中編5
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交通量調査

学生時代の同級生Sさんがアルバイトで体験した話です。

アルバイトの内容は朝7時から夜7時までの12時間、K坂駅北口の交通量調査。

以前、K坂駅には改札が一箇所しかなかった。

オフィスビルや商業施設もあったのだが、ほとんどが駅出口の反対側にあった為、利用者は改札を抜けて駅前に出てから、線路沿いをひたすら歩き、遠く離れた踏切を渡らなければ反対側に行けなかった。

勤務先は駅から目と鼻の先にも関わらず、徒歩10分以上かかるのもざらで、通勤サラリーマンからは不満の声が多かった。

そんなK坂駅の反対側に新しく「南口」が完成し、元々あった駅出口は「北口」と呼ばれるようになった。

交通量調査は北口と南口、それぞれ駅から出入りする人をカウントする為、4人1チームで6時45分に現地集合した。

Sさんは北口の駅から出てきた人のカウント担当となっていたが、予想通りほとんどの人が新しく出来た南口を利用しているようで、北口から出てくる人はほとんどいなかった。

用意してきた椅子に座り、数取器を手にじっと北口を見つめる。

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『カチ…カチ……………カチ』

隣に座るTさんの数取器の不規則なカウント音だけが静かな北口に響く。

北口に入っていく人は某駅が最寄り駅の住人だろう。

たまに出てくる人をカウントしながら、Sさんは延々と同じ景色を見続ける。

朝8時過ぎになると通勤サラリーマンの数が増えてきたが、朝9時を過ぎた頃にはほとんど人がいなくなった。

Sさんは交通量調査のアルバイトは初体験だった。

今回、単発でこのアルバイトに募集した理由も『楽そうだった』からだそうだ。

しかし、蓋を開けてみれば苦痛以外の何でもない。

ひたすら同じ作業を繰り返す事がこんなにもつまらなく、大変だとは思いもしなかった。

Sさんは今にも寝てしまいそうなこの環境を乗り越える為、Tさんと話す事にした。

何か共通の趣味でもあれば盛り上がったのかも知れないが、全く話が合わなかった。

仕方ないので2人で人間観察をして時間を潰す事にした。

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「あの人、朝食何食べたと思う?」

「トースト」

「ご飯とみそ汁」

「あの人、誰かに似てない?」

「誰だ?」

「名前が出てこない…」

「あの人、背高いなぁ」

「190cmくらいかな」

「186cmくらいじゃない」

意味の無い、くだらないやりとりが続いたが、次第に会話も減り、最後にはお互い無言になり、数取器のカチカチ音だけとなった。

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「おい、ちゃんと数えろよ」

「あ、ごめんごめん」

眠気で意識が朦朧としていたのか、カウントが漏れていたようだ。

「おい、ちゃんと数えろって」

数分後、再びTさんに注意された。

今度はきちんと見ていたけど、誰も駅から出てきて無い。

「いやいや、ちゃんと数えてるよ。今だってほら、誰もいないじゃん」

「は?何言ってんの?向こうに女の人歩いてるだろ?」

Tさんの指差す方向を見るが誰もいない。

『…カチ』

隣で数取器の音がした。

「え?」

誰も駅に入って行った人はいない。

「Tさんこそ、適当にカウントしてたら駄目ですよ」

「は?ちゃんと数えてるし!さっきから何なんだよ!ほら、また女が来たぞ」

今度は確かに女の人が北口から出てきた。

「あの二人組、どっちの方が可愛い?俺は左の白いワンピかな」

「え…」

北口から出てきたのは一人だけだ。

「Tさん大丈夫ですか?疲れてるんじゃないですか?」

「…」

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返事が無い隣のTさんを振り返って見てみると、先程の女の人が歩いていた方を見ながら、口をパクパクさせている。

「どうしたんですか?大丈夫ですか?」

Tさんは返事をせずに、口をパクパクし続けている。

次第にブツブツと小さな声が聞こえ始めたがはっきりと聞き取れない。

『バタンッ…』

Tさんが勢い良く立ち上がった拍子に、Tさんの座っていた椅子が倒れた。

全身をブルブルと震わせながら、なおも口をパクパクし続けている。

「ちょっと!大丈夫ですか!」

Tさんの目の前に立ち、両手で両肩を揺すってみたが、全く反応が無い。

白目を向き、口をパクパクさせながら涎を垂れ流すTさんを見て、異変を感じ取ったのか、駅前のロータリー沿いにある交番からお巡りさんがこちらに向かって近づいてくる。

「来るな!来るな!来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

突然走り出すTさん。

Sさんも必死に追いかけたが、まるで追いつくことが出来ず、距離は離れるばかり。

線路沿いを走るTさんが左折し、姿が見えなくなった。

それからほんの数秒後。

『キィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!』

今までに聞いたことも無い大きな音が響いた。

電車の急ブレーキだ。

急いで踏み切りに向かうと数秒前まではTさんだったであろう、赤黒い肉の塊が散乱していた。

今まで生きてきた中で、あれほど凄惨な光景は見た事無いとSさんは言っていた。

亡くなったTさんは自殺という事で処理されたそうだ。

踏切の遮断機をくぐり、線路の真ん中で女性と抱き合いながら、電車の運転手を見つめ、笑っていたと運転手が証言したらしい。

何故、Tさんが奇行に走り、このような結末を迎えたのか、今となっては知る術は無い。

Tさんと一緒に亡くなった女性は、Tさんとは顔見知りでは無く、他人だったそうだ。

「交通量調査の時、Tさんにだけ見えていた女性と同一人物だったのかな?」

「もしかしたら生霊だったのかも知れない。死んだ女も白いワンピース着てたし。一緒に自殺する相手を探していたのかも…。」

そして、Sさんは最後にこんな話をしてくれた。

「あの時、俺は気分が悪くなって、目をつぶって座り込んで吐いてたんだけど、カチカチカチカチって数取器の音が聞こえてきたんだ。

音のする方を向いて目を開けてみると、バラバラになったTさんの右腕が落ちててな、数取器を握ったままだったんだ。

さすがに気のせいだろう思って見てたら、何が起きたと思う?Tさんの親指が動いて、数取器を物凄い速さで押し始めたんだ。

カチカチカチカチカチカチカチカチってね。

全身バラバラで腕だけなのに指だけ動き続けてたんだ…」

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天井も壁も床も真っ白な部屋で、椅子に座ったSさんは無表情で何処か遠くを見つめたまま、ずっと手に持っていた数取器を押し続けていた。

今でも目をつぶると数取器の音が聞こえてくる。

「カチ…カチ…カチ…カチ…」

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