中編4
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【怪談】The Rose

ある少女の話だ。

ミカは十七歳だ。

高校の授業を終えたミカが鍵を開け、帰宅すると「あら、おかえり。早かったわねーー」とブラジャー姿の母親が出迎えた。

「中間試験も終わったばかりだし......」

「そう」

ブラジャー姿の母親の乳房の上、大きなほくろが目に入る。

母親はカワイの電子ピアノを顎で示した。

「あんた何か一曲弾いてよ。暇つぶしにさ......」

ミカは昨年、市のピアノ・コンクールで銀賞を受賞した。

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出したままの電気ストーブの上、額入りの賞状が飾られている。

もっとも、ミカは「私、もうピアノやめるーー」と友人に漏らしていた。

ミカはピアノへの関心を失いつつあった。

ミカには将来の夢と言えるほどのものは無かった。

だが、他にもやってみたいことは沢山あったという。バレーボール、卓球、水彩画......。

ミカは『The Rose』を、ぽつりぽつりと右手の人差し指で弾いた。

母親は制服のシャツの上から、ミカの乳房を指で突ついた。

「あんた、相変わらず胸がぺったんこ。大きくならないわねえ......。背も小さいままだし、足は棒みたい。ブライスみたいに目ばかりが大きくて。まあ、背は女の子だから良いかもしれないけど」

「うんーー」

「どうするの?こんな貧相な身体つきだと良い男、捕まらないわよ?」

深夜。

ミカの身体は幼少期のアトピー性皮膚炎の関係か、激しい痒みに見舞われた。

常備している軟膏を身体中に塗る。

切り揃えた爪で腕を掻いた。腕の皮膚がぼろぼろと荒れ、薄っすらと出血する。

“もう、やだ”

ミカは小さく開いた引き戸から、押入れの中に身を隠した。

座布団やクッション、いつ買ったのか或いは造ったのかも分からない色の淀んだ梅酒が目に付く。

物静かだ。

次の瞬間、ミカは身体に強い衝撃を感じた。

体勢を崩しすえた匂いのミカン箱に、側頭部をぶつけた。

チチ、と耳の中で音がした。

(服を脱げ)

男の声がした。

暗さの中、ミカは目を凝らし、何とか男の姿を捉えた。

男はびよんと伸びた髭が特徴的なVフォー・ヴェンデッタのガイ・フォークスのマスクを被っていた。

180cm近い、高身長の男だ。

腹部には、サバイバルナイフが突き刺さっている。

足元にはポーチが置かれ、その周りに血だまりが出来ている。

何処から押入れの中に入って来たのか、分からないーー。

腐臭がする。

身体が竦む。

ミカは服を脱いだ。

“ガイ・フォークス”はポーチから出した剃刀とシェービングクリームの缶、ボディクリームのチューブを手に、ミカに近付いた。

腹部のサバイバルナイフの柄が揺れた。

口の端から、コカ・コーラの泡のようにこぽこぽと血が漏れる。

(ああ、この人は先が長くないんだ)

とミカは思った。

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皮膚を温かな泡が撫でた。

身体が硬直したかのように、抵抗出来なかったという。

首、腕、胸、腹部、陰部、足......。

ちょり、ちょり、ちょり、ちょり。剃刀の刃が体毛を剃る。

指がミカの乳首に触れる。

陰毛を剃り上げられた陰部はまるで赤ん坊のようで、気恥ずかしかった。

鳩尾の周りに、艶かしい香りのボディクリームが塗り込まれる。

ミカの髪の毛を除く体毛をくまなく剃り上げると、“ガイ・フォークス”は満足げにくっくと笑い“ごほ、ごほげふっ”朦朧としたように身体を揺らし、ゲップを吐いた。

ミカは身を屈め、足元の服を拾い上げた。

腕に妙な痺れがある。

足の裏に粘性の血が付着した。瞼の裏が重い。

気付くと、皮膚の炎症は収まっていた。

寒い。

顔を上げた。

つい先程まで目の前に居た“ガイ・フォークス”は、姿を消していたそうだ。

間もなく、ミカには彼氏が出来た。

経営者の父を持つ、所謂“優等生”的な男だった。

ミカの母親は、ミカの弁当箱にコンドームを同封した。

黄砂の量が昨年の同時期に比べ、倍増した日。

ミカの母親は“がた”という物音に反応し、庭に出た。

竿が倒れ、バスタオルや下着類が地面に散らばっていた。

ミカの母親はバスタオルの山の中からブライスを取り上げた。

“何でこんなところに、こんなものがあるのよーー”

何処か憂いを帯び、理知的な印象を与えるブライスの目。

“綺麗だわ”

試しに、ミカの母親はブライスの頭部を爪で弾いた。カラン......。

木製の空箱を叩いたような音だったそうだ。

夜。

窓を閉めた室内には季節感が無い。

電灯が静かに、美しく輝いている。

廊下でばったりミカの母親は、ミカと顔を突き合わせた。

ミカの母親は、目を見張った。

「お母さん、生理が来ない......。私の身体、どうしちゃったんだろう」

ミカの腹部、鳩尾から胸、デコルテ、肩に掛けて薔薇の花が根を張り、茎を伸ばす。

腹部が時折、どくどくと動く。

唇に棘が刺さり、見事な紅の花を咲かせていた。

ミカの左目は潰れていた。

血が薔薇の花に向けて滴り落ちる。

「ミカ?」

「いっぱいやりたいことあったのにーー」

突如、部屋の奥でカワイの電子ピアノが自動演奏を奏でた。

曲は『The Rose』だ。

自動演奏は、ミカの演奏と遜色なかった。

翌日。

一晩が経ち、ミカの身体の薔薇は姿を消していた。

ミカはいつも通り、学校に行ったという。

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たらちねのさん、コメントありがとうございます。視覚的なイメージを大事にしたいな、とは確かに思うところです。

相変わらず取り留めがなくて誰かの悪夢を覗き見しているような感じです。