中編6
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Toilet

知人のYさんから聞いた、Mさんという男性が体験した話です。

Mさんは学校から帰宅すると毎晩塾に通っていた。

時間帯は20時~21時半の90分。

塾は自宅から自転車で15分程の場所にあった。

塾の目の前の通りを挟んだ向かい側には広大な森林が広がる。

県内でも花見の名所として有名な公園で、春は満開の桜の下に人が溢れ、地元のローカルテレビ局も毎年取材に訪れる。

Mさんの自宅から塾まではこの公園内を通る抜けるのが最短コースだった。

その日の塾帰りも行きと同様に公園の中を自転車で走っていたのだが、突然、羽音と共に小さな虫がMさんの右目に飛び込んできた。

咄嗟の出来事に虫を振り払おうとした際、ハンドルを握っていた手元が狂い、そのまま遊歩道沿いに設置してある三人掛けの細長いベンチに激突、転倒した。

転倒した際に脚を怪我したらしく、仕方なく自転車を押して帰る事にした。

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数分後。

公衆トイレが見えてくると、Mさんは公衆トイレに向かって歩き続けた。

公衆トイレの目の前には蛇口を捻るタイプの水道が設置してあり、Mさんの目的はその水道だった。

転倒した際は暗くてよく見えなかったが、灯りの下で脚を見てみると思っていた以上に出血しており、表皮が剥がれ、内側の赤い肉が顔を出していた。

Mさんは蛇口の水を捻ると、ぴしゃぴしゃと傷口に水をかけ、血と土の汚れを落とした。

再び自転車を押して出発しようとした時、急に便意を催したMさんは、公衆トイレの個室に入った。

個室内は壁一面にマジックペンやボールペンで大量に落書きされ、予想通りの汚さだった。

和式ではなく、ウォッシュレット付きの洋式だった事が唯一の救いだった。

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数分後。

便意から解放されたMさんがトイレットペーパーを取ろうと手を伸ばした時だった。

『カラン』

あってはならない事態に陥ってしまった。

紙が無い。

予備が無いか個室内を見渡すも、あるのは空の芯だけ。

ポケットティッシュが入っているであろうバッグも自転車のカゴの中だった。

「すみませ~ん!すみませ~ん!」

人を呼んでみるも、誰も来る気配が無い。

仕方なく、ウォッシュレットのボタンに手を伸ばした。

不衛生なイメージがあるので、使いたくなかったのだが仕方なかった。

『…』

水が出る気配が無い。

『ズズズ…ポタッ…ポタッ』

異音がした為、ウォッシュレットのノズルがある箇所を覗き込んでみる。

赤いドロドロとした気持ちの悪いゼリー状のものが、ノズルからボタボタと零れ落ちていた。

気がつけば水面は真っ赤に染まり、Mさんは予想外の光景に唖然とした。

再度、ウォッシュレットのボタンを押すと、異音は止まり、辺りは静寂に包まれた。

とりあえず、この真っ赤な異物を早く流したい。

そう思ったMさんはトイレの洗浄レバーを押した。

『…』

流れない。

流れないどころか、もしやと頭によぎった光景がMさんの下に広がる。

トイレが詰まっているのか、じわじわと水面が上がってくる。

それに洗浄水の色も無色透明ではなく、赤黒かった。

便座と水面までの距離が2センチ程になった所で、なんとか止まった。

Mさんはしばらく考え、やはり人を呼んで紙を取ってもらおうと個室内から叫び続けた。

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数分後。

『カツッ、カツッ、カツッ…』

Mさんの呼び声に気がついたのか、人の足音が聞こえてきた。

足音はMさんの個室前まで来ると、ピタリと止んだ。

「すみませ~ん!紙が無くて、よければ隣の個室から取ってもらえませんか?!」

「…」

「あの~!すみませ~ん!」

「…」

いくら話しかけても返事が返って来ない。

だんだん怖くなってきたMさんは、もしかして上から覗かれているのではと思い、頭上を見上げてみた。

「えっ…」

後頭部が見えた。

ドアを背に立っているようだが、微動だにしない。

背がとてつもなく高いという情報しか得ることが出来なかった。

それから何度も何度も話しかけたが、無視され続けたMさんは痺れを切らしてドアを開けようとした。

しかし、開かない。

いつの間にかスライド錠にはびっしりと髪の毛がまとわり付き、先端が錆びているのか全く動かない。

『コン、コン、コン、コン、コン…』

ドアの前に立っている何者かが、規則的に一定間隔でドアをノックし続ける。

「入ってます!いい加減にしろよ!」

Mさんが怒声を浴びせるも、ノックの音は鳴り止まない。

ドアの向こう側が気になったMさんは、ドアの僅かな隙間を覗いた。

全身びしょ濡れで半袖短パンの小さな男の子がドアの前を走り回っていた。

Mさんの視線に気がついたのか、男の子はぴたりと止まると、Mさんのいるトイレの個室に向かって近づいてきた。

これ以上見てはいけないと思ったが、身体を動かすことも目を閉じる事も出来なかった。

金縛りだ。

Mさんの視線の先、数十センチの所で男の子は立ち止まった。

全身びしょ濡れでぶよぶよになった白いゼラチン状の肌。

腐敗しているのか、悪臭が鼻につく。

男の子が自身の右腕をぼりぼりと掻き始める。

白いゼラチン状の肌は、見る見るうちに剥がれ落ち、ずるりと剥けた肌の下からは真っ白い骨が見えた。

全身が痒いのか、身体の至る所をかきむしり始めた。

ぼたぼたと白いゼラチン状の皮膚がトイレの床に落ち続ける。

最後に頭を掻き始めると、ずるりと髪の毛と一緒に頭皮が剥がれ落ちた。

見るも無残な男の子の姿を目の当たりにしたMさんは今すぐにでも逃げ出したかったが、金縛りはまだ解けなかった。

男の子は更にMさんのトイレの個室に向かって歩き始めた。

遂にはMさんの目と鼻の先まで来ると、ドアの隙間からじっとMさんを見つめる。

薄黄色く濁った眼球、とても生きた人間のものとは思えなかった。

男の子は不気味に笑うと、後ろ手にポケットから何か取り出した。

細長い10センチくらいの針金だ。

男の子は針金をドアの隙間に通した。

隙間から覗くMさんの眼球に針金の先端が徐々に近づいて来る。

『プツリ』

針金の先端がMさんの黒目を貫いた。

不思議と痛みは無かったが、明らかに異物が眼球を貫いた感触があった。

男の子が嬉しそうにしていると、突然、真っ黒な黒い手袋をした巨大な手が男の子の頭部を鷲づかみにした。

ドアの前に立っていた背の高い何者かの手であるとすぐに分かった。

気がつけばドアをノックする音が止んでいた。

次の瞬間。

男の子の頭部が握りつぶされ、男の子の身体は床に崩れ落ちた。

黒いロングコートを着た何者かが座り込むと、むしゃむしゃと男の子の亡骸を食べ始めた。

Mさんの視線に気がついたのか、食べるのを止めると、手に持っていた男の子の肉片をドアの隙間にびっしりと埋め込み始めた。

ドアの隙間からとめどなく白いゼラチン状の異物が流れ出す。

そこでMさんの記憶は途切れた。

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翌朝。

清掃員がトイレで倒れているMさんを発見し、救急車を呼んだ。

Mさんはトイレの個室内の壁から突き出た針金が右目に刺さっていた。

右目は失明し、今では義眼が入っている。

あの日の出来事が夢だったのか現実だったのかは分からないそうだ。

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後日。

男の子と黒いロングコートの正体が分かったとMさんから連絡があった。

Mさんに指定された新聞記事にはこう書かれていた。

『xx県xx市の公園で、「公衆トイレから異臭がする」と近隣住民から110番があった。駆けつけた警察が公衆トイレの屋根上から腐乱した遺体を発見。遺体はバラバラの状態で黒いビニール袋に入れられており、死後相当期間が経過しているとみられるという。何者かが遺棄したとみて、死体遺棄事件として捜査を始めた。同課によると、遺体は小児と成人男性とみられ、身元の確認を急いでいる。』

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【山口敏太郎2013年7月怖話アワード動画書評より】

これは近道をしたためにとんでもないことになる、典型的な心霊の王道パターンですね。
公園内を近道で通った方がトイレに入り、霊現象に入っていくという。
すごいうまいなーと思ったのは、紙がないという現実的な事に特化していたことで、現実の怖さから、霊現象の怖さに、繋げていく構成力というのは非常に旨いですね。
妖怪好きとしては化物同士のバトルシーンがとてもエキサイティングで、バトルといっても一方的にデカイのが食ってるだけなんですけどね。
僕は個人的に好きでした。

他の作品の書評はこちら
http://blog.kowabana.jp/118

なんか気味が悪い話だ。
最後謎のまま終わるのも怖いかも。