長編8
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憑かれた出張⑤

北海道旭川在住です。

これは11年前の夏の出来事です。

当時私は2t箱車のトラックドライバーをしておりました。

道東担当で毎週1泊2日の決まったルートを走るルートセールスってやつです。

その時の出張は帯広~釧路の他に中標津~根室を経由する為に2泊3日のルートでした。

このルートも月に2回廻ることになっていて2日目の常宿は中標津の温泉です。

肌がツルツルになる中標津の温泉は私にとって月に2回の楽しみでもありました。

料理も美味しく味気無いバイキングなどではなく、お膳で出てくる豪華版です。

私が入社する前からの常宿でしたので

毎回瓶ビールを2本サービスで出してくれるのが何とも嬉しかったです。

まあ、結局2本では足りないので追加してしまうのですが・・・・・

さて、いつもは中標津~根室を廻り15時には旭川に向けて走り出すのですが、

この時から新規の顧客が1件増えた為に中標津~別海経由で根室に向かいました。

新規先は皆さん良くご存知の「王国」で、

最近めっきり見かけなくなりましたが

動物と「よーしよしよし」と言いながら過剰に触れ合うおじさんの所です。

そのおかげで大分遠回りになってしまい根室の営業が終わったのは18時過ぎ・・・・

「今日中に帰れるべか・・・」などと考えながら旭川に向けて走り出しました。

実はこの時点で、あることに気づいていれば何の問題も無かったのですが・・・・

帰り道はいつもと同じルート

(憑かれた出張①~④参照)

ですので北海道の屋根と言われる大雪山越えです。

そして・・・・

三国峠を登り中腹に差し掛かった時に、想像もしていなかった、とんでもない事が起きてしまったのです。

時刻は23時頃だったと思います。

日中でも殆ど車の往来も無く峠を越える間は、

すれ違う車両の数よりも、出会う鹿の数の方が遥かに多い様な場所です。

夜中ともなれば1台の車両にも出会うことの無い事もあります。

辺りは真っ暗・・・・

常にベタ踏みで登っていたのですが、

突然の失速・・・

「プスン、プスン、プスン・・・」

「ガス欠」でした。

とりあえず道路の端にトラックを着け、10分程思案。

「近くに民家は無い」

「携帯は圏外」

「公衆電話は峠の登り口と頂上」

「最寄のスタンドは旭川まで無い」

そして決断しました。

峠の頂上まで歩くことを!

夜中となれば車も通らず、ましてや人など居る筈も無いのでハザードも挙げず歩き出しました。

真夏とはいえ標高1000mオーバーの峠道

夜ともなれば、気温はせいぜい15℃前後・・

会社のジャンバーを着込み、集金カバンを持って頂上を目指します。

頂上には、チョットした「道の駅」の様な設備があり

日中は喫茶店的なお店が開いていますが

(今も営業しているかは判りません)

夕方から車通りが、ほぼゼロになる為にトイレと公衆電話のみが使用出来ます。

どれだけの時間が掛かるのか見当も付かず歩いているのですが、当然のことながら真っ暗です。

深い谷になっている所が何箇所かあり、橋が架かっているのですが、

その部分だけに黄色い光を放つ水銀灯が設置されていて、

遠くに見えるその光を唯一の希望として進むのです。

幸い天気が良く雲ひとつ無い満天の星空でしたので

目が慣れてくるにつれ月の光だけでも十分明るく感じました。

30分ほど歩いた頃でしょうか?

上から1台の車が降りてきました。

「やった!ラッキー!助かった!」

私は喜び勇んで大きく手を振りアピールしましたが…

一度減速したにもかかわらず再加速し走り去ってしまいました。

「冷たい奴め!!!」

車が通ること自体が奇跡的な出来事だったのに・・・・・

多分チャンスはもう無いなぁ~と考えていると、何とまた1台の車が降りてきました。

今度こそ確実に停めなければなりません。

私は大きく手を振りながら道路の中央まで出ました。

運転手は相当びっくりしたのでしょう。

タイヤがロックするほどの急ブレーキで

「キキキィーーーーー!!」

というブレーキ音が夜の大雪山にこだましました。

そして、私を見るなりフル加速で逃げていきました。

正直なところ当然といえば当然の反応です。

こんな夜中に人が歩いている筈の無い場所で、

ヘッドライトに照らされたその場所に

大きく手を振った人が突然現れたらどう思うでしょう。

多分その運転手は家に帰り奥さんに話したと思います。

「実はさぁ~さっき見ちゃったんだよ」と・・・・・

なぜかこの日は奇跡が続きその後、もう1台の車が来たんです。

でもヤメておきました。

自力で登り切ることに決めたのです。

半分以上イジケ根性が入ってヤケクソでした。

20分程の間に3台もの車が通ったのにその後は1台の車も通りません。

「しーん」という音が聞こえるくらい静かな暗闇から時折「ガサッ!」と音がします。

目を凝らすと幾つもの目が「ギラギラ」とこちらを見ているのです。

さすがは北海道!

エゾ鹿達が珍客に対して興味深々の様です。

そして出発から約1時間が経過し、やっと一つ目の橋までやって来ました。

黄色い水銀灯は目に痛い位明るく文明の利器を感じずにはいられませんが

100m程の橋の向こうは、まるで黒い壁の様な闇の世界が待っています。

しかし、頂上付近に目をやれば黒い空間に黄色く浮かんだ様な橋が後2つ見えます。

既に1時間歩いてきた私にとっては気が遠くなるような距離ではありましたが・・・・

約40分後・・・・

2つ目の橋に到着!

砂漠のオアシスの様な光の下で、

少しだけ元気を貰い遠くに見える最後の黄色い光に向かい歩みも少し早くなります。

その橋を越えれば200m程で頂上なのです。

約30分後・・・・

やっと最後の橋が目の前に現れました。

しかし・・・・

何かおかしいのです。

はじめは標高が高い為だと思っていたのですが

最後の橋に近付くほどに、霧が立ち込め始め

気温が急激に下がったような感覚です。

そして極めつけは空間が歪んだ様に見えるのです。

対外そんな時は良くないことが起こります。

しかし目の前は黄色く光る明るい世界です。

私はエスケープする様に黄色い世界へ飛び込みました。

やはり明るく安心感が湧き出てきました。

橋のちょうど真ん中辺りに来たとき、何かが視界の隅に映りました。

無意識の内に目をやると橋の柵に

しっかりと掴まった「左手」がそこにありました。

背筋が「ゾクッ」として全身鳥肌です。

頂上に向かい急ごうとする気持ちとは裏腹に、

体はその「左手」の方へ引き寄せられていきます。

そして・・・・

柵から橋の下を覗き込む体勢になり

目が合ってしまったのです。

必死な形相で柵にしがみつく作業服姿の男性と・・・・・

更に男性は

「た・た・たすけてくれ!」

と私に懇願し右手を伸ばしてきます。

私はソレに吸い寄せられる様に手を伸ばし

右手をもとうとしました。

もう少しで掴める所で男性は力尽きたのか

小さな声で

「しにたくない・・・」

と言い残し暗闇の中へ落ちていきました。

三国峠の開通には大変長い年月と、多くの人命が犠牲になりました。

特に幾つもの谷を繋ぐ橋を架ける工事は

難所中の難所で高さ30m以上もある高所での工事が多く

何人かの工事関係者が落下し、命を落としたのでした。

正気に戻った私は頂上の公衆電話に走りました。

誰に電話しようか考えましたが…

同僚はもう寝ていると思い確実に起きている弟に電話しました。

私「もしもし、寝てた?」

弟「いや、起きてたよ!なした?」

私「ちょっと頼みあるんだけど・・・」

弟「金か?」

私「…違う!酒呑んでる?」

弟「いや」

私「迎えに来て」

弟「どこに?」

私「三国峠!」

弟「…はぁ⁉???何で???」

私「ガス欠」

弟「・・・・・・・・。」

私「ポリタンクに軽油入れて持ってきて」

弟「…しゃ~ね~なぁ~」「2時間位は掛かるぞ!」

私「いいよ・・・待ってるから・・・」

弟「なした⁉」

私「やばい・・・追っかけてきたみたいだわ」

弟「何が?熊⁉」

私「あほか!お前には見えないモノだよ!」

弟「まじか⁉」

私「頂上のトイレにいるから頼むぞ!」

と言って電話を切りトイレに駆け込みました。

電話の最中、ずっと

「たすけて・・・・」「たすけて・・・・」

と聞こえていたので間違いなく憑いて来ています。

その声は、ドンドンと近付いてきたので

私は急いでトイレの周りに結界を張り経を唱えます。

外が急に静かになりました。

経が効いたかな?と思った瞬間

「コンコン」

とトイレの外扉をノックする音が!

「あの~すみません・・・・・開けてください」

外扉には鍵などは付いていません。

ただ結界を張っただけなので、普通に入ることが出来るのです。

人間ならば・・・・・

「あの~すみません・・・・・開けてください」

「・・・・・・・。」

「開けてください」

「・・・・・・。」

「開けてよ」

「・・・・。」

「開けろよ」

「・・・・。」

「開けろ!」

「・・・・。」

「開けろ!開けろ!開けろ!開けろ!開けろ!」

いいかげん頭にきた私は

「うっせーよ!お前!黙って死んどけ!!!」

と叫びました!

「たすけてくれよ・・・」

私「無理だよ!」

「頼むよ・・・たすけてくれよ・・・・」

私「もう死んでんだって!助かんねーよ!」

「・・・・・・・それじゃ・・・・・代わってくれよ!」

思いもよらない言葉に凍りつきました!

「代われよ・・・・・代われぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

どの位、時間が経ったでしょう。

空が薄明かるくなり始めた頃

外で車も音がします。

「やっと来たかな?」と思った瞬間

「ちくしょう!・・・・・・帰りたい」

と泣き声が聞こえ、その数秒後、

弟がトイレのドアを開けて入ってきました。

「おまた~」

「遅いわ!」

弟の車に乗り込みトラックへ急ぎます。

ポリタンク2本分40Lの軽油を入れ

エンジンが掛かるのを見届けると

「んじゃ俺先帰るわ!」

と弟が帰って行きました。

早朝4時30分のことです。

帰り道・・・・

日が昇り安心したのか眠気が襲いましたが

一発で目が覚めました。

3つ目の橋を通ったときに見てしまったんです。

「左手」を!

私はアクセルを突き破る位おもいっきり踏んづけて走り続けました。

家に着いたのは朝7時・・・・・

下の子供が「おかあさんといっしょ」を見ていました。

私は既に玄関に出ていた「塩」を手に取り

全身に振り掛けながら「ただいま」と一言。

そしてそのまま一睡もせずに「いってきます」と出社したのでした。

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そろそろ新作が読みたいです。

すごい面白かったです!

次作も楽しみにしてます!!