短編2
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おーい。

小学生の頃の体験談を話したいと思います。

今でもたまに夢に見るくらい。完全にトラウマと化したエピソードです…。

私が通っていた通学路には、途中に3階建てのアパートがあるんです。そこを通過する時、必ず会うおじさんがいました。

おじさんはアパートの3階に住んでいるらしく、いつもベランダに立っていました。そして通行人を見掛けると、

「おーい。おーい」

と、手を振ってくるのでした。

私も毎朝手を振られ、その都度無視してきました。何だか気味悪く感じていたのです。

家に帰って母に話すと、母は笑いながら教えてくれました。

「あのおじさん、精神的な病気を抱えているそうよ。だからご家族にも相手にされないみたいで…きっと寂しいのね」

それを聞いて、初めておじさんに悪いことをしたのだと反省しました。手くらい、振り返してあげれば良かった。これからは毎朝手を振ってあげようと心に決めたのです。

翌朝。いつも通りに家を出た私は、例のアパートのベランダに立っているおじさんと目が合いました。

「おーい。おーい」

おじさんが手を振っています。私はチラッと笑顔を浮かべ、手を振り返しました。

それが余程嬉しかったのでしょう。おじさんは見たこともないような満面の笑みを浮かべ、両手をぶんぶん振ってきました。

そしてベランダから思い切り身を乗り出すと、

「今行くぞ!」

…何とベランダから飛び降りてしまったのです。あまりの光景に、私は悲鳴を上げ、その場から走り去りました。

家に舞い戻り、泣きながら母にこの話をすると、母は慌てて警察と救急車を呼びました。それから2人でアパートに行くと、駆けつけた救急車におじさんが乗せられているところでした。

家族の人も庭先に出ていたのですが、不思議なことに誰1人として心配そうな顔をしている人はいません。悠々とした態度で、平然としています。

奥さんとおぼしき人がチラリと私を見ました。母が何度も頭を下げ、謝罪の言葉を口にしました。私も泣きながら「ごめんなさい」と繰り返しました。

しかし奥さんはクスリと笑うと、

「いいえぇ、とんでもない。これで肩の荷が下りましたわ。ありがとうございます」

…晴れ晴れした顔でお礼を言われてしまいました。後味が悪かったのは、言うまでもありません。

それから何日かして、おじさんの訃報を知りました。ベランダから飛び降りた時の打ちどころが悪く、それが元で亡くなったそうです。

結局、私も母もおじさんのお葬式には出席出来ませんでした。怖かったのです。また奥さんが笑っていたらと思うと…。またお礼を言われたらどうしようかと…。

あれから10年以上経ちますが、今でも忘れられません。思い出すだけで、どうしようもなく哀しくなるのです。

Concrete
コメント怖い
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ぼーや様、匿名様。
コメントありがとうございます。

成る程。人間は思ったよりも丈夫なのですね。
勉強になります。

ならばこのおじさんは、地上にあった石にでもぶつかったのでしょうか。

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こんなに連発してるのに、全部不気味でこわい(゚Д゚;)次も楽しみにしてます。

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