長編10
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ねぐら

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「世の中、知らないほうがいいこともある」

テレビドラマで俳優が言っているのが聞こえます。

そう、知ってはいけない領域、というものがこの世界には存在しています。

わたしはその領域に足を踏み込んでしまったうちのひとりです。

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********************

わたしは当時大学生でした。

大好きな彼氏もいて、ダンスサークルにも入って、すごく充実した毎日を送っていたのです。

その日は彼とのデートの約束の日でした。

いつもよりちょっとオシャレをして、意気揚々とアパートを飛び出し、駅へと向かいました。

今日は横浜でデートすることになっていました。

わたしはいつも大学に通っているように、電車を待っていました。

その時でした。

私の隣で電車を待っていたおじいちゃんが、よろけて駅のホームから転倒しそうになったのです。

普段から正義感が強いと言われるわたしには、おじいちゃんを助ける以外の選択しはありませんでした。

おじいちゃんがホームから落ちそうになった瞬間、わたしはおじいちゃんの腕をぐっとつかみました。

おじいちゃんは勢いよく転倒しましたが、ホームから落ちることはまぬがれました。

助かった。

わたしは安堵しておじいちゃんのほうを向きました。

おじいちゃんは無表情のまま、私のほうを見つめていました。

「じゅねんりきとうじゅねんりきとう」

何と言ったかははっきり聞き取れませんでしたが、おじいちゃんはわたしの目をまっすぐ見て言いました。

見た目はおじいちゃんなのに、少年のような目をしていました。

「ありがとさん、おかげで命拾いしたよ」

おじいちゃんは無表情のまま、わたしに語りかけました。

たったいま、ホームから転倒しそうになったのに、無表情のまま語りかける姿に、

わたしは言葉がでませんでした。

おじいちゃんはそのままホームから立ち去りました。

「もうちょっと感謝してくれてもよかったんじゃないかなー」

わたしは大好きな彼と、喫茶店でお茶をしていました。

「でも、きっと心から感謝してるはずだよ、きっと」

「なにそれ」

彼のぶっきらぼうな返しが、さっきのおじいちゃんとシンクロします。

「ところで、就活ははじめた?」

「まだかなーサークルも忙しいし」

ダンスサークルの大会があるため、わたしは就活を本格的にはじめてませんでした。

「そろそろ本気で将来のこと考えないと危ないよ」

「大丈夫だって!大会終わったらちゃんとはじめるから」

わたしはそういいながら、ふと窓のほうをながめました。

思わす息をのみました。

そこには、さっきわたしが助けたおじいちゃんがいました。

どこを見ているのか、わたしたちのいる店の天井に、あの少年のようなひとみをむけています。

「あ、あの人だよ!わたしが今日助けたの」

わたしはおじいちゃんのほうを指差して伝えました。

「はぁ、どこだよ」

彼は怪訝そうな顔でこちらをみつめます。

「お前、おじいちゃんって言ってたよな。お前が指差してるの、超絶美人のOLだぞ」

「はい?」

わたしは彼の耳を疑いました。

「ほら、だって・・・」

わたしはもう一度おじいちゃんのいるほうを見ました。

とたんにぎょっとしました。

おじいちゃんは、わたしの目をまっすぐ見て、何か口をパクパクさせてました。

わたしはその場からまったく動けなくなりました。

金縛りです。

「おい、大丈夫か?」

彼の声が聞こえます。

おじいちゃんは相変わらず、口をパクパクさせています。

「ガシャン」

その大きな音とともに、わたしは金縛りから解き放たれました。

と同時に、足に激痛がはしりました。

「申し訳ございません!」

店員さんがあわてて処置にあたります。

砕けたグラスの破片は、わたしの足につきささっていました。

人間、恐怖に遭遇してもなにを考えるかなんて分からないものです。わたしの頭のなかは、こわいという感情や痛いという感情の前に、最後のダンスの大会に出できるのか、という不安でいっぱいになりました。小学校から続けてきたダンス。一緒に汗を流した仲間。最後のステージに出場できないことは、わたしにとってはかなり大きなことでした。

知らない間に涙が溢れてきました。

「大丈夫だよ、俺が守るから」

彼の優しい言葉も、わたしの耳には届きませんでした。

わたしは病院へ搬送され、手術をうけることになりました。グラスの破片がささった位で手術なので、驚きました。

術後、医者はわたしに衝撃的な言葉を発しました。

「・・・大変申し上げにくいのですが、この先歩けるようになるかは分かりません。でも、リハビリを継続すれば、再び歩けるようになるかもしれません・・・」

わたしは頭がおかしくなりそうでした。たかが破片が突き刺さっただけで?

医師はその後、長い病名をわたしに宣告しました。

こうして、わたしはしばらく病院で生活することになりました。

わたしの彼は、毎日のようにわたしのところへ通ってくれました。

「俺がなんとかするから大丈夫」

何時この言葉をきいたことでしょう。

そしてこの言葉がどれだけ、わたしの支えになったことか。

病院で2週間が経過しました。

それは夜中の2時ごろだったと思います。

わたしは携帯のアラーム音で目が覚めました。

個室ではないため、普段寝る時は他の患者さんの迷惑にならないように、電源をきって寝るようにしていたはずなのですが。

みると、知らない番号からでした。

わたしは足を固定されていたため、病室のそとへ向かうこともできず、すぐに携帯の電源をきりました。

「じゅねんりきとうじゅねんりきとう」

この言葉がきこえはじめました。どこかできいた覚えがある言葉です。それと同時に、

わたしは体の自由を奪われてしまいました。

「じゅねんりきとうじゅねんりきとう」

その声はだんだんと近づいてきました。明らかに、あの時駅できいた、おじいちゃんの声と同じでした。

カーテンに人影が近づいてきます。

「じゅねんりきとうじゅねんりきとう」

姿はカーテンに遮られて見えませんが、影から推定すると、もうベッドと1mくらいのところにいます。

わたしは妙に冷静でした。

そしてあのおじいちゃんはこの世のものではないということを確信しました。

そしてだんだんと眠くなり、そのまま寝てしましました。

その夜から、おじいちゃんの声は日々絶え間無く現れるようになりました。カーテンで遮られているので、その姿は見れません。でもあの声は、絶対おじいちゃんのものでした。

「俺が守るから大丈夫だよ」

彼が優しい声で語りかけます。

わたしにはもう彼しかいませんでした。

毎日あの声に起こされることに関しては慣れつつあったのですが、歩けないことの

ストレス、これからの人生がまったく見えない絶望とが入り混じって、わたしはもう限界でした。

「もう死にたい」

そう考えるようにもなりました。

ある晩、その日もわたしは携帯のアラームで目覚めました。電源は切っておいているはずなのに。

「じゅねんりきとうじゅんえんりきとう」

あの声がきこえます。

「・・・元はといえば、あなたを助けようとして・・・それなのにあんたは」

怒りがこみ上げてきました。そして怒りのせいか、声を出すことができるようになっていました。

「もうやめて。わたしの人生返して」

カーテンがするすると開きはじめました。

そして

わたしの予想通り、そこにはあのおじいちゃんが立っていました。

いつもより肌が白く感じました。

でも、あの少年のような目だけは変わっていませんでした。

ゆっくり、ゆっくり近づいてきます。

わたしの顔とわずか10cmの距離になりました。

そして

にやーっ

と満面の笑みを浮かべました。

「わたしは幽霊なんかじゃない」

おじいちゃんは言いました。

「じゃあなんだって言うのよ!変なお経唱えて、金縛りにして、足を奪って、こんな夜中に現れて・・・」

おじいちゃんはすっと真顔になりました。

「わたしは呪術家の人間。あなたとわたしは依頼主によって結ばれている」

「呪術家・・・」

きいたことがある。人を呪い、恨みを晴らす。この依頼を高額の料金で請け負う。

「さて、行きましょうか」

わたしはすっと瞼が重くなりました。

気がつくと、そこは畳6畳ほどの部屋でした。

体を縛られているようです。

隣の部屋から

「じゅねんりきとうじゅねんりきとう」

という言葉がきこえます。

部屋は6本ほどのロウソクで照らされています。

スーッ

襖があいて、誰かが入ってきました。

巫女さんのようでした。

「具合のほどはどうですか」

単調な言葉でいいます。

「・・・」

「簡単な処置をしておきましたから大丈夫です」

「・・・誰なんですか?」

わたしの質問の意図を察したのか、巫女が答え始めました。

「お客様の個人情報はお教えすることはできません」

「じゃあ、わたしこれからどうなるんですか」

「それは分かりません。すべて依頼主さまがお決めになることです」

わたしは呪った相手が誰であれ、懲らしめたい、恨めしい、そんな感情が湧いてきました。

「・・・呪って下さい」

「はい?」

「依頼主、わたしを呪っ人を呪って下さい」

「・・・かしこまりました」

「いくらですか?」

「その呪術によります。事前に呪術をお選びいただき、それによってお支払いいただきます。例えばあなた様がお受けになった呪術の場合、依頼主さまの片目をいただくこととなっております。あなた様は今『永閉の術』をお受けになられています。この部屋からは死ぬまで、永遠と出ることはできないでしょう」

「殺すことはできますか」

「可能です」

「じゃあそいつを殺して、この部屋にもってきてよ」

「かしこまりました。只今、お見積もりを致しますので少々お待ちください」

そう言って、巫女は部屋から出て行きました。わたしはここから一生でられないんだ。絶望より、復習の念が強く、強く湧き上がってきました。

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***************

「世の中、知らないほうがいいこともある」

テレビドラマで俳優が言っているのが聞こえます。

そう、知ってはいけない領域、というものがこの世界には存在しています。

わたしは呪術家に依頼したことを心のそこから後悔していました。

彼女を独り占めにしたい、ただそれだけでした。

彼女の浮気のことなんて、とうの昔に許しました。

でもわたしは彼女のことを独占できない、そう思うといても立ってもいれなかったのです。

ピンポーン

チャイムがなります。と同時に、鍵をかけているはずが、ガチャ、とドアが開きました。

いつもこうです。プライバシーなんてあったもんじゃありません。

「・・・今日はなんですか?」

わたしはおじいさん、性格には呪術士である『ねぐら』に話しかけました。

「それが・・・ちいと厄介なことになってな。御代を早めに頂くことになった」

「まった。それはあと30年後のはず」

「それが・・・お前さんを呪って欲しいという依頼がきてねぇ。しかも『殺して』だとよ」わたしは顔がひきつりました。

「いったいだれが」

「そりゃお前さんが一番わかるんでねーか」

ねぐらは、わたしのところへ近づいてきました。

「大丈夫、すこうし、苦しむだけじゃ」

満面の笑みをうかべて、ねぐらは少年のような目をわたしへ向けました。

わたしは体の自由がきかなくなりました。

そして頭に激しい激痛が襲います。

ゆき、ごめん。

でも、俺、すっとお前のこと、守るつもりだったんだ。

これは本当なんだ。

でもおまえは

おまえは

おまえは

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***************

どれだけ時間が経ったことでしょう。

襖があいて、巫女さんが入ってきました。

「準備が整いました。只今より、この部屋に依頼主さまをお運びいたします」

すると般若の面を被った2人組が、大きな棺桶を抱えてやってきました。

「こちらでございます」

般若の面を被った人は、棺桶をゆっくりとあけました。

そこにはわたしの大好きな彼がいました。

片目がなくなっていますが、他は綺麗な状態です。

「・・・なんで彼がわたしを呪ったの?」

「依頼主さまの情報はお教えできません。しかし、あなたは罪を犯したのではないでしょうか。人はよほど恨みを持たない限り、人を呪ったりなんかしません。あなた様のように・・・」

恨み。わたしはダンスサークルの男と半年前、浮気をしていた時期がありました。彼には内緒にしていましたが、敏感な彼はそれに気づいたのでしょうか。それを恨んで、わたしを殺そうとしたのでしょうか。

「これはわたしの独り言だと思ってきいていただいて結構です」

巫女さんが続けました。

「依頼主様は、あなたをここ、永閉の間に閉じ込めたあと、自らもここにきて、苦をともにするようだったみたいです。結果的には魂がない状態でのご来店となりましたが、きっと喜んでおられることでしょう」

彼の

「俺が守るから」

という言葉が思い出されます。

「では、御代の方ですが、30年まで猶予をもたせることもできますが、只今頂戴して本当によろしいのですか?」

「ええ」

わたしは巫女さんへ、首を差し出しました。

「ではありがたく」

般若の面の者たちが、刀を降りおとしました。

shake

わたしの首はきれいに畳の上に落ちました。

人は首をきられても数秒は生きれるといいます。

どうやらこれは本当みたいです。

最後に、巫女さんの言葉が聞こえました。

「どうかあの世でおふたりでお幸せにお暮らしなさいませ」

そしてわたしの意識はゆっくりと消えていきました。

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話は面白かったです!ただ誤字が目立ったのがとても惜しく感じました。

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