中編4
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再会の港

生まれ育った環境からか、僕は港町に来ると不思議な安堵感に満たされる。

30少し手前の頃、僕はオイル取引のため、ロッテルダムの旧市街に滞在していた。

オフィス街から距離はあったが、港に近く、石畳の道路に古い建築物が並ぶその一角は、中世ヨーロッパの港町を彷彿とさせ、言い知れぬ雰囲気を醸し出していた。

やはり古い造りで、落ち着いた感じのホテルに陣取り仕事をこなす傍ら、僕は夕暮れ時に町を散策するのがお気に入りだった。

カフェ・レストランなどでは顔見知りもでき始めた頃のこと…ホテルの前に置かれたベンチに腰掛けている二人の白人女性を見かけた。

一人は50代くらいだろうか、もう一人はずっと年配の老婦人だった。

何となく僕の方を見ている気がしたので、軽い会釈と共に笑みを送ると、二人は戸惑ったようにぎこちない笑みを返してくれた。

翌日も二人はそこにいた。

僕は道を挟んだ反対側にいたが、今度は確実に僕を見ていることに気づいた。

珍しいのだろうか? 確かに、旧市街にあまり東洋人はいないようだが…同じホテルの宿泊客だろうか?

馴れ馴れしい僕は話し掛けることにした。

***

二人はイギリスからの旅行者で、僕より少し前からここに滞在しているようだ。

中年女性はケイトと名乗り、非常に無口な老婦人を母親だと紹介した。

二人とも格調高く知的な話し方をする人達で、日本にもすごく興味があるようだった。

僕達は毎晩夕食を共にするようになり、3人で出掛けることも多くなった。

ホテル近くのフルーツ店に立ち寄った時のこと…店主らしき、僕と同年代の男が訊いた。

「チャイニーズかい?」

「ノ…」「ノー !!! 」

僕の声を遮るように、なんと老婦人が叫んだ。

彼女はフルーツ屋を睨むように見上げ、別人のように乱暴な口調で言った。

「あんたの目玉はアクセサリーかい? この人はニッポンから来たサムライだ! チャイニーズなんかと間違うんじゃないよ!」

僕もビックリしたが、フルーツ屋は目を見開き、口まで開けて固まった。

「オ…オーケー…彼はサムライ…ニッポンから来た…」

老婦人は頷くと、唖然とする僕らを尻目にサッサと行ってしまった。

***

そんな日々がしばらく続き、そして二人が帰るという日の前夜、僕の部屋をケイトが訪ねて来た。

「ごめんなさい、夜遅く」

ルームサービスの紅茶を飲みながらしばらく雑談を交わす。

彼女は何か言いたげで、なかなか本題を切り出せないという感じだったが、意を決したように話し始めた。

「私たち、あなたに会うために…いえ、あなたを見るためにここへ来たんです!」

「………………?」

どういうことだろうか、僕が何も言えずにいると、彼女が続ける。

「母は以前、あなたに会ったことがあるそうなんです」

「えっ…!? いつ? 何処でですか?」

「400年ほど前、日本で…」

「ハンドレット!?」思わず訊き返していた、400年どころか40年でも僕は存在していない。

僕はカップの紅茶にブランデーを足し、彼女にもすすめた、彼女はそれを飲み干し、話しを続ける。

「私も科学者ですので、こんな検証不能な話しをしたくないのですが…母はその…当時男で…日本に渡り…あなたはサムライで…何か二人でハードワークを成し遂げたと…」

フルーツ屋に言った(サムライ)は、比喩ではなかったということか…

「あなたがここに現れると言ったのも母です、母がそんなことを言うのは初めてなので私は半信半疑でしたが、実際あなたが現れた時はビックリしました、あなたは母が言っていた特徴そのままだったからです」

僕はポットから彼女のカップに新しく紅茶とブランデーを注いだ。

「あなたを見るだけのつもりだったのです、それが思いもよらず話し掛けてもらって…母は病気がちで、身体は弱っていますが頭の方は明晰です、母はこれが最後の旅になるでしょう、そして、この旅はどうしても船でなければならないと…母があなたに名乗らないのも、きっと彼女なりの理由があるのです」

それから、ケイトと僕は長い時間をかけ、色々な話しをした。

輪廻という概念は仏教のものらしく、ケイトには馴染みがないようだった。

僕は以前から抱いていた仮説を彼女にぶつけてみた。

前世の記憶を持つという人がごく稀に存在するが、例えばDNAは記憶を伝達しないのだろうか?

彼女は「それは興味深い、研究の余地があるかもしれない」と言った。

しかし、するとそれは先祖の記憶ということになり、自分の記憶ではない、何れにしても、僕の出現まで預言した今回のケースには当てはまらない。

人の大脳が織りなす精神世界…

その後も話しは尽きず、ケイトが自室に戻ったのは明け方近くだった。

***

翌朝、少し離れた客船のバースまで、二人を車で送った。

二人の荷物を車に積み込んでいると、フルーツ屋が「よう!サムライ!」と叫んだが、老婦人が顔を向けると、首をすくめ、慌てて店の奥へ引っ込んだ。

岸壁での別れ際、二人と握手を交わす…僕は老婦人に日本語で言った。

「かたじけない」

「 KA・TA・JI・KE・NA・I …」

僕は頷き、ゆっくり付け加える

「 Thanks…for…a million , …my friend. 」

彼女はニッコリと微笑み、大きく頷いた。

ケイトには、すぐにキャビンで休ませるよう言ったので、彼女達が甲板に現れることはなかったが、僕は船が見えなくなるまで見送り、それから街の方へ車を出した。

遥かなる時間と空間…僕のような凡人には、イメージすら困難な話しだ。

でも、彼女の言う通りなら、またいつか何処かで逢えるのだろう。

だから、サヨナラは言わなかった。

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