中編6
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整形、後悔、そしてー

緑が美しい町があった。北には山頂に白い雪が残る山脈が広がり、南には碧く煌めく大きな湖が大空を映していた。

町の治安は平均以上に良く、古くからある建物は煉瓦作りで、町中の木々や草花と調和していた。

周囲の町では、事件事故が相次ぐ中、この町はそれらと縁も無く、警察官の仕事ももっぱら事務関係や巡回程度で終わっていた。

そんな町を東西で分断する様に、中央に白い蛇を思わせるクネクネした小さな河が流れ、町を潤していた。

その河の側に、上空から見てL字の形をした建物があった。庭にはカラフルに染める様に、色々な種類の花々が咲いていた。

その建物の一室に、グレーのシャツに白衣を纏った、中年の小太りな男が椅子に座っている。薄くなった白髪頭を掻いていた左手を、光沢感のある机の上のカップにのばした。コーヒーの香りが部屋を満たしている。

二口ほど、コーヒーを飲んだ時だった。部屋のドアをノックする音が聞こえ、次いで

「失礼します。先生、ご予約の患者さんがお見えになりました。少し早いんですが、よろしいでしょうか?」

片手にファイルを抱えながら、桃色の白衣を着た若い女が言った。先生と呼ばれた中年の男は、カップを机に置いて時計を見た。時計の針は、八時四十五分を指している。

「ん、早いが通してくれて構わんよ」

分かりました、という声が聞こえ、数分後再びノックの音がした。男は、卓上の白いプレートを動かした。数センチズレていた為だ。プレートには黒字で、『院長』と印刷されている。

「どうぞ」

「失礼します」

部屋に入ってきた男は、なかなかの好青年だ。何より顔立ちが良く、その笑みは男女関係無く気に入られるものだった。

それに対し、中年の男は椅子から腰を上げつつ笑顔を作ったが、内心は驚きの表情を浮かべた。

机を挟んで、二人は握手をして挨拶をした。

「院長の神崎です。私の整形外科へようこそ」

「朝早くにすみません。松村です、どうぞよろしくお願いします」

「松村さんですね。あ、どうぞかけて下さい」

挨拶を終えた二人は、それぞれ椅子に腰掛けた。神崎が、リラックスして話せるようにと飲み物を聞いた。松村はホットコーヒーをお願いした。神崎が近くの助手にホットコーヒーを頼み、松村に向き直った。

「それでは、幾つか伺いたいんですが」

「はい」

コーヒーが小さなトレーに載せられ、松村に渡された。松村はミルクを少し垂らし混ぜて、一口飲んだ。

神崎もコーヒーを飲みつつ、医療上の質問を始めた。

松村が質問に答えていって、コーヒーが冷めかけた時だった。

「それでは以上なんですが、最後に」

神崎茂が質問の答えを書き記したファイルを机に置いて言った。

「どの患者さんにも話しています。気を悪くなさらないで下さいね」

松村はあと一口分残ったコーヒーを簡易テーブルに置いて、神崎の目を見た。

「整形後、元の顔に完全に戻すことは不可能です。それに松村さんの場合は、顔全体を行いますので、その点は大丈夫ですか?」

松村は少し笑みを浮かべた。

(整った顔に笑みとは、ここまで美しいものなのか)

同性の神崎にそう思わせるほど、松村の笑みを浮かべた顔は完璧なものだった。何か犯罪を犯しても、裁判所で誰がこの者を裁けるだろうか。そんな話がありそうなほどだった。

神崎の考えを見抜いたように、松村は腰を屈めて両手を組んで話した。

「自分で言うのも恥ずかしいですが、この顔で整形なんてと思われるかもしれまぜん。ですが、この顔じゃ駄目なんです」

松村の話し方は、どことなく切羽詰まっている印象を受けた。神崎が慌てて言った。

「いえ、その点に関しては個人の自由です。無理にお聞きしませんよ」

松村は、その言葉を聞いて喉もとまで出かけた言葉を飲み込んだ。

「それでは、この誓約書にサインを」

神崎は誓約書と朱肉を松村に渡した。

こうして手術が始まった。

顔全体ということと、体力的な事も考慮して手術は一ヶ月ほどかかった。

松村は顔に包帯を巻きつけ、病室で三日間過ごした。その間、彼は落ち着かない様子が続いた。

その日は雨だった。町は何処となく静かで不気味な雰囲気となっている。

神崎の部屋に松村はいた。お互い、最初の時のように、向かい合って座っていた。松村の願いで部屋には二人だけで、助手達は別室にいた。特に珍しい事では無い。整形後、そそくさと病院をあとにする患者だっているのだ。

「先生、本当にありがとうございました」

松村の礼に対し、神崎は笑って答えた。

「成功はしましたが、包帯を取って松村さんに確認して頂かないと」

そう言って包帯をスルスルと取り始めた。そこにあった顔に、松村は鏡を見て唸った。神崎からは笑顔が保っていたが、目元がひくついた。

松村の顔は以前の爽やかで美しい顔では無く、目が鋭くどう見ても凶悪な顔つきになっていた。

神崎はついに口を開いた。

「ど、どうでしょうか? ご希望通りにいたしましたが」

松村は薄笑いを浮かべた。恐ろしい顔だ。

「いえ、満足です。隣町から来た甲斐がありました。ありがとうございます」

「どうしても気になります。以前の顔では」

神崎の話を松村が制し、話し始めた。

「ええ、お答えします。私の以前の顔は、笑顔が良いとよく言われました」

「私も、あなたの笑顔は素晴らしいと思います。性格の良さが外面にでてると言いますかー」

松村が神崎の言葉を聞いて笑った。神崎は、その笑い方に驚きの表情を浮かべた。いや、恐怖すら感じた。

「いや、すみません。ふふふ、内面が外見に、ねえ。先生は誰かを驚かそうとしたことはありますか?」

神崎は、あると答えた。

「その時、相手が驚かないとどうです?残念ですよね。私はこの二十五年間、その残念な気持ちに苦しめられたんですよ」

口調が少しずつ変わってきた松村に、神崎は違和感を覚えた。

「申し訳ない。どういう事でしょうか?」

松村は席を立ち上がり、部屋をうろつきながら話した。

「私は夜中歩いていて警察官に声をかけられたことがあります。でも私が振り向くと、警察官は気をつけるようにと伝えるだけで職務質問すらしない」

みんな顔で判断する、と付け加えた。

「それのどこがいけないんです?」

神崎も立ち上がろうとしたが、松村が両肩を押して座らした。

「みんな、ギリギリまで。いや、気づかない人間すらいる。前の顔のせいで、みんなの顔が見られなかった」

「どんな顔です?」

松村は質問に対し、棚の前で立ち止まり直ぐに答え無かった。棚には医療の本やメスなどの鋭利な刃物の医療器具もあった。松村は神崎の前に来て口を開いた。

「先生には二つの願いを叶えてもらえる。本当にありがとうございます」

「二つ?どういう事だ?」

神崎の顔は恐怖に引きつって聞いた。

「その顔です!その恐怖に引きつる顔を見たかった!整形、恐怖。その二つの願いが今日叶った!」

そう叫んだ松村の左手には、メスが握られていた。神崎の目の前には、鋭利な刃物を持った凶悪な顔つきの男がいる。

うわああああっ!と叫び声をあげようとした神崎の声は、掠れて響かなかった。

喉からは、一の字でスッパリと切れて血のシャワーを噴き出していたからだ。

グッタリと椅子に座り込む神崎の前で、松村は満面の笑みを浮かべていた。その笑みは爽やかなものでは無く、残虐的な笑みだった。

松村は手に握った赤いメスを見てから、天井を見た。

それから、目の前の死体を見て言った。悲しげな目だった。

「なんてことをしてしまったんだ」

松村は後悔していた。目の前の腕の良い整形外科医に近寄って呟いた。

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「もっと凶悪な顔つきに、先生なら出来たのにー。ああ、私は何て事を!」

ドアのノックの音がした。

「先生、次の患者さんの時間ですが」

松村は決めた。先生の死は後悔したが、この顔つきで人々を恐怖に突き落とそう。

そして、部屋のドアを開けた。

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物足りないね。
なぜか言うと、もっといい作品に出来るから。
もっと、ひねるべき。
つまり、1番最後の部分で読者に今までの松村が神崎医師だったと言う展開にしてたらもっと作品良くなってたよ。