中編4
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風に乗って 其の一

気分が悪く、早めに学校を早退したマナベはいつもの通学路では無く、少し近道をする事にした。

彼がその道をいつも利用しなかったのには理由がある。

……………

『中川』と表札に彫られたその家には、嫌な思い出があった。幼少期、彼がまだ小学校低学年のころだ、近道でこのうちの前を通ったことがあった。

几帳面すぎるほどに、手入れがなされた花壇には色とりどりの花が植えられているのだが、見たこともない不思議な花ばかりで、ツンと鼻をつく嫌な匂いがした、マナベ少年は鼻をつまんでその前を通過したが。その家の人だろうか、庭先から彼に声をかけてきた…

「坊や…この花の匂いは嫌い?」

マナベ少年は声には出さず、コクリと頷いた。

すると、その老婆だろうか、年齢不詳の女性は彼のそばへ来て、突然、鼻をつまんでいる手を掴み、無理やりに引っぺがした…

「大丈夫、きっと好きになるから…」と彼の顔を覗き込んだ。

その女性の顔はまるで絵本で見た魔女のように皺くちゃで、右の目は白濁し、歯並びが悪く、声は枯れてガサガサした声であった。

彼は怖くなり逃げ出そうとしたが、その女は彼の手を掴んだまま離さずにいた為、逃げられない。

「おばさん!離してよ!痛いよ、ヤダァ!」

彼は必死になって振り解こうとしたが、その老婆は全く離そうとはしなかった。

「きっと好きになるから…」

そう言って不気味な笑みを浮かべる……………

すると突然、マナベ少年に眠気が襲いはじめる、最初はなんとか耐えようと努力したが、次第にそれは身体の自由を奪い始め、とうとうマナベ少年はその場に崩れるように眠りこんでしまった。

……………

眠りから覚めると、そこは建物の中だった。

窓の外はすでに暗くなっており、外で小さな外灯がチラチラと揺れていた。

「お目覚め?」あの枯れたような老婆の声が彼の耳元で吐きかけるように聞こえ、マナベ少年は、ビクッ!と身体を震わせた。

すると、その老婆は立ち上がり

「少し待っていてね…ユウスケを連れてくるから。」と隣の部屋に行ってしまった。

「ちょっと待ってよ!おばさん!僕、帰るよ!」

マナベ少年はそう言ってドアに駆け寄ったが、カチャリ…と鍵が掛けられる音がした。ドアノブをひねるがやはり鍵が掛かっていた…

マナベ少年は仕方なく部屋にある古ぼけた椅子に腰掛けた。

隣の部屋から微かに声が聞こえる…

よく聞き取れない為、再びドアに駆け寄り耳をあてた…

(ユウスケちゃん…あなたの欲しがっていたお友達、お母さんが連れて来てあげましたからね…)

(……………う…うあ…………)

子供がいる。しかし、それはまだ言葉を覚えていない赤ん坊のように感じた。

だが、そんな事よりも…

マナベ少年は、また椅子に腰掛け、このあとどうやってこの家から逃げ出そうか考える事にした。

窓に目をやる、西洋風の窓は錆び付いていて開きそうもない…

カチャリ…

ドアの鍵が開けられる音がする。

先ほどの老婆が戻ってくる…

マナベ少年はビクッ!とドアの方を見た…

ギギギ…

とドアが開く。

「さあ。ユウスケちゃん?お兄ちゃんに挨拶して。ほら…」

ドアの影に隠れ恥ずかしそうに頭を半分だけ出して此方を伺っている黒い影、赤ん坊と思っていたが、マナベ少年よりも遥かに大きな子供。いや…大人と言って差し支えないほどの位置に頭が見え隠れしている。

「ほら!なにしてるの」と老婆はその大きな子供の手を引いてドアの影から引っ張り出した。

「?!」

それは、見る事すら敬遠したくなるほどおぞましい姿をしていた…

最初マナベ少年は、千と千尋の神隠しに登場する『坊』を想像したがそれとは似てもにつかない化け物であった…

まず、口の形がおかしい…

唇が無く歯茎が丸見えな上、下顎の辺りから舌がデロリと垂れ下がっている…

目は、窪み、鼻も潰れ、なんとも不気味な顔をしている…

当然と言っていい…マナベ少年は絶叫し、なりふり構わず窓に向かい、開けようと必死に力を込めた、西洋風の窓で開け方がよく分からないが、適当にガチャガチャとゆすり、ようやく開けて外に飛び出した!幸い二階では無く、難なく出られたが、不細工に着地して、足を痛めてしまった、が、構わず足を引きずりながら逃げた!とにかく振り返らず、逃げた!

「待ちなさい!!!……………」

あの老婆が叫んだが、聞こえないふりをしてとにかく走った…

ようやく…いつもの通学路まで出た。恐怖の余韻がまだ身体に残っているのか、ガタガタと震えが収まらなかった…

…………………………

あの時の記憶は残っているものの、それほど気にはならなかった…あの家はすでに取り壊されていたからだ。

あの化け物が住む家の有ったその場所はアパートになっている、マナベはその前に立って、あの時のように鼻をつまんだ…「臭い!」と叫び、少し笑いながら歩き出した。

風が吹いている…

その風に乗って花の香りがした…微かに、あの時嗅いだ嫌な匂いが混じっているように感じた…

が、気のせいか…

と、アパートを見た。

庭先の花壇には色とりどりの花々が植えられ、几帳面すぎるほどに手入れがなされていた…

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