長編9
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夢遊~龍の子シリーズ~

皆様、ご無沙汰しております。

コメントを頂いたり、怖いを付けてくださった方々に、お返事もできず申し訳ありません。そして、ありがとうございました。

私事ですが、転職を考えたりとバタバタしており、一切合切放置してしまいました。

では、久しぶりに話をさせていただきたいと思います。

―――ある日、仕事から帰ると、姉貴と甥っ子達がポテトチップスを争いながら頬張っていた。

「おー、おかえり。圭」

指に付いたのり塩ポテトの欠片を舐めながら、八重歯を見せるのはいつも通りの姉貴だったが、平日にも関わらず、部屋の片隅には大荷物が置かれていた。

大抵は週末に泊まりに来るが、今日はまだ火曜だ。

「姉ちゃん、家出?」

「ん?あぁ、違う違う。ちょっと来てみた。しばらく泊まる」

「珍しいね。陸の保育園もあるのに」

「たまには実家で母さんのご飯食べて、ゆっくりしたいんだよ」

「ふ~ん」と返事をしながら二階の自分の部屋へ向かい、着替えを済ませ、再びリビングに降りていくと、飼い猫のロルに「お前もポテチ食うか?」と勧めながら、姉貴はチラリと僕の後ろを見た。

しかしその視線は直ぐにロルに戻され、僕は首を傾げながら姉貴の向かいに座った。

「僕、何か憑いてる?」

「いや、ごく普通の浮遊さんしか見えん」

「……浮遊さん、憑いてるんだ……」

「ビビるなら聞くな。バカ」

「き、気になるじゃん……」

姉貴の言う通り、聞かなければいいのだが、想像していただきたい。一人で仕事に行って、見えもしないのに複数名で帰宅している自分。ビビりの僕には、耐え難い。

これで今夜も風呂で頭を洗うときに目を瞑れなくなった。

その後、母が作った食事にがっつき、風呂に入った姉貴と甥っ子達は九時には大イビキをかいて眠ってしまった。

「急にどうしたんだろうね、姉ちゃん」

せっせと林檎を剥き、お気に入りのドラマを見る母に話しかけると

「あぁ、まぁ、いつもの気紛れ、かな?」

なんだか歯切れが悪い。

せっかく見ていたはずのドラマから視線を外し、不自然なほど林檎を剥く手が速くなった。

何かある。

鈍い僕にだってそれくらいはわかったが、聞いたところで言わないだろう。

仕方なく、まだ眠くもなかったが、この日は早々に布団に潜り込んだ。

―――眠くない。

そんなことを言いながら、僕は夢を見ていた。

何故だろうか、それは夢だと直感していた。

川辺をただただ歩く夢。山の中に流れる大きな川。丸や楕円のいびつな石が岸を作り、僕が歩くとコロコロと転がる。

上流も下流もわからない、流れてゆく方角がわからない川は、長い長い湖のように穏やかに見える。

僕はただ、歩く。

どこへ向かっているのか、何を目指しているのか、歩いても歩いても変わらない景色に、次第に不安に駆られる。

それでも足は、止まらない。

――――かつん…ころころ

不意に背後で石が転がった。誰かが投げたような音に、足が止まった。

怖い。

振り向きたくないのに、体は勝手に後ろを振り返る。ゆっくり、ゆっくり。目を閉じたくても、それすら僕の意思は届かなかった。

振り返った先、十メートルほどに、小学校の低学年の子供ほどの大きさに見える真っ黒い何かかがしゃがんでいた。

川に体を向け、小石を掴んでは後ろへ、横へと放る。

―――かつん…ころころ……かつん…ころころ

黒いモノは何かを探しているかのように、無数にある小石を拾っては捨て、また拾う。

耳が痛いほどの静寂の中に、不自然に響く石と石がぶつかり、転がる音。僕は動くことも、目をそらすこともできずに、その行動を眺めている。

不意に、黒いモノの手が止まった。

(なんだ、あれ…)

その手にあるのは、淡く碧い光を放つ石。美しくも儚さすら感じるその石を手にした黒いモノは

ニタリ

と笑った。

真っ黒い影のような姿に、三日月型に開いた赤々とした口。体の黒さが合わさり、その口は血の色を彷彿とさせた。

背中に冷たいものが流れる。恐怖が全身を支配し、奥歯がカチカチと音をたてた。

そんな僕には目もくれず、黒いモノはすっと立ち上がり、川に向けて石を持った手を大きく振りかぶり、勢いよく投げた。

その刹那。「イヤァァ"ア"ァア"ア!!」女性の悲鳴が響き渡った。それは、明らかに碧い石から聞こえている。そしてその石が川の中程まで飛んだとき、揺れることのなかった川面が大きく歪み、巨大な魚が躍り出た。

その姿は所々が腐り落ち、骨が見える腹。片方だけの眼球。ギザギザとした歯だけが生き生きとしている。怪魚は餌を獲るかのように悲鳴をあげ続ける石を飲み込み、川面に消えた。川は、何事もなかったかのように揺らぎもせずに静まり返っている。

今見たものは何だったのか、恐怖の中の疑問の答えを探そうと頭を働かせようとした時。

「やめてくれぇ!!」「キャァァァー!!」「嫌だぁ!!」

そこかしこから聞こえる悲鳴に僕の思考は止まった。見れば、今までいなかったはずの黒いモノが岸に無数にしゃがみ込み、青や黄色、赤や淡いピンクの石を見付けては川へ投げている。その度に石から悲鳴が上がり、怪魚に飲み込まれてゆく。

静かだった川辺は悲鳴がこだまし、次第に立っている事ができなくなった僕はその場に座り込んだ。

夢を自分で覚ますことができる人がいるというが、僕にはどうやらできないようだ。願っても願っても覚める気配はなく、悲鳴が僕を蝕んでゆく。

―――かつん……ころころ

すぐ近くで石が転がった。ハッとして体を動かそうとして、僕は自分がいつの間にか岸に突っ伏していることに気が付いた。

…いや、違う。僕は今、沢山の石の中にいる…?

―――かつん……ころころ……ころころ……ころころ……

全身が石のように固く、動かない。まさか………!!

僕自身が石になっていることに気付き、逃げようともがくが、体は微動だにしない。そして、黒いモノは僕の体を掴んだ。

ニタリ

三日月型の赤い口が僕の目の前にあった。ゆっくり、ゆっくり、立ち上がり、川に向かって僕を振りかぶる。

嫌だ。嫌だ。夢なら覚めてよ。怖い!!助けて…誰かっ………!!

「姉ちゃん!!!!」

―――――「ったく。どーしてお前は昔っからめんどくせー事になるんだよ」

気が付くと、僕は家の屋根にいた。僕の家は坂が多くある団地にあり、段々畑のように家が立ち並んでいる。二階建ての家から庭に落ちるのはいいが、隣家に落ちるとなると、約4階建の高さから落ちることになり、打ち所が悪ければ死に至る。その隣家に面した屋根の上、あと数センチで落ちるであろう所で、スウェットの背中を、電子タバコをくわえた姉貴に掴まれている。

「姉ちゃん……」

「姉ちゃん、じゃねーよ。腕も限界だ。さっさと戻れ!!」

腕を引いた姉貴の力に引き戻され、屋根の真ん中に尻餅をつく。白い水蒸気が姉貴の口から吐き出され、姉貴は僕の隣にどすんと座った。

「螢夭を見張りにつけてたから、すぐ対処できたけど、お前、何か悩んでたのか?」

電子タバコを吸いながら、姉貴は怪訝そうに僕を見た。そう言われても、僕は大層な悩みなどはない。どちらかと言えば、翼の病を知ってからタバコを吸うようになった姉貴が、一念発起して禁煙する方が大事だろう。悩みと言われても、困る。

「母さんが、圭が夜中にフラフラ歩き回るって言うから、見に来てたんだよ。夢遊病ってやつだな。でも、お前のは何か嫌な感じがするって言うから、病院に連れて行く前に見に来てよかった」

「僕が?フラフラ歩き回るって?」

「あぁ。三日くらい前からか?夜中にフラフラしては家から出ようとするって言ってたぞ。でも、鍵は開けないし、母さんも油断してたな。家という結界の、鍵という守りからは出られなかったんだろうが、今日、布団を干したときにお前の部屋の鍵を閉め忘れたんだろうな。で、お前は見事に結界突破。危うく夢遊病の最中の事故死の完成だったぞ」

ゾッとして、言葉が出ない。今日、姉貴がいなかったら、僕は隣家の庭先で冷たくなっていたのか…。

「お前の顔を見る限り、悩みはなさそうだな。ってことは、充てられたか」

「充てられた?」

「うん。お前、何を見てきた?」

僕は、事の詳細を姉貴に話した。話し終わると、姉貴はゆっくりと水蒸気の煙を吐き、空を仰いだ。

「多分、お前が見たのは此の世と彼の世の境界だよ。特に罪深い、自殺者の行くところだな。いや、常軌を逸した自殺願望者か」

「どういうこと?」

「人が己の命を絶とうと決断した時に繋がる場所だよ。いかなる理由があろうと、他人の命を絶つことと、自身の与えられた命を絶つことは大罪だ。天はそれを許しはしない。命を絶てばその魂は許されず、次のチャンスは与えられない。でも、それでも慈悲深い(つもりの)天は、次のチャンスを与えるために、最期の最後で罰を与える事があるのさ」

「罰………」

「そう。引きずり込むんだよ。言い方を変えれば、天界へ連れ戻すんだ。無理矢理ね」

「でも、リストカットとかしてる人は?あの人達だって、自殺願望があるんじゃないの?なのに、連れていかれないじゃん」

首をかしげた僕に、姉貴はフッと笑った。

「バーカ。リストカットとか、所謂、自傷行為はね、その傷みや苦しみで"自分は生きている"という確認をする人が多いんだ。誉められたことじゃないが、命を繋ぐ行為とも言えるんだよ。ただ、本当にヤバイのは、無意識に苦しみから逃れようと死を選ぶこと。意識して行う自傷行為とは違って、無意識は怖い。無意識っていうのは、暗く広い夜の海みたいなもんだ。外界の全てを遮断してそこへ入ってしまえば、出ることは容易じゃない。天は、そこへ入ってしまった者を天界へ連れ戻そうとするんだ。罪を犯す前に罰を与え、同時にチャンスを与える。お前が行ったあの境界での恐怖が、その罰だよ。まぁ、現実世界では、自殺としては見られない事が多いんじゃねーか?」

「僕、死にたくないのに、危うく罰を与えられるところだったけど………」

自分が見た恐怖に、肩から背中へかけてぞくぞくと震えが来る。大した悩みもない、自殺願望もないのに、天界は僕を招いたのだから。

「圭。お前の身近なヤツに、悩んでるヤツがいる。苦しんで、助けを求めることすら忘れようとしてる、夜の海へ片足突っ込んでるヤツがいるはずだ。お前は、そいつの無意識に充てられたんだよ。見つけてやれ。間に合うなら、お前が味わった恐怖を味わわせるな」

そう言った姉貴の眸の奥には、どこまでも続く暗く、悲しい海があるように見えた。この人は、二十数年の間に、何を見てきたのだろう。何を感じてきたのだろう。

「気を付けて降りてこいよ」そう言って、器用に手すりを伝って屋根を降りた姉貴を見ながら、僕は、ポケットに入っていた充電の切れかかったケータイを取り出し

《悩んでるみたいだったけど、話し聞くから明日、飯に行こう》

と、一件のアドレスにメールを送った。

――――~後日談~――――

結果としては、姉貴の言う通り、僕の中学時代の同級生に大層な悩みを抱えたヤツがいた。

僕が夢遊病のように歩き回り始めた前日、僕は同級会に参加し、同級生(仮にA)とも話していたのだ。

その時のAの印象は、悩みつつも、どこかで折り合いをつけているかのように見えたが、本人は、悪い方へと向かっていたようだった。

僕は下手なアドバイスなどせず、Aの悩みの聞き役に徹し、それが良かったのか、僕の間抜け面にAが呆れたのか、どちらにせよAは前向きに考えるようになり始め、危険な状況からは脱したようだ。

悩み多きこのストレス社会の中、苦しみも多くあるでしょう。 しかし、皆さんもお気をつけ願いたい。

天界は、慈悲深い(つもりの)眼で見ておられる、と……。

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私も悩みを聞いて欲しいです。

友人が悩んでいたら気付いてあげたい。私も話を聞くことしか出来ないけど。