長編8
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勇み足だったでしょうか

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はじめに、この件は僕の勘違いか、或いは妄想かもしれないということを断っておきます。

その日は日曜日でバイトも休み。特に予定も無く僕は部屋でごろごろ漫画を読んで過ごしてました。

正午ごろヤスダという大学の友達から「そっち遊びに行っていい?」というメールが入ったので「OK」と返しました。

僕は散らかったゴミを片付け、お茶を沸かし、プレステをセットするなどして準備しているとヤスダが来ました。

部屋に上がったヤスダは片手に紙袋を提げていて、僕は差し入れか何かだなと思って引っ手繰って中を見ました。

きれいに折り畳まれた上着が入っていました。紺色のピーコートです。

「俺こういうの似合わないんだよな」と言うと「別にお前にやろうと思って持って来たんじゃない」と。

ヤスダはこのピーコートを購入した古着屋に用事があるから僕に着いて来て欲しいと言いました。

その店は大学からも近く、僕も何度か買い物をしたことがあったし、遊び飽きたゲームを売ったこともあります。

総合リサイクルショップとでも言うんでしょうか、古着屋の他にも中古の家電や家具などを扱う店舗が一緒になったところです。

その時点ではヤスダの目的は不明でしたが、僕は掘り出し物を期待して早速ヤスダと店へ向かいました。

日曜ということもあってか店内は賑わっていて、大学で見た顔とすれ違ったりもしました。

僕がジャケットのコーナーを物色していると、ヤスダに腕を引っ張られてレジへと連れて行かれました。

「先日こちらでこのコートを買った者なんですけど、ちょっとお伺いしたいことがあって」

返品でもするのかなと思って、僕は黙って見ていました。店員もそれを察したようで、事務的にまくし立てます。

「ありがとうございます。どこか痛んでいたりした場合は価格にも反映させているつもりなんですが…レシートは保管されてますか?」

言い終わらないうちからヤスダはかぶりを振って、

「いえ、そうじゃないんです。このコートをこちらで売った人って、どんな人かなと思って」なんて言い出しました。

店員は怪訝な顔で、そういうお客様個人の情報はお教えできない決まりだと予想通りの返答をした後、すいませんと言って会計作業に戻ってしまいました。

僕はヤスダに「趣味の悪いことはやめろ」と諌めたのですが聞きません。店員が客の対応に一段落すると、懲りずにまた話しかけます。

「この際名前や住所なんかはいいんです。とにかく無事だったのかどうか…。対応した店員の方おられません?」

困った店員に代わって店長が出てきて僕もいい加減見ていられなくなったとき、ふと入り口の自動ドアを見てギョっとしました。

僕の見知った顔が衣類の詰まったダンボール箱を持ってやって来ました。

ちょっとした事情があってその人と鉢合わせるわけにはいかなかったので、僕はヤスダを強引に引っ張って店内を迂回し、気づかれないように外へ出ました。

ヤスダは「おい何なんだよ」と不機嫌な様子でしたが、「それより、お前のほうこそ何なんだよ」と僕も噛み付きました。

お前のやってることは非常識だとその場で説教したんですが、ヤスダは「理由がある」と言ってまた店に戻ろうとします。

僕としてはダラダラここに留まっていているのもマズいと思い、とにかくいったん自宅へ戻るように促しました。

ところがしばらく歩いたところで、「やっぱりここまで来たんだから」とヤスダが来た道を戻り始めました。

僕は「勝手にしろ」と言ってそのまま部屋に帰りました。

それから30分もすると、なにやら興奮した様子でヤスダが戻って来ました。

僕が説明を求めると、「頭がおかしくなったと思わないでくれよ」と断ってから、すべてを話してくれました。

ヤスダがあの店でピーコートを買ったのは一週間ほど前。

授業の合間に何の気なしに店に立ち寄ったところ、欲しかったものと型がそっくりのコートを見つけて衝動的に購入したそうです。

その日からそのコートを羽織っていたのですが、同時に毎晩おかしな夢を見るようになったと。

その夢の内容はこういうものでした。

…気がつくとヤスダは見知らぬ部屋に立っており、目の前にこれまた見知らぬ女性が床に突っ伏して泣いている。

ヤスダはその女性に別れを告げ、部屋から出ようと背を向けてドアに手をかけるが、その瞬間後ろから羽交い絞めにされる。

そのまま仰向けに倒されて見上げると、女が血走った目でヤスダを睨み付けている。

涙をぬぐったせいか、目の周りは化粧が崩れて真っ黒になっており、とても正気とは思えない。

ヤスダが何かを叫ぼうとすると、タオルか何かを口の中に押し込まれ、苦しくて暴れる。

女はおもむろに隠し持っていたらしい包丁を振り上げ、奇声を上げてヤスダの胸元へ振り下ろす。

刺されたところがジワリと濡れるのを見ながら、自分が着ているのが古着屋で買ったピーコートだと気がつき、そこで目が覚める。

ヤスダは「これを見てくれ」と言って紙袋からコートを出し、僕にわかるように胸ポケットのあたりを見せました。

ポケットの縫い目とほとんど重なっているのでしばらくわかりませんでしたが、よく見ると補修した後がありました。

ここが夢で刺されたところだ、ということは言われなくてもわかりました。

「夢で見たことをこんなに騒ぐのはおかしいって思うかもしれないけど、前の持ち主が刺されたんだってことを、俺はもう確信してる」

僕は話を聞きながら、平静を装うつもりで呆れたような態度をとっていましたが、内心は興味深いと思っていました。

「これを売りに来た持ち主が無事なのか、ずっと気になってて…。それで店員に確かめたかったんだけどさ」

ヤスダはそこで僕の顔をじっと見つめてこう言いました。

「さっき一人で店に入ったら、会っちゃったんだよ。…夢で見た女に」

…僕はふと店でのことを思い出し、背中に冷や汗が噴き出すのを感じました。

まさかとは思いましたが、ケータイを取り出し、「この女か?」と言ってヤスダに一枚の写真を見せました。

…案の定でした。ヤスダは「なんで…」とつぶやくと信じられないという顔で僕を見上げます。

これは僕の彼女だとヤスダに説明しました。

僕が逃げるようにして店を出た理由は、彼女が入店してきたからです。

実はこの日、僕は丸一日バイトだと彼女に嘘をついていたんです。彼女から遊ぼうと言われていたんですが、会いたい気分じゃなかったので…。あの場で鉢合わせると面倒でした。

付き合い始めて一週間だったんですが、僕はもう彼女と別れたいと考えていました。

日常の会話の中でも突飛なことを口走る子で、あまり僕と波長があうとは思えませんでした。

なによりまだほとんどお互いのことを知らないのに「同棲したい」としつこく迫る彼女に辟易していたんです。

彼女と知り合ったのは友達の代打で出席した合コンです。

知り合ったその日に彼女の部屋で一晩過ごしました。朝には付き合おうと言われ、承諾しました。…僕自身浅はかだったことは認めます。

…今この状況で思い返してみると、あの日彼女の部屋で見たあらゆることが悪い妄想となって蘇りました。

上手く隠したつもりか、丸めた玄関マットの下に男物の靴の先が覗いているのを僕は見逃しませんでした。

「たまに泊まりに来るお兄ちゃんのもの」だと言っていたのを信用したんですが、本当でしょうか。

カーテンの隙間からちらちらとベランダが見えたのですが、そこに干してあった黒っぽい大きな上着。あれも兄のだと言っていましたが…。

あれはピーコートだったような気がします。

兄のものだとして、あんなものたまに来る妹の自宅で洗濯するでしょうか。

それに…浴室へ入ることを頑なに拒否していたことも気になります。シャワーを浴びたいと言っても許してくれませんでした。

なぜ浴室へ入れなかったのか。何かとんでもないものを隠していたんじゃないか…。

もちろん、すべては想像に過ぎません。杞憂だと信じたいのですが、僕はすでにそうした想像に飲まれていました。

ケータイの画面に映し出されている彼女の顔を、気の狂った殺人犯としてしか見られなくなっていたのです。

その瞬間、あやうくケータイを落としそうになりました。

着信音が鳴り響きます。彼女からです。

僕はヤスダと顔を見合わせたまま、ケータイが鳴り止むのを待ちました。

それからは彼女と連絡を絶ちました。

しばらくの間は彼女からの電話やメールが止まりませんでしたが、ずっと無視しているとやがて無くなりました。

幸い彼女には自宅の住所は教えていませんでしたし、押しかけてくるようなこともありませんでした。

僕はすべて無かったことにしてしまいたかったのですが、ヤスダはそうではありませんでした。

彼女の自宅周辺で若い男性が殺傷事件に巻き込まれなかったか、探偵気取りで調べ始めたんです。

結果的にはそういう事件はなかったようなんですが、ひとつ、ある男子学生が音信不通になったという情報があったそうです。

ヤスダはそれをしつこく調べていて、いよいよその学生のご両親とコンタクトをとるという報告がありました。

僕としては彼女のことなど思い出したくもなかったので報告など聞きたくないと言いました。

ところが残念ながら、僕と彼女の縁は切れていなかったようです。

前兆らしいものも無く、まさに不意討ちでした。

サークルの先輩に誘われたコンパの席で、彼女と再会したんです。

彼女は「はじめまして」とすました顔で僕に挨拶をしてきました。

「○○です。よろしくお願いします」と、まるで初対面のような振る舞いで、泡を食って何も言えない僕の正面の席に座ったんです。

僕はもう気が気じゃなくて、自己紹介もそこそこに「体調が悪い」と言って一人で抜け出してしまいました。

帰宅途中に先輩から着信があり、「お前ふざけんな」と相当おかんむりの様子でした。

「目の前にいた子、僕の元カノなんですよ」とだけ言うと、一瞬の沈黙の後先輩はゲラゲラと笑って「了解了解」と言って電話を切ってしまいました。

先輩にはちゃんと説明したかったんですが、考えた末にやはり無理だろうなと諦めました。

自宅に着いてから頭を冷やすためにシャワーを浴び、ヤスダに電話しようと思ってケータイを見ると、メールが入っていました。

彼女からです。

文面は短く、「つきとめた」。

僕のアパートの入り口を撮った写真が添付されていました。

……僕は何から話せばいいのでしょうか。

そもそも、彼女が殺人を犯した証拠は何もありません。

すべてはヤスダの勘違いであり、僕の妄想なのかもしれないのです。

さっきから部屋の呼び鈴が鳴っているのですが、恐ろしくて出られません。

たった今警察に通報しましたが、さすがに勇み足だったでしょうか。

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こんなにハイレベルな創作話はすごすぎだー!!!

そういう彼女を調教するのが
男冥利だな

でもないか

面白かったです。

創作って言われなければ本当の話かと思ってしまう…
生きている人が1番怖いです…(T_T)

怖かったです((((;゚Д゚))))

むしろ創作で良かったw

後日談が気になります!!(*´ω`*)