中編4
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死者からみたニンゲン3

アパートを出ると

真っ直ぐ旦那の車に向かい

旦那を押し込むと

彼女自身は助手席に乗り込んだ。

私は車の上空から真っ直ぐ下降し

後部座席に座った。

シーン..とした静寂

旦那は両手でハンドルを握りしめ目を泳がせ

彼女はそんな旦那をジッっと見つめている。

もう彼女は口元すら笑ってなどいない。

真剣な眼差しの彼女.....

もう彼女から

不気味さは欠片も感じない。

むしろ、素顔はよぼど美人であろうと

見てとれる美しい横顔に

懐かしささえ感じる。

なんだ、似合わない派手なメイクしてるけど

変わらないなぁ..

あれ?なんだろう?

私、彼女のこと

知っている........?

静寂を破ったのは

彼女だった。

「約束

忘れたなんて言わせないから」

約束??

そして、不意に

持っていた出刃包丁を

旦那の首もとに当て

「もう・・・・・」

それは女性とは思えない低い声だった。

旦那の喉が鳴る。

「これ以上

私の手を煩わせないで。」

ゆっくりそれだけ言うと

彼女はポケットから小さなものを取りだし

握りしめたまま旦那の胸ポケットにソッと落とした。

チラッとこちらに目配せしたかと思うと

コソコソ旦那に耳打ちをして

車から出ていった。

アパートに戻る訳でもなく

アパートの外へ歩いていく..

車内で耳打ち・・?

しばしボーっとしたままの旦那だったが

不意にポケットから小さなものを取り出した。

小さなもの

それは指輪だった。

それ..

それは

私と旦那の

結婚指輪....?

いや、違う。

私の指輪は祭壇の上だ。

こんなところにあるはずがない。

旦那は今も指輪をはめているし。

一体どうなってるの.....

「ご....ごめ..ごめんな....」

指輪を凝視しすぎていた。

ハッっと視線を上げると

旦那と目が合った。

一瞬、目が合ったけど、

何を探すようにずっとキョロキョロしてる。

やっぱり私の姿は見えてないんだなぁ、と分かる。

すると旦那の目から涙が溢れてきた。

すぐに号泣し始める。

そうそう、この人は涙もろかった。

「みっともないなぁ~。」

聞こえるはずもないし

会話も出来っこないのに

旦那が泣きじゃくる度に言っていたいつもの口癖と

旦那の目元に伸びる手

涙をぬぐうための手

でも、もう

旦那には触れない。

旦那と話すら出来ない。

旦那の身体をすり抜けてしまった手を

引っ込めながら

私も目頭が熱くなり、泣きたくなった。

でも、どうしてだろう?

涙が出ないのは

何も出来ないのは。

私が死者だから?

一体、私はどうして

ここにいるの?

残酷だ。

泣きたいのは私のほう。

泣き虫が泣き止むのを

ジッっと待ち続けた。

一通り泣き終えた旦那

今度はジッっと

真剣な眼差しでアパートを見つめたかと思うと

携帯を取り出した。

住所録にはない電話番号を

慣れた手つきで手打ちし発信した。

しばしのコール音

突然、女の金切り声が車内に響き渡る。

「指輪、狂った女に持っていかれた!!」

誰....?

さっきの人ではないようだ。

内容から察すると、さっきの人が

その指輪をこの人から強奪したようだけれど....

「早く、来て!今どこなの!?」

んー、訳がわからない....

まぁ、旦那は

この人と会う約束をしていた事は分かる。

言葉が途切れるのを待って

旦那は冷静に

「ごめん。もう会えない。さよなら」

ゆっくり冷たく言い放った。

かつて、これほどまで旦那が人に

冷たくしたことなんてあっただろうか?

「はっ?.....なに.....あんたまさか、あの女とも.....?.....殺してやる!!あの女も!あんたは私の」

まだ何か言っていたが

旦那は電話を切り、電源まで落とした。

そして

深い溜め息の後

さらに深い深呼吸をした。

「これで.....よし。今から、いくから.....ね」

独り言を呟き

悲しげに言い切ると

旦那は車を発進させた。

・・・・・

その後

終始無言のまま

ひたすら車を走らせ続け

人里離れた山道を駆け抜け

やがてたどり着いた高い岩壁から

躊躇することなく身を投げ転落死した。

私は旦那の死体を見下ろしながら

まるで地縛霊にでもなったように動けないでいる。

旦那は自殺したから

地獄に落ちてしまったのだろうか?

満足して成仏してしまったのだろうか?

それとも

私も旦那も、互いに相手が見えないのだろうか?

旦那も、見えないだけで近くにいるのだろうか?

もう動くことのない"泣き虫の旦那"と、

旦那の車に残された"私たちとは違うイニシャルが刻まれた指輪"を見つめ続け

生前の記憶を

1つだけ、思い出した。

あの見覚えのある彼女は

私が旦那と結婚すると決意したとき別れた

旦那より愛してやまない"私の彼女"であったことを。

死の目前、

旦那より先に

私の元に駆けつけ救いだしてくれていたことを。

どうして

あれほどまで愛し愛してくれた人を

私は忘れてしまっていたのだろう?

後悔の念と

悲しさ淋しさの渦に押し潰されそうになりながら

それでも涙も出すことは出来ない。

やはり私には

もう、旦那を観察し続けることしか

出来ないのだろうか。

何もかも失っても

このまま永遠と

こんな寂しいところに存在し続けるのだろうか。

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切ない(´;ω;`)ウッ…

再度結婚しない約束?

こんな変化球なお話はじめて!
面白かったすよ。