中編3
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恩師の店

母親が10年位勤務していた小学校の付近に、かなり大きな敷地の園芸店がありました。

珍しい植物が必要な時は、ここで見つかる事が多かったので、よく行きました。

この園芸店の前のご主人は母が女学校に通っていた頃の理科の先生だったそうです。

息子さんの時代になっても、販売される植物には、全て、学名が記載された手書きの付箋が付けられていました。

ある年の寒い季節のことでした。

母は生花で使う鉢物を、私は神社に植える植物を探しに行きました。

おもての店に誰もいなかったので、栽培地の方に入って行きました。

そこに、母の恩師とその奥さんがおられて、母を見てにこやかに会釈されました。

「お元気そうで何よりです」

そう母が言いますと、先生は

「まだお勤めですか?」

そう聞かれるので、母は、

「舅が亡くなりましたのを期に、とうの昔に退職しました」

そう言うと、

「あなたが退職される年になるとはねえ。

私らも歳を取ったものです。

今はもう楽隠居ですが。店のことや息子のことが気がかりで、

毎日ここでウロウロしています」

そう言って温室の方に入って行かれました。

母は懐かしかったので、もう少しお話がしたいと思って、温室に入って行きました。

そこに、息子さんが来られたので、

探している植物の事を話していましたら、

母が温室から出てまいりました。

少し怪訝そうな顔をしています。息子さんが気付いて母に声をかけました。

「あ、先生お久しぶりですね」

母は息子さんに言いました。

「ここの小学校から転勤したところが、方向違いだったのでここへは本当に久しぶりでしたが、

お父さんお母さんはお元気ですか?」

私は、一瞬、

(はぁ?)

と思いました。

「父も母も先年亡くなりました。

でも、時々ここで見かけたとか、挨拶しましたという方がおられます。

親としては、私が頼りないといつまでも思っているのでしょうね?

私も会ってみたいですね」

そう話す息子さんに、

「親にとっては、子供はいつまでも子供ですよ。

気がかりに思うのでしょう」

母は、さっきのことは何も言わずに、少し珍しい花の鉢物を買い、行きつけの喫茶店で母は言いました。

「あの小さい温室に入ったら、誰もいなかったの。それで、先生も奥さんももう亡くなっていると思ったの」

そう言っていました。

あの二人は、息子さんに会う気は無かったのでしょう。

後日、母と私は先生の娘さんに会う機会がありました。娘さんは、シャキッとした方ではっきりものを言われます。

「信じてもらえないと思うけど、うちの両親、死んだこと知らないのか忘れているのか、

よく弟の店に出るんですよ。そりゃ懐かしがってくれる方もいるけど、うーむ……。あれじゃ営業妨害になってる。

あんまり出て来るなって言い聞かせる方法って何かないですか?」

と、こぼしておられました。

良かれと思っても裏目に出てしまう。

親のさがかもしれません。

これは、母が亡くなる前年の話です。

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