長編7
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プラナタリーム

職場の同僚Tから聞いた話です。

Tさんは娘を連れて久しぶりのプラネタリウムに行った。

学生時代に今の奥さんとデートした時以来なので、かれこれ十年ぶりだったとか。

プラネタリウムに行く事になった発端は娘の一言だった。

「わたしもプラナタリーム行きたい!」

「プラナタリームじゃなくてプラネタリウムだよ。急にどうしたの?」

話を聞くと小学校の同級生が最近行ったらしく、星空が凄い綺麗だったとみんなに自慢していたらしい。

指きりげんまんをして次の土曜日に行くことが決まった。

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「ねぇ~まだつかないの~?」

「もう少しだよ。カーナビ見てごらん」

そう言いながらカーナビの到着予定時刻を指差す。

到着まであと十五分。

出発から既に一時間半程度経っていた。

田舎に住んでいる事もあり、最寄のプラネタリウムでさえ車でこれほどの時間がかかる。

渋滞してなければ今頃はもう辿り着いていたかも知れないが、さすがに渋滞の状況までは予測出来ない。

助手席に座る娘を見ると、小学校の図書館で借りた星座の本を読んでいる。

「パパ~。これなんていう星座でしょうか?」

「ん~わからない!」

「正解は、ペガスス座でした!」

「ペガスス?ペガサスじゃなくて?」

「ペガススって書いてあるよ~」

開かれたページを見ると、確かにペガスス座と書かれていた。

娘の自慢げな態度を横目にTさんはプラネタリウムに向けてひたすらハンドルを握った。

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「着いたよ!」

駐車場は満車だった為、隣接する臨時駐車場に車を停めた。

朝はゆとりを持って開館時間に合わせて出発したが、入場したのは開園から三十分後になってしまった。

館内はとても開園から三十分とは思えない程、親子連れで溢れていた。

入り口近くの券売機でプラネタリウムのチケットを購入し、上映開始まで館内で時間を潰す事にした。

館内は三階建てになっており、一階がプラネタリウムと喫茶店。

二階は子供向けの遊びながら科学を学べる体験スペース。

三階は宇宙や天体に関する展示スペース。

二階の体験スペースは子供達で溢れ、とても遊べるような状態では無かった為、三階の展示スペースに向かった。

二階の騒がしさがまるで嘘だったかのように三階の展示スペースは静まり返っている。

地球、宇宙飛行士、スペースシャトルなどの展示物が並んでいたが、娘はそれほど興味は示さなかった。

やっぱり子供は二階じゃないと楽しめないかと思っていた時、ポケットの中の携帯が鳴った。

「あ、お仕事の電話かかってきちゃったから、ちょっとそこのテレビ見てて」

近くにボタンを押すと五分程度の映像が流れるモニタルームがあったので、娘を椅子に座らせ、Tさんはかかってきた仕事の電話に出た。

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だいぶ電話が長引いてしまった。

「ごめんごめん」

そう言いながら娘のいるモニタルームを覗き込む。

「あれ?」

娘がいない。

モニタルームの入口前で電話していた為、娘が移動すればすぐに分かる位置にいたのだが、見当たらない。

呼びかけてみるもどこからも返事は無い。

焦ったTさんは娘を探し始めたが、すぐに見つかった。

モニタルームは仕切りで仕切られていたのだが、仕切りの下は子供がくぐれる程度の隙間があり、どうやら娘はその隙間を通って反対側に移動したようだった。

反対側には、天体説明コーナーがあった。

ここでは座席に座り、手元にある天体の名前が書かれたスイッチを押すと、目の前のガラス張りの奥に設置された天体の模型が連動し、動きながら光る仕組みになっていた。

更に手元には受話器が置かれていて、押した天体の音声解説が流れる仕組みになっている。

娘は椅子に座り、両手で受話器を持ち、耳に当てている。

しかし、Tさんは様子がおかしい事に気が付いた。

娘の座っている座席の目の前のガラスに『故障中』の張り紙が貼られている。

おそらく壊れているであろう受話器を耳に当てながら、娘は話している。

「へ~!」とか「そうなの?」と言った相槌を打っている。

ひょっとしたら館内の人と内線で会話できる機能が付いているのかもと思ったTさんは娘に聞いてみた。

「誰と話してるの?」

娘からの返事は無く、黙々と受話器の向こうの誰かの会話に耳を傾けている。

『トントン』

「あ、パパ!」

肩を叩いたところでようやく気が付いてもらえた。

「誰と話してたの?」

「ちょっとまってね…」

娘は再び受話器を耳に当てて話し出す。

「…うん。わかった!」

どうやら話し終わったのか、娘は受話器をTさんに手渡してきた。

「おかあさんに変わってだって」

「え?」

今日は母親は家でお留守番。

仕方ないがTさんは受話器を受け取り耳に当てた。

『お前じゃない!』

shake

耳に当てたと同時に男の低い怒鳴り声が大音量で受話器から聞こえた。

驚いたTさんは咄嗟に受話器を落としてしまった。

「もしもし?」

受話器を拾い直し話しかけてみるも何の返事も無い。

手元にある天体名の書かれたスイッチを押してみるも、やはり故障中なのだろう、何の反応も無い。

「誰と話してたの?」

娘に聞いてみるも分からないの一点張り。

耳に当てた受話器から再び声が聞こえてきたが、何を言ってるのかよく聞き取れなかった。

その時、ふと目の前のガラスを見て、Tさんは再び驚いた。

ガラスと天体の間に、スーツを着た男性が受話器を持ち正座している。

一瞬、Tさんがガラスに映っているのかと思ったが、そうでは無かった。

ようやく、受話器から聞こえる声が聞き取れるようになったTさんは、ひたすら会話に耳を傾ける。

おそらく目の前の男が話しているであろう会話の内容に、Tさんはだんだん不機嫌になり、受話器を置いた。

娘を抱きかかえると、一階のインフォメーションへ向かう。

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「おい!どういう事だよ!なんだあの展示品は!」

受付の女性に事情を説明し、Tさんはひたすら感情をぶつける。

「申し訳ありませんが、確かに天体コーナーでそのような事が?」

何度も何度も聞き返してくる受付の女性にうんざりしたTさんは、とにかく見てもらった方が早いと、館長と事務員を連れ、再び三階に向かったが、ガラスの向こうにいたスーツ姿の男は消えていた。

「確かにここで間違い無いですか?」

館長が不可解な顔をしながら聞いてきた。

「間違いありません。私も娘も間違いなくこの受話器でガラスの向こう側にいた男と話しました!」

すると館長はこう言った。

「すみませんが、張り紙が貼ってある通り、こちらは現在故障中です。それにガラスの向こう側に人は入れませんし、受話器も繋がっていません。ただ…」

何かを言いかけ、館長は黙り込んでしまった。

「とにかく、こちらは故障中です。申し訳ありませんが他の座席をご利用下さい」

そう言って喫茶店の無料食事券をTさんと娘に手渡すと、館長は深々と頭を下げ、一階に戻っていった。

Tさんは腑に落ちなかったが、改めてガラスの向こうを見ると、確かに人が入れるようなスペースは無かった。

「パパ!そろそろプラナタリームの時間だよ!」

時計を見ると上映間近だった。

急いで階段を駆け降り、プラネタリウムの劇場に向かう。

久しぶりのプラネタリウムはとても綺麗で、娘も大満足だった。

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帰りの車内、よほど疲れたのだろうか、助手席の娘は走り出してすぐに眠ってしまった。

結局、プラネタリウムを見終わった後、二階の体験スペースで他の子供たちに紛れて揉みくちゃにされながらも散々遊び続けた。

娘の寝顔はまるで天使だ。

見ているだけで幸せな気持ちになる。

普段のTさんであればそう思えたに違いないが、この時ばかりはそうは思えなかった。

勿論、原因はあの受話器越しに聞いたスーツの男の言葉だ。

正確に聞き取れたか今でも分からないらしいが、何度も何度も、同じセリフを言い続けていたそうだ。

同じ口調、同じトーンで、まるで音声解説のように。

「○○(娘の名前)、○年○月○日、事故死。○○(娘の名前)、○年○月○日、事故死。○○(娘の名前)、○年○月○日、事故死。○○(娘の名前)、○年○月○日、事故死。○○(娘の名前)、○年○月○日、事故死。○○(娘の名前)、○年○月○日、事故死。○○(娘の名前)、○年○月○日、事故死。○○(娘の名前)、○年○月○日、事故死。」

Tさんは現在進行形で不安な日々を送っている。

娘が小学校卒業前に事故死してしまうのではと、家族で車に乗れなくなり、極度の乗り物恐怖症になってしまった。

このプラネタリウムに限らず、故障中の受話器だけは、軽い気持ちで取らないで下さい。

いつ、何処で、正座するスーツ姿の男が現れるか分かりません。

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