お母さんのいない日(再投稿作)

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お母さんのいない日(再投稿作)

私は小さい頃母が大嫌いでした。

母は私に対してとても厳しく、「叱られない日などなかった」と言っても過言ではない位でした。

たまに優しい一面を見せたりする時もありましたが、そんなもの「鬼の目にも1ミリリットルの涙」みたいなもんです。

ひとたび事を起こせば途端に正常な鬼の面構えに早変わりし、先程の事など忘れてしまいそうになる位怒りだします。

母はどんな些細な失敗も見逃してはくれませんでした。

二言目には「あんたの事を思って言ってるんだからね!」と恩着せがましく言ってくるのが嫌で堪りませんでした。

母に叱られた後、私はいつも決まって「お母さんなんていなくなればいいのに」と心の中で呟いていました。

その頃は「母親なんていない方が楽しく暮らせる」と本気で思っていましたから。

 

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ある日、私は当時仲の良かった近所の女の子と公園で一緒に遊んでいました。

砂場で一緒にお城を作っていると、突然その子から「不思議なプレゼントをあげる」とある物を渡されました。

それは赤色の色鉛筆でした。

「この色鉛筆はね、願いを叶えてくれる魔法の色鉛筆なの」

まだあまり疑う事を知らなかった私は、素直に「うわっすげぇー!」と喜びました。

見た目は極々普通の色鉛筆にしか見えませんでしたが、「魔法の色鉛筆」と言うからにはそれは凄い力を持っているに違いありません。

すぐにでもその力を試してみたくなった私は、女の子にお礼を言うと猛ダッシュで家に帰りました。

途中庭でお隣のオバサンと世間話をしている母にテキトーに「ただいま」と伝えてから、家に駆け込み自分の部屋のドアを勢いよく閉めました。

机の上を見ると、ちょうど良く字が書けそうなノートのような物があります。

貰った赤鉛筆をしっかりと字が書けるように強く握り直しました。

私の願い事は随分前からすでに決まっていました。

「お母さんを消してほしい」

 

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机の前の椅子に座り万全の態勢を整えると、そこで初めて置いてあったのがノートではなくカレンダーである事に気づきました。

そういえば一昨日に「母に怒られムシャクシャして部屋のカレンダーを破いてしまう」なんて事もしたっけ。

嫌な事を思い出して少し気分がブルーになりました。

私は気分を落ち着けた後、他の紙を探すのも面倒臭いのでこのカレンダーに願い事を書く事にしました。

カレンダーはよくあるタイプの、縦5マス横7マスのマス目上の物でした。

マスの外側はキャラクターの絵が入っていて書き込めないので、中に書くしかありません。

カレンダーという特殊な用紙の為に初めどうやって願いを書こうか少し迷いましたが、すぐにいい案が頭に思い浮かびました。

私は明日の日付のマスに汚い字でカリカリと書き込みました。

『お母さんがいなくなる日』と。

 

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次の日、母は出かけたまま帰ってきませんでした。

父は色々な所に電話したりして大変そうでした。

慌ただしく動き回る父の姿をじっと見つめていると、父が言いました。

「大丈夫だ。きっと何処かで迷子にでもなってるんだろう」

父は昔から寡黙な人であまり表情に出さないタイプでしたが、なんとなく無理をしているのは伝わってきました。

その時、胸の奥が少しチクンとしたような気がしました。

次の日は土曜で学校はありませんでしたが、父はどうしてもいかなくてはならない所があるとの事でした。

仕方ないので近所の仲の良いオバさんの家で面倒を見てもらう事になりました。

以前からオバちゃんの家には母とよく遊びに行ってましたが、オバちゃんは母と違って優しい人なので大好きでした。

私は自室に戻ると、机の上に無造作に置いていたあの赤鉛筆を手に取りました。

「凄い!本物だったんだ!」

にやけながら魔法の鉛筆を頭の上に掲げ光にかざすと、どことなく淡い光を出しているようにも見えました。

私はすぐに明日の願い事を考える事にしました。

とりあえず欲しいゲームがあったので『ゲームを買ってもらう』と記入しました。

まだ少しスペースがあるのでもう一つ位願いが書けそうです。

その時私はある事に気付きました。

もしかしたらこのままでは明日母が帰ってきてしまうかもしれないのでは?

慌てて私は空いてる部分に『お母さんがいちゃいけない日』と記入しました。

 

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翌日の朝、私は父に連れられてオバちゃんの家に行きました。

父はオバちゃんに何度も頭を下げてから、私にオバちゃんに迷惑をかけないよう注意してから出かけていきました。

その日は一日オバちゃんの家で、持ってきた携帯ゲームをしたりテレビを見たりして過ごしました。

普段ならいつも母が近くにいるので、こんなに好き勝手にやってたらすぐにゲンコツが飛んできます。

私は楽しくてしょうがありませんでした。

夕方頃になると父が迎えに来ました。

我慢出来ずに思わず「ゲーム買ってきてくれた?」と聞くと父は不思議そうな顔をしました。

どうやら特にお土産的なものは何も買ってきていないようです。

ですが、帰り道に近くのゲームショップで父が「なんでも一本ゲームを買っていい」と言ってくれました。

二つ目の願いもちゃんと叶った!

私のテンションはかなり上がっていました。

家に帰ると自室に直行し、ゲームを開封しました。

すぐにでもPLAYしたかったのですが忘れるといけないので、念のため次の日にも母が帰ってこないよう同じ願いを書き込んでおきました。

実際その日は遅くまでゲームをしたせいで疲れて他の願いも書かずに寝てしまいました。

 

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翌日の日曜は会社が休みなので父も一日家にいました。

父は母と違い特に私の行動にうるさく言う事はないのですが、一つだけ重大な欠点があります。

料理が下手なのです。

食べられないレベルではありませんが、残念ながら母と比べるとかなり差があります。

いつものように一食分ならまだいいのですが、母がいない為その日のご飯は全て父が作りました。

昨日まで上がりっぱなしだった私のテンションは急激に下がっていきました。

と同時に、なんだか無性に寂しい気持ちに襲われました。

あんなに楽しく遊んでいたゲームも何故かやる気が起きません。

とぼとぼと自室に戻ると机の上に置かれているカレンダーが目に入りました。

「・・・・一日位帰してあげてもいいかな」

私は魔法の鉛筆で明日の日付の場所に『お母さんがいていい日』と記入しました。

 

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朝起きると父の姿はすでにありませんでした。

前日に父に説明は受けていたので特に驚きもせずに学校に行く支度をしました。

父はいつも私が起きる時には会社に行っていたので、私にとってはいつもと変わらない日常の光景です。

違うとしたら・・・・

バン!

不意に背中を叩かれ、私は驚いて振り返りました。

「全くいつまで寝てるのあんたは。今日は学校行くんでしょう?」

そこには私のよく知る顔がありました。

ほんの2日前までずっと見てきた顔のはずでしたが、何故か恥ずかしくて面と向かってみる事が出来ませんでした。

「ほらほら、さっさと顔洗って着替えてくる!」

「うるさいなぁ、解ってるよ」

願い事はちゃんと叶ってくれました。

しかし、私の本当にして欲しかった事は叶いませんでした。

「えぇ~っ、これお父さんが作ったご飯じゃん!お母さん作ってくれなかったのかよぉ!」

「しょうがないでしょ。折角お父さんが作ってくれたのを無駄にする訳にもいかないし」

正直また父の料理を食べるのかと思いましたが、不思議な事に前日に父と二人で食べた時よりも美味しく感じられました。

気がついたらいつの間にか、昨日のモヤモヤしたような気持ちは無くなっていました。

家を出る時、母はいつものように「『いってきます』は?」と聞いてきました。

振り返りもせず、聞こえるかどうか微妙な大きさの声で「いってきます」と返しました。

後ろの方で「はい、いってらっしゃい」と少し嬉しそうな母の声が聞こえ、私はそのまま学校に向かいました。

 

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学校から帰ると母は何故か家にいませんでした。

父が帰ってきても母が帰ってくる気配はまるでありませんでした。

私は「魔法の効果が切れちゃったのかな」と思い、すぐに明日の日付の所に今日と同じ願い事を記入しました。

次の日の朝、昨日と同じように後ろから背中を叩かれました。

「おはよう、よく眠れた?」

「・・・・別に、普通くらい」

願い事はちゃんと叶いました。

やはり昨日母が帰ってこなかったのは魔法の効果が途中で切れちゃったせいみたいです。

テーブルの上を見ると昨日の夕飯の残りが一食分だけ置かれていました。

また父のご飯かとうんざりしながら母の顔を覗きこむと、母は顔をそっぽに向けてしまいました。

私は我慢出来ずに言いました。

「せめてお母さんの味噌汁だけでも飲みたい」

母は最初キョトンとした顔で私を見ていましたが、少し考えるような素振りを見せてから「じゃあ明日お母さん頑張って作ってあげる」と言ってくれました。

家を出る時私は「いってきます」の変わりに「味噌汁、約束だからね!」と一言告げてから駆け足で学校に向かいました。

学校が終わり家に帰るとやはり母はいませんでした。

私は自室に戻るなりランドセルをそこらへんに放り投げると、昨日の願いと共に『お母さんのみそしるをのむ』と書き込みました。

その日の夜はなんとなく興奮してしまい、なかなか寝付けませんでした。

 

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朝、私は台所から聞こえる物音で目が覚めました。

部屋のドアを開けると何やらいい臭いがしてきます。

ドタドタと足音をたてながら台所に向かうと、母がテーブルの上の味噌汁の入ったお椀と一緒に待っていました。

嬉しさのあまり5分と経たない内に支度を済ませてテーブルにつきました。

「そんなに急がなくてもお味噌汁は逃げないわよ」

母が笑いながら私を見てきたので、恥ずかしくて思わず「うるせー」と呟いてしまいました。

久しぶりに飲む母の味噌汁は格別でした。

本当は味噌汁以外も作って欲しかったのですが、この際贅沢は言ってられません。

それにまた願い事に書けば他の料理も作ってくれるはずです。

私は家を出る時「いってきます」と力強く言いました。

母はいつものように「いってらっしゃい」と言った後に何故か「頑張ってね」と付け加えて僕を見送ってくれました。

 

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次の日、私は目覚ましが鳴る前に起きていました。

昨日の夜のうちにカレンダーに「お母さんのたまごやきを食べる」と書いておいたからです。

驚かしてやろうと忍び足でこそこそと台所に向かいました。

やけに静かだなと思いながらも、居間へと続くドアをそっと開けます。

そこに母はいませんでした。

ちょっと早く起きすぎたかなと思いましたが、学校に登校する時間が近づいてきても一向に現れる気配がありません。

すぐにカレンダーや魔法の鉛筆を確認してみましたが、特にこれといっておかしな所は見つかりませんでした。

仕方ないので父の朝ご飯を食べてから学校に行きました。

学校が終わり家に帰るといつもより早く父が帰ってきていました。

父は沈んだ顔をしていました。

私がショックを受けないようにと気使いながら話してくれました。

-母はいなくなったあの日にすでに亡くなっている-

-今日警察から電話があり、犯人が何故か自首してきて今回の件が明らかになった-

-母の遺体の確認は父が一人で行うつもりでいる-

父はゆっくりとですが、次々と話を進めていきました。

慎重に話してくれてはいましたが、私の頭の中は混乱しっぱなしでした。

私があんな願い事を書いたから母は死んでしまったのか。

「お母さんが生き帰る」と願い事を書けば母は戻ってくるのか。

なんで今日の願い事は叶わなかったのか。

考えても考えても何も結論が出ず、ただただ泣き続ける事しか出来ませんでした。

 

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その日の夜に私はある夢を見ました。

夢の中で私と母は一緒に朝ご飯を食べていました。

私が味噌汁を飲んでいると、母は急に「ごめんね」と謝ってきました。

「お母さん本当はもっと一緒にいてあげたかったんだけどね」

母はどうやら私がカレンダーを破った日の喧嘩の事を気にしていたようでした。

そして私が母の買ってくれた新しいカレンダーに書き込んだ、あの願い事を見てしまっていたようです。

私はこの時ほど自分の行った行為を呪った事はありませんでした。

しかし母はこう言ってくれました。

「お母さんね。カレンダーに『お母さんがいていい日』って書かれてあったの見て、凄く嬉しかったの」

笑顔で語りかけてくれる母を見ていたら涙がとめどなく溢れてきました。

伝えたい事は数え切れないほどありましたが、気持ちがいっぱいで一つしか出てきませんでした。

「お母さん・・・行っちゃ・・・やだ・・・・」

母は困った表情をしてからもう一度「ごめんね」と言いました。

「お母さんもう行かなくちゃいけないみたい・・・」

そう言うと母の姿は次第に消えていきました。

気かつくと私は布団の上に戻っていました。

枕は涙で薄らと濡れていました。

 

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次の日私は父に魔法の鉛筆とカレンダーと共に、今までの事を包み隠さず全て話しました。

正直信じて貰えるとも許して貰えるとも思っていませんでしたが、話さずにはいられませんでした。

父は黙ったまま私の顔を見ながら、ずっと真剣な表情で聞いていました。

話が終わった後もしばらくの間父は無言で目をつぶり、腕組みをしたまま微動だにしませんでした。

気まずい沈黙が数分流れた後に、父が口を開きました。

「もう母さんがいなくても大丈夫か?」

父からの予想外の質問に思わず息を飲みました。

私は頭の中で母の顔を思い浮かべてから、力強く首を縦に振りました。

それを見た父はテーブルの上にあった色鉛筆を取りながら言いました。

「じゃあもう母さんを休ませてあげないとな・・・」

父は空欄になっている翌日の日付のマスに私にも解るように書き込みました。

『お母さんが「じょうぶつ」してもいい日』

 

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あの日からもうだいぶ長い年月が経ちました。

私は朝起きる時間を早めにして父と一緒に朝食をとるようにしました。

最初の頃は起きるのが辛く大変でしたが、慣れてくるとその日一日を元気に過ごせるようになりました。

父は会社から帰ってくる時間を早めてくれました。

寡黙な人なので今でもあまり気軽に会話してくれたりはしませんが、それでも以前よりは笑顔が増えたような気がします(私の思い込みかもしれませんが)

私もなんでもいいから父に出来るかぎり話しかけるように心掛けるようにしています。

特に話し合った訳でもありませんが、私も父もたぶん考えている事は同じだと思います。

天国の母に心配をかけたくない。

母はもうここにはいないけれど、今でも私達家族を立派に支えていてくれています。

何処かに出かける時、私はいつも玄関前の母の写真に向かって一言告げていきます。

「いってきます、お母さん」

Concrete
コメント怖い
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グサッとくるし、ズキッとくる。考えさせられる。
このお話の絵本があったら本棚に入れて大切にしたい。

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[言葉遊びの弟子]さん
実は少女がくれた鉛筆は普通の鉛筆だったりします。
ゲームを買ってもらえたりしたのは単なる偶然なのです(母親不在の寂しさをなんとかしてやろうとした不器用な父の優しさってのもありますが)

[加茂吉]さん
親にとって「自分の子供が元気に生きている」事がなによりの幸せですからね。
私もいつの頃からか「絶対に親より先には死なない」と心に決めて生きていたりします。

[心霊大好き]さん
家族がいなくなる、って考えるだけでも胸が締め付けられそうになります。
でも逆に言えばそれは良い家族に恵まれて生きてきた証とも言えるんですよね。

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自分も昔は喧嘩する度思ったりしていました。実際居なくなったら・・。って考えたら悲しくなります。きっと、そう思った自分に後悔するんでしょうね。今ではちょっとでも長生きして欲しいと心から思ってます。

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親の心子知らず、知ったときには時すでに遅し。愛情表現って難しいものですね。親を大切にとは言いますが、子どもの頃はその愛情を愛情としてではなく、邪魔なものとしてとらえてしまいますからね…
ただ、これを見て何よりも思ったことは、親孝行は一人で生きていく力を身につけることかなと思いました。うまく言えませんが…それこそ親を安心させることかなって。

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しみじみした話でした。
「お母さんのいない日」とは、そういう意味だったのですね…。

鉛筆をくれた少女の存在も気になります。彼女は何故、「願いが叶う鉛筆」を持っていたのでしょう。どこで手に入れたのでしょうか。

親の有り難み…。お母さんが作る手料理の味…。
当たり前に感じてしまうけれど、本当に有り難いことですよね。

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