中編2
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【怪談】次はお前だ

ある若い男の話だ。

昨年の秋のことだ。

カズキとミユキのカップルは都内のビル群の中、デートをした。

カズキは会社から十分満足できる額の給料を受け取り、余裕のある生活を送っていた。ミユキは大学卒業後もアパレル・ショップのアルバイトを続けていた。

「良い鞄か、香水を買ってあげようと思っていたんだ。アルバイトの給料ではあまり良い物は買えないだろうから――」

カズキはそのように振り返り、語る。

昼過ぎ、煉瓦造りの百貨店のビルの前を通った。

秋としては暑く、湿った空気が不快感を誘う一日だった。チェックのベストを合わせた長袖のTシャツの内側が、じめじめと蒸れた。

信号、渡っちゃおう。

いや、無理だよ。もう赤になる――。

カズキは“次でいい”というように首を振った。信号は赤に変わった。

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数秒後、不意に人通りが途切れた。街中にエアポケットが出現したかのようだった。

「寒くない?」

カズキはミユキに尋ねたという。

ミユキは不思議そうな顔を浮かべた。

こうううう。

物体が、猛スピードで風を切る音がした。上空を見た。頭の上から人が降って来た。

(え?)

ごうううううううう。

重力に従い、”人”の落下速度が、より早まっていく。左半身を下に、肩から地面に落ちるような恰好だったという。

桃が潰れ、岩が砕かれたような音の響きがあった。

粘性の血がはじけた。

ブラック・スーツに身を包んだロングヘアの女性だった。

痩せ形の体型だった。

腕と足は四方八方、あらぬ方向に曲がっていた。目付きは利発そうだった。ミユキよりも一、二歳ほど若く見えたという。

清掃員の男性が、水道の蛇口に取り付けたホースを手に、すぐに現場にやって来た。

ああ、またか――。

清掃員の男性は、面倒臭げに言った。

何故、こうも続けてうちのビルの屋上から飛び降りるかな。ここは樹海じゃないっていうのに――。

清掃員の男性が握るホースの先から、水が放たれた。

「ねえ、行かないで……」

「え?」

「行かないで……」

「どういうことーー」

ミユキはカズキの服の裾をぎゅっと握り、ロングヘアの女性の遺体を指差した。ロングヘアの女性の遺体の指先に、生前に施したであろうピンク色のネイル・アートが見えた。

あの女の人――。

あの女の人――。カズキの方を見て「次はお前だ」って――。

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死んさん、コメントありがとうございます。直接書いてはいないのですが、ホースの水は辺りに大きく飛び散った血を流すために撒いたもの。というイメージでした。

清掃員がホースの水で流せるようなもんじゃないと思うがなぁ