中編5
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落語『噛み付いた犬』

江戸ともうしました時代…

江戸の名物ともうしますと、『武士、鰹(カツオ)、大名小路、塩麹、茶店、紫、鯵(あじ)、錦絵』

更に…

『喧嘩に火事に中っ腹…』と申しましてな…火事を名物にする辺りは何とも江戸っ子は茶目っ気があると言うかなんと言うか。

まあ、火事は江戸の花と申しますから…名物となったのでしょうな…

あと、これに付け加えますってぇと『伊勢屋、稲荷に犬の糞(くそ)』

伊勢屋ってぇのは、当時…江戸の街には沢山、伊勢屋という名の店があったそうです。伊勢神宮の御利益にあやかろうとしたのでしょうね…

それから、稲荷大神宮があることから『稲荷』が名物になるのも頷ける…

だけど、それに…犬の糞(くそ)が入っているってぇのは…どうも不思議ですが、その時代、野良犬が江戸の街には沢山いたんだそうで。ですから、彼方此方にワンちゃんの糞が落ちていたんだそうです…それで『犬の糞』が名物になったと言われているんですな…

犬も多いと色々と変わった話もあるようで。

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久作「こんちはぁ…」

「んちはぁ!?」

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大家源六「はい?誰?…ん?なんだ…久作じゃねえか…屑屋の仕事はどうしたんだ!?

お前のことだ…またサボってんだろ?ったく…なんでお前はそうなんだ?折角、俺が間に入ぇって屑屋の仕事ぉ面倒みてやったってのに…馬鹿だねぇ…

それになんだそのへっぴり腰は?だらしが無い!」

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久作「あっ!大家さん…それどこじゃ無い、大変なんすよ!!」

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大家「ん?なんだ…またカミさんに逃げられたのかい?

そりゃ…逃げたくもなるよ…お前のような仕事もろくすっぽしないで酒ばかり飲んでる馬鹿野郎じゃな…」

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久作「やだなぁ…違いまさ…そんなこっちゃ無いんす。

ここ最近、ここいらじゃ犬が増えているでしょう?」

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大家「ん…?あぁ、そりゃ…お前ぇ、久宝様(くぼう:将軍様)が…

犬は殺しちゃならねえ…犬食なんぞはもってのほかなんてぇ『おふれ』を出されたんだ…増えて当然だろ?

まったく…アタシも困ってんだよウチの裏に物置があるだろ?

其処をどこぞの犬が荒らすんだよ…どうにかしてもらいたいもんだ。」

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久作「え?ああ…そうなんすか…

って!それどこじゃないんですってば!」

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大家「なんだっ!それどこじゃないって言い草は!馬鹿野郎!

で?何があったんだ?」

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久作「へぇ…すいません…

あのね、どこぞの馬鹿犬か知りませんけどね…あっしのウチの前を陣取って動こうとしないんすよ!」

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大家「は?なんだい!そんな事で…情けないね。追っ払やぁいいだろ?」

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久作「いやぁ…大家さんも知ってるでしょ?あっしが苦手だって…

前にね、湯の帰ぇりに…こぉんな大きな犬に鉢合わせましてね…

驚いたのなんのって、急いで駆け出したのはいいんすけど、なんしろそいつの足が速いのなんのって、すぐ追いつかれましてね。」

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大家「ハッハッハ!ざまぁないね…馬鹿だようお前は、犬ってのは逃げる者を追いかける習性があるなんて、其処らで遊んでる餓鬼でも知ってるよ。」

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久作「そりゃ…あっしだって知ってまさ…でもね、あんなでけぇ犬見たら、弁慶だってたじろぎますよ…」

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大家「で?それからどうなったんだい?」

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久作「…でね、あの野郎…事もあろう事か、あっしの尻に噛り付きゃがりましてね?

思わず、屁が出ちゃいましたよ…へへへ…そしたら、どっか行っちゃいましたけどね。

で、あとで尻を見たら割れちまってんすよ!それからあっしは犬がどうにも苦手で…」

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大家「馬鹿…尻ってのはもともと割れてるもんだぃ!」

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久作「だからねぇ…大家さん…追い払って下せぇな…ねぇ…

大家と言ったら親も同様、棚子と言ったら子も同様っていうでしょ?頼みますよぅ…」

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大家「はぁ…おカミさんは?出かけてるのかい?」

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久作「あっ…それは…へっへっへ…さっき大家さんの言ったとおりでね…へへへ、出てっちまいまして…今ぁ、あそこん住んでんなぁ…あっし一人なんす…」

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大家「なんだ…やっぱりそうじゃねぇか…犬の事よりそっちのが問題だ…なんで出てったんだぃ?」

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久作「いや…そんな事ぁ…いいじゃないっすか…ねっ?」

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大家「分かったよ」

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ってんで、仕方なしに大家の源六さん…久さんの長屋んやってまいりまして…

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大家「なんだ…あんなちっぽけな犬にビビっていたのかい?だらしがないねぇ…お前ぇって奴は…」

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久作「いえね…最初はあっしも、あの通りチビなんでね、追い払おうと思ったんす…でもね、あれがなかなか…怖ろしい顔で威嚇するんすよ…」

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大家「馬鹿だね…蹴っ飛ばしゃいいんだよあんなもの…」

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久作「でも、そんな事……誰かが見ていて奉行所にでも言われたら打ち首になるかもしれないでしょう?」

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大家「そんな事にゃならないよ、流石に…そこで見てろぅ…」

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犬「ゔぅぅぅぅ…」

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大家「へっ…へんっ…なななんだ…かっ…噛み付いてみやがれってんだ!こここ…こちとらタダの大家と思ったら大間違いだぞ!度胸の源六って言ったら、むっ…昔はここらじゃ…」

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犬「ワンワンワンっ!ガゥ…ガゥ…ギャァウ…ギャアアウゥ…」

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大家「ひゃああ!な…なんだこいつぁ!犬じゃねえ犬なんかじゃねえ!化けもんだ!」

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久作「お…大家さん!待っつ下さいな!追い払ってもらわなきゃ、あっしは今夜どこで寝るんすか!?外でなんか寝てたらキンタマ犬に喰われっちまいますよぅ!!!ねぇ!!」

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大家「馬鹿言ってんじゃねえ!そいつを見てみろ!犬じゃねえ!化け物んだ!」

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久作「いやぁ!勘弁してっさいな…あっしゃ…犬が苦手なんすよ…」

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大家「だっ!かっ!らっ!犬じゃ無ぇってんだろ!見っつみろ!」

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久作「え?そうなんすか?…

犬じゃねえってんなら…怖くなんかねえからな…

…へんっ!

おぅっ!この馬鹿犬!!……って犬じゃねえんだったな…えっと…

おぅ!犬に似た猫ぅ!へへへっ…実は猫も苦手だけど…犬よりゃましだからな…

やいっ!この俺を誰だと思ってやんだぃ!

建前の久さんったら泣く子も黙る…雨風降ろうと槍が降ろうと恐れるものなんか無えんだ!かかってきやがれってんだ!へへんっ!」

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大家「馬鹿!猫って…それのどこが猫だ!化け物だって言ってんだろ!」

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久作「なんだ…化け物か…なら、怖くねえや…やい!かかってきやがれってんだろうが!へへんっ!

(って…待てよ?ありゃ…まるでこの間、屑屋やってる時に、汚ねえ格好した侍に売りつけられた神仏像にそっくりじゃねえか…後であんまりひでぇ顔してるってんで、知り合いで火葬場やってる奴がいっからそいつに頼んで燃やしてもらったんだったな…)」

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化け物「ぐぅ…ぶぶぶぶ…ギャオ!」

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久作「あっ…こりゃいけネェ…

本当に襲って来やんの…

わぁあっ!!!??

やっぱ、ダメだ!!!

助けて大家さん!!」

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大家「馬鹿!こっち来んじゃねぇ!!あっち行け!あっち!ひゃあああ!!」

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久作「ぎゃあ!噛みつきやがったああ!」

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久作「あぁ…これが神憑いた犬か」

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