中編4
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触れるな危険

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僕はその年もまた田舎へ帰っていた。30も過ぎたというのに結婚相手もいないのか、という父からの責めもこれで何度目だろうか。

母は8年前に他界していた。仏壇はいつも父の手によって埃一つない状態で維持されている。父は今でも一日を母の仏壇の前で過ごしている。季節は冬。

去年の夏に仕事を辞めてからはバイトをして食いつなぐ日々が続いていた。私服はいつもダウンにジーンズそしてスニーカーという楽な格好をしているため、気がつけば何処に向かい歩いていた。その日は山道をひたすら上へ上へと歩いていた。木々に光が遮られ、昼でもかなり暗い。ふと後ろを振り返ると帰り道がわからない。これはまずいなと思い引き返していると、先ほどは気づかなかった道があった。

何故かその道に惹かれて入っていくと鳥居があった。その鳥居は何者かによって斧か何かでズタズタに傷つけられている。気味が悪いなと思い目線を下にやるとお札が一枚落ちていた。

触れるな危険。

その文字が飛び込んできてすぐにお札を捨てた。鳥居の奥にはなにもない。が、古びた看板が一つあり、触れるな危険の文字。看板をわざわざ触れる奴などいないだろうと馬鹿にしているとその看板が矢印の形をしていることに気づいた。

そちらへしばらく歩いてみると何かが地面に落ちている。そこには女性の髪だけが地面に落ちていた。綺麗な黒髪のロングヘアーだけがぽつんと。身体は嫌がっていた。これは気味が悪いと。

信じられないことに僕はそれに触れていた。看板に触れるな危険と書いてあったのも忘れて。

その髪は何故か地面から剥がれなかった。

びったりとくっついている。

怖くなりその場を離れるために髪に背を向けた瞬間、足首をがっしりと掴まれた。

叫ぶこともできず振り返ると髪の横の地面から真っ白な腕が出ている。

すぐにその腕を蹴り走り出した。

ザザザザ。

まるで髪が地面を滑るように近づいてくる。恐怖で気を失いそうになりながらも鳥居が見えるところまできていた。

きっとこの鳥居の外なら大丈夫と思いくぐりでた。しかし依然としてあの髪は勢いよく滑り近づいていた。

予想通り、鳥居直前でビタっととまった。

ガンっ。

鳥居の外側に一本の傷が追加された。そしてそれまでの恐怖など何でもなかったと気づいた。

その鳥居には傷がついている。鳥居の外側に。髪は内側にある。今僕は外側に立っている。見えない何かが僕の頬をスッとかすめた。頬から血が滴る。

死にたくない。

そう思い髪をみると、髪の横から出ている腕が手招きをしているように見えた。僕は気が狂ったよう走り再び鳥居をくぐった。

鳥居の外側は何かによってさらに多くの傷をつけられていた。しかし内側に被害は及ばなかった。

髪は動かない。そしてそれにもう一度触れると、それは唯のカツラのように軽く持ち上げることができた。それを元の位置に戻し再び鳥居に行くと危険は去っていた。

さっきのあのお札はあの髪につけられていたのだろう。

後で父に聞くと、その山には昔からかまいたちと呼ばれる怪奇が起こっていたらしい。

ある狂った男が美しい妻を誰にも見られたく触られたくないと思い、斧で首をはねた。

全てを埋めてしまうのが惜しくなったその男はその美しい髪だけを剥がして、遺体を埋めた地面の上に被せた。

その髪を愛でて男はそこから去った。真っ赤な鳥居をくぐりすこしはなれたところで発狂し、自ら命を絶った。

それ以来、その髪にさわったものは何かに首をはねられ死ぬという事態が多発した。父が子どもの頃を最後に、ここ何十年その怪奇が起こらず父はもはや忘れていたらしい。

ある時、その被害を防ぐために、髪自体が霊感が無いものには見えなくなるほどの力を持つ強力な札が貼られた。触れるな危険と書かれた札が。そして霊感があるものがその髪をたまたま見つけてしまった。札をはがしてしまった。美しい髪をもっていこうとしてしまった。もちろんその者は首をはねられ死んだという。

少し経って、あの看板は誰が建てたのかと父に尋ねると、父は氷の様な笑みを浮かべてこう言った。俺だ、と。ふいに父の目が哀しみに包まれた。それ以上僕は聞かなかった。母を失ってからの父の異様な空気に気づかなかったわけではなかった。あの危険へと導く看板を鳥居の奥に立てたのが父でも不思議ではない。とても古びた看板だった。数十年前に立てられたような。ちょうど父がまだ子供だった頃に。

父が昔酷くイジメられていたという話をおじいちゃんが言ったことがあった。そしてそのいじめっ子達が山で不運の死をむかえたとも。崖からの転落死だと聞いてはいたが、全てをつなげると恐ろしい真相にたどり着きそうだ。

母の葬式の時に棺桶の蓋を開けようとすると、凄い剣幕で怒られたことを今でも覚えている。母の遺体を見ることができたのは父だけだ。

もしかしたら父は、毎日母への償いをしているのかもしれない。

あの母の埃一つ無い綺麗な仏壇の前で。

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