのない部屋」の続編を、勝手に書いちゃいました。

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六畳一間の真ん中に胡座をかいた彼は、腕組みをして瞑想をし、必死に苛立ちを抑えていた。

何故こんな不条理な事が起きるんだ。なんのいわくのないこの部屋に9室分の霊が集結するとは、割が合わなすぎる。

彼の苛立ちの原因はそれだけではない。彼は調査費を払うため街金から借金をしていた。その金額は減るどころか、日を追うにつれジワジワ増え続けている。

このままではいけない。彼は腹を据えた。

その夜も天井の黒焦げ君が、彼の首に手を伸ばしてきた。

彼はその瞬間目を見開き、黒焦げ君をじっと睨んだ。

「おい、ちょっと聞きたい事がある」

黒焦げ君は手を引っ込めると、明らかに動揺して視線を泳がせた。

「君らは何故わざわざこの部屋まで出向いて、俺の前に現れるんだ?」

しばらくの静寂の後、彼の脳内に直接思念が飛び込んできた。

“そりゃ、君の驚き顔が最高だからだよ”

彼は驚きよりも、霊と交信できた事に喜びを感じた。でも黒焦げ君の言葉はちっとも嬉しくなかった。

“ここの住人は、朝帰りのキャバ嬢や、学者かぶれの偏屈オヤジ。後は達観した爺さん婆さん達だ。我々にとってはまさに不毛地帯。この部屋だけが唯一のオアシスなんだよ”

なるほど、霊たちがここに集結する理由が分かった。彼の恐怖顔目当てだ。これは交渉の余地がありと、彼は思った。

「実は俺、今のままではいずれこの部屋を追い出されることになる。それは君らも困るだろう?」

“……、一体どうしたらいい?”

お、なかなか話が早い。彼はほくそ笑んだ。

「君達の動画を撮らせて欲しい。それをテレビ局に売って儲ければ、俺は安泰。立ち退かなくてすむ」

黒焦げ君はしばらく考え込んでいたが、おもむろに部屋のあちこちへと目配せをした。

すると彼の足元から長髪の女が顔を出し、押入れの血塗れ親子と浴槽の少女も枕元に集結した。あーあ、後で掃除が大変だ。

その他有象無象のモヤモヤ達も枕元に集まり、何やら話し合いが始まった。

霊たちの結論はこうだ。

彼の恐怖顔は素晴らしいのだが、最近ちょっと飽きてきた。だから彼の友達が定期的に泊まりに来てもらえるなら喜んで協力するというのだ。

彼は友達が少ない事、しかし少なくとも一回は全ての友達を泊まらせる旨を伝えた。

黒焦げ君は長い腕を彼の目の前まで伸ばしOKサインを作った。交渉成立だ。

彼は数少ない友達を、全て失った。しかしその代償にとてもいい映像を手に入れる事が出来た。

次から次へと姿を見せる、異質の存在。それらとの遭遇に、恐怖で顔を引きつらせる彼の姿もいい感じで映っている。

新鮮な恐怖顔を存分に味わったおかげか、霊たちの表情も凄みが増している。彼の恐怖顔も演技の域を超えていた。

また、様々なアイデアが飛び交い、撮影は段々熱を帯びていった。

「す、素晴らしい」

テレビの向こうの霊能者がしきりに頷き、唸るように漏らした。

スタジオに静寂が広がった。芸人たちはリアクションも忘れ一同に口元を押さえ黙りこくっている。アイドルたちは目を覆い、顔を背けている。中には嗚咽を漏らす者も――

彼はその反応を見て、笑いが止まらなかった。予想以上だ。彼は謝礼として10万円を貰っていた。TV局側は破格の値段だと言っていたが、彼は後悔した。もっとふっかけられたはずだ。しかしヌカリはない。テープは1~5巻まで用意してあるのだ。

しかも奴らが撮影に慣れるにつれ、確実にクオリティはあがっている。長髪女なんか、髪を切ってイメチェンまでしている。彼女の髪切りシーンは名場面の1つだ。

これは一巻15、いや、20万円は固いはず。それなら借金返してちょいプラスになる計算だ。

「素晴らしい。私も長年この類の映像を沢山見てきたが、こんな凄いのは見たことが無い。大変良く出来た、特殊映像ですな」

な……。彼は笑顔のままで凍りつき、呆然と画面を眺めた。

スタジオもどよめいている。

「と、特殊映像……。では先生は、これは、霊現象ではないと……」

彼と同じく表情を凍らせたMCが、狼狽を隠すことも忘れてたどたどしく質問した。

「私も信じ難いが、まず彼らは、この部屋への執着心があまりに希薄です。ただ居心地がいいから、いる。そんな雰囲気しか感じ取れない」

彼は頬の痙攣が止まらない。

「決定的なのは、彼らからなんの怨念も感じられないのです。むしろ何かに打ち込んでいる時の、陽の気を感じます。よって彼らは学生のサークル仲間か何かで、協力してドッキリ映像を作成した。そんなところでしょう」

こいつら、演技に熱中するあまり、恨みを忘れやがった。彼は予想外の展開に、ほぞを噛んだ。

アイドルたちは安堵の溜息をつき、芸人たちは自分の役割を思い出し、やかましく騒ぎ始めた。

そんなガヤ芸人の1人がこう言った。

「それにしてもこのあんちゃんの怖がりっぷり、役者やなぁ。この恐怖顔なんて、アカデミー賞もんですよ」

彼は、ふと視線を感じ、部屋の隅にある姿見に視線を移した。

鏡の中に佇む奴らは揃ってニンマリ笑い、彼を見ていた。少し得意気でもあるように、彼は感じた。

そして微笑を残しながら、奴らの姿はスーッと消えて、見えなくなった。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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