長編8
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代車

知人のお母さんから聞いた話です。

10年程前、Eさんは仕事に追われ、車検をすっかり忘れていた。

色々な車検場に電話を入れてみるも、Eさんの仕事休みである水曜日に空きのある車検場が無かった。

「ねぇ、車検行ってくれない?」

「やだ。面倒臭いし、子供がいると大変だからねぇ」

妻に頼んでみるも、あっさりと断られた。

「仕方ない。仕事休んで行くしか無いか…」

車検を理由に会社を休むのは如何なるものかと、Eさんは頭を抱えた。

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翌日、買い物から帰って来た妻が一枚のビラを手渡してきた。

「これいいんじゃない?少し高いけど、家まで来てくれるみたいよ」

ビラを見ると確かに他の車検場よりは高いが、自宅まで車を引き取りに来て、そのまま代車を置いていってもらえるとのこと。

「いいね!これなら仕事休まずに車検が済ませられる。平日の昼間ならお前もいるし大丈夫だよね?」

「うん。大丈夫だよ。良かったじゃない」

Eさんはビラに書かれた番号に電話をかけた。

「お電話ありがとうございます。○○カーサービスでございます」

声のトーンの高い、女性が出た。

「すみません。ビラを見たんですけど、車検をお願いしたいのですが」

「ありがとうございます。ご希望の日時はございますか」

「出来れば今週中が良いんですけど」

「かしこまりました。それでは明日15時はいかかでしょうか」

受話器を遠ざけ、妻に明日15時で問題無いか確認する。

「大丈夫です。15時でお願いします」

「そうしましたら、お客様のご連絡先を教えていただけますでしょうか」

無事に車検の予約が出来たEさんはとても喜んだそうだ。

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『ピンポーン。ピンポーン』

「すみません。○○カーサービスです」

時間通り15時に車検業者が来た。

帽子を目深にかぶり、作業着を着た背の高い男性だった。

「こちらにサインをいただけますでしょうか」

一通りの説明を受けたEさんの妻は書類にサインをし、代車の鍵を受け取った。

「それでは、明々後日の15時に納車させていただきます」

そう言って車検業者はEさんの愛車に乗り込み、帰って行った。

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「いくら何でも遅すぎるだろ!」

一週間後。

納車日を過ぎても車検業者が来ない。

何度電話しても繋がらず、留守番電話に大声で文句を言い放つ。

仕方なく、Eさんは代車に乗り込み、ビラに書かれた住所に向かった。

目的地の車検場に着いたEさんは代車を降りるなり、物凄い剣幕で従業員を怒鳴りつける。

「おい!一体どういう事だよ?納車日になっても納車しない、電話には出ないってどういう事だよ!」

「お客様。少々お待ち下さい」

そう言って従業員は事務所の奥に消えて言った。

数分後。

今度は別の従業員が出てきた。

「お待たせしました。お客様、再度ご確認させていただきたいのですが」

「さっきから何度も言ってるけど、先週、青の○○○を車検に出したEです!」

「申し訳ありませんが、他の車検業者と勘違いされているのでは?」

「は?ふざけんなよ!」

「ですから、当社では出張車検サービスは承っておりません。それに…」

従業員はEさんから手渡されたビラを見ながら言った。

「このビラ、当社では作成しておりません。確かに当社の住所が書かれておりますが、電話番号と社名が違います」

そう言いながら、差し出された名刺を見ると、確かに違っている。

「大変申し上げにくいのですが、悪戯もしくは詐欺の可能性が高いのでは?警察に届け出た方がよろしいかと」

Eさんは何も言わずに事務所を出ると、再び代車に乗り込んだ。

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とりあえず家に帰る事にしたEさんは、カーナビを設定していた。

その時、カーナビの住所履歴に見慣れない住所がある事に気が付いた。

この代車にEさんが乗るのは今日が初めてだった。

代車は妻が買い物に行く時にしか使っていないはずなのだが、その見慣れない住所はEさんの住んでいる県では無かった。

Eさんは最寄のコンビニに立ち寄ると、公衆電話から自宅に電話をかけ、妻に確認したが、そんな住所は知らないの一点張り。

住所履歴は【最寄のスーパー】【見慣れない住所】【最寄のホームセンター】の順番になっていた。

【最寄のスーパー】は一昨日の夜、【最寄のホームセンター】は昨日の朝に行ったとのこと。

そうすると【見慣れない住所】には一昨日の夜から昨日の朝の間に行った事になるのだが、夜中や早朝には誰も代車で出かけていないはず。

妻が浮気しているのではと不審に思ったEさんは、妻には何も言わずに【見慣れない住所】に向かった。

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代車を走らせる事、二時間半。

カーナビに目をやると、もうじき目的地のようだが、辺りは全く人気の無い林道。

街灯もほとんど無く、月明かりが唯一の光源だった。

こんな所に本当に何かあるのか?

検討もつかないまま、Eさんはコンビニで買ったチューハイを飲みながらひたすら走り続ける。

そして、目的地に到着。

車が一台ぎりぎり通れる程度の林道がひたすら続く林の中、脇道に代車を停めた。

辺りを見渡すも真っ暗で、目を閉じると風の音と虫の鳴き声が響く。

妻の浮気なんて単なる思い過ごしかと思い、代車に戻ろうとした時、林の奥にうっすらと灯りのようなものが見えた。

自分以外に誰がこんなところにいるんだろうと思ったEさんは、好奇心からその灯りに向かって歩き始めた。

近づくにつれ、その灯りの正体が見えてきた。

車の室内灯だ。

Eさんは更に灯りに近づいていく。

そこには、黒の軽自動車が停車していた。

運転席に男の人が座っているのが見えたので、Eさんは思い切ってサイドガラスをノックした。

『コンコン』

「すみませ~ん!」

しかし、運転席に座っている男の人は何の反応も見せずに、正面を見続けている。

寝ているのかと思ったEさんは、正面から運転席を見た。

「うわぁ!」

運転席に座っていた男の上半身が倒れ、クラクションが大音量で鳴り響き、Eさんはその場に尻餅をついてしまった。

鳴り続けるクラクション。

運転席に座る男は一向に起き上がろうとしない。

Eさんが再び近づこうとした時、エンジン音がした。

「え?」

そう思った時には遅かった。

黒の軽自動車が動き出し、Eさんは木と黒の軽自動車に挟まれた。

腹部から下が押し潰され、臓器がはみ出し、腸がどろりと流れ出た。

とてつもない激痛にEさんは叫び声を上げ、助けを求めたが誰も来るはずがない。

そのまま、徐々に記憶が薄れていった。

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目を覚ますと、Eさんは代車の運転席にいた。

どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

身体ももちろん何処も怪我はしていない。

夢の中のリアルな事故を思い出し、気持ち悪くなってきたEさんは、代車から降りるとその場でしゃがみこみ、嘔吐した。

妻がきっと心配している、とにかく自宅に帰ろうと再び代車に乗り込む。

酷い二日酔いで意識が朦朧としながらも代車を走らせたが、それが間違いだった。

衝突音と同時にすさまじい衝撃がEさんを襲う。

眠気と共に一瞬だけ目を閉じてしまったEさんは対向車に気が付かずに正面衝突していた。

対向車には見覚えがあった。

昨日、夢で見た黒の軽自動車が目の前に見えた。

運転席に人が見えるが、夢と同じように上半身が倒れ、クラクションが鳴り続けている。

Eさんは全身に激痛が走っていたが、かろうじて身体を動かす事は出来たので、代車を降りると対向車の運転手を助けに向かう。

しかし、対向車の運転席の状態を目の当たりにして、Eさんは再び吐き気が込み上げ、吐瀉物の味が口いっぱいに広がった。

運転席の男は死んでいた。

正確には、殺されていた。

両腕、両脚が切断され、まるでダルマのような状態で運転席に置かれていた。

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Eさんは全治一ヶ月程の怪我だけで命に別状は無かったが、容疑者として入院先で警察の取調べを受ける日々が続いた。

対向車の運転席に置かれていた男性の遺体の両腕と両脚はEさんが見た通り、切断されており、死後数週間経過していた。

そして、Eさんにかけられた容疑は業務上過失致死罪では無かった。

殺人容疑だ。

Eさんの乗っていた代車が盗難車だった事が分かり、更に助手席の下から紙袋が見つかった。

もちろん、Eさんはその紙袋が何なのか知るはずも無かったが、紙袋の中には、新聞紙に包まれた対向車の遺体の両腕が入っていた。

最終的にEさんの容疑は晴れたのだが、亡くなった男性は借金まみれで金銭トラブルが絶えなかったらしく、恐らくそれが原因で何者かに殺されたと見られている。

Eさんの愛車も犯人の足として使われているか、既に何処かに乗り捨てられているだろうと言われたが、今現在、見つかっていないそうだ。

殺人事件の容疑者であろう人間に自宅の住所等の個人情報を教えてしまった為、今後の事を考えると引っ越した方が賢明だと警察から勧められ、退院後にすぐさまEさんは引っ越した。

新築を買ったばかりなのに、何でこんなに早く手放すのか疑問に思う人が多かったそうだが、こういう事情では仕方なかった。

それから数年後、Eさんは病気で他界したのだが、奥さんがこんな話をしてくれた。

「カーナビに【見慣れない住所】の履歴があったでしょう?あれ、代車の中にあった両腕が操作して入力したんじゃないかって夫はずっと言ってました。持ち主の身体に引き合わせる為に…」

「気味が悪いですね」

「それと、あまりにも酷い光景だったんでしょうね。トラウマって言うのかしら。あの事故以来、自分の両腕と両脚が切断され、運転席に置かれ、シートベルトを締められる夢を見るようになったと言ってたわ」

「想像しただけでも今晩の夢に出てきそうです…」

奥さんは何とも言えない表情で、Eさんの仏壇を眺めていた。

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そうそう。

最後に一つ、聞いておきたい事がありました。

あなたの車の座席の下、見覚えの無い紙袋ありませんか?

両脚、まだ見つからないんです。

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座席の下を確認したら、紙袋出てきてビビった(´;ω;`)

中には、旅行の時の着替えが入ってました。

日にちたち過ぎで、臭かったです。

怖い場面を想像してしまいました…
眠れなくなりそうです

特別なシチュエーションじゃなく、誰にでも普通におとずれる日常の中に潜む恐怖ですね。リアル感が、堪らなく良かったです。