リサイクルショップシリーズ30〜蘇る記憶の先〜

長編17
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リサイクルショップシリーズ30〜蘇る記憶の先〜

私は中古品の買取、販売を行う店を営んでいる。名がなんともダサい…

『リサイクルショップ 千石』

まぁ、父がネーミングした名だが…

変更するのも面倒なのでそのままにしている。

ウチは代々、質屋を営んできたそうだが…

親の代から質屋では聞こえが悪いと、今の買取販売の形に変更したそうだ…

この店にはあらゆる品物が持ち込まれる…

その中には、何やら怪しい…曰く憑きの物まで含まれている

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今回は

『ロイヤルアーデンのアンティークティーポット (茶こし付 、ローズ柄 )』

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この店を手伝っている妻の美緒が「かわいい!」と買い取る気満々だったが、ウチはあまりこういったものは扱っていないので、値段決めに困った…質屋の頃はよく持ち込まれていたが、そういった物は親父がみな見ていたし…

他の単なる急須とかなら分かるんだが…

この品物を持ち込んだのは、見た目からはこのティーポットを持っていなさそうな若いお嬢さん…

人を見た目で判断してはダメなのは分かっている…だが…

茶髪にピアス…

カラーコンタクトレンズ…

まつ毛を重ね付けしているのか目元が怖いくらいデカイ…

さらに、首元からタトゥーが覗いている。

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「マジ高くしてくれなきゃ泣くわぁ…おじさん!よろしくぅっwww!!」

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美緒と楽しそうに会話をしているが、中年には付いていけない…

自慢げにこんなことを話している。

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「あたしぃ…ちょっと前までマルキューでショップ店員やってたんだけどさぁ…」

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は?マルキョウ?

マルキョウ酒店の事か…

全国にチェーン展開している酒屋だが、そこで働いていたことがなぜ自慢なんだ…?

美緒も何故か「本当!?すご〜い!」などと驚いている…

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「『グラッドニュース』とかぁ…

『LB-03』…『baby shop』は行かなかったけど

『JSG』に『マープルキュー』とか転々と渡り歩いたんだけどさぁ…結局何処も馴染めなくてぇ…辞めて実家帰ってきちゃったんだぁ…」

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話が見えない…酒屋じゃないのか?マルキョウって…

こんな話もしていた。

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「マジ?夫婦なのぉ…?

えっ?

それ大丈夫?

話合うの?

きゃははっマジウケるぅ!

ちょっと!?おじさんっ!

やるじゃん!こんな可愛い娘 落とすなんて!」

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大きなお世話だ…

彼女の名は

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『中井 穂澄(ほずみ)』

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美緒の一個上の25歳…

美緒と彼女の会話を横で聞く限り、やはりこのティーポットは彼女の物ではなく、亡くなった母親の物だという…

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「え?お母さんの形見なのに売っちゃっていいの?」

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美緒の言うとおりだ…

亡くなった母親の大事な形見をこんな しがないリサイクルショップに売り飛ばすなんて、どうかしてる。

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「うん、でもさ…あたしが持ってても使わないしぃ…だったら、もっと大事に使ってくれる人がいたらその人に譲ったほうが良いと思ったのぉ…思い出とか手元に置かないたちだしねっ!」

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見た目で判断してはいけない事は十分、分かってはいる…が…

その割りに、中々良い事を言う娘だ…

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「実はさぁ…あたし、弟が居たんだけどぉ…死んじゃったのね…

そしたら母親がノイローゼみたいになっちゃってぇ…

色々あってさぁ…

あたし達も手をこまねく…?

っての?

参ってたんだけどぉ…

ある日、ウチの親父が朝起きて台所に行ったら…首つってて…その知らせ聞いた時は、マジビビったぁ…」

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と、なんともグダグダと喋る…

その弟さんは何故死んだのか?

と、美緒が少し悲しそうに尋ねると

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「聞いたら引くよ?」

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と、もったいつける表情で目を見開く。。。

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「え?…その子も自殺…?」

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元々、マイナス思考の美緒が口を押さえて、今にも泣きそうな表情で聞くと

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「もっと引くよ…

殺されたの…この近くのアパートで…」

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その予想をはるかに超える答えが返ってきた…

この近くであった事件…

年頃も考えて、一つしか頭に浮かばない…恐らくあの忌々しい事件のことだろう。

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「そ…それって…この間の男子学生殺人事件の被害者?」

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美緒が私の聞きたかったことを代弁するように聞く…

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「そうそう!弟の部屋じゃなくて隣の部屋で殺されたってやつ!」

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辛い過去を背負っているようだ…

だがその辛い過去を、いやに明るく話す娘だ…

すると、美緒が何かを思い出したかのように、話した。

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「その子…私の弟の友達だよ…」

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「ええっ!?

マジぃ?弟なんて名前?」

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「皐月 未来…」

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「マジぃ!!?未来君のお姉さんなのぉ!?

あたし、未来君に会った事あるよぉ!弟が東京遊びに来たときに、その子もウチ泊まってったもん!」

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「ええ?!

あの馬鹿…女の人のウチに泊まるなんて…

あっ…えっと…その節は弟がお世話になりました…」

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「きゃはは!大丈夫…何もなかったから!

でも、未来君ならオッケーしたかも…」

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「ちょっ…ご冗談を…」

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しかし、よく話す奴らだ…喋らせておいたら一日中喋り続けるかもしれない…

その時、二階の古着コーナーを任せてある

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『春子』

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が下におりて来た…

バイトとして雇った高校二年の女の子だ…

と言っても、私の七歳 年上の姉の子で、手伝いに来てもらっているというわけだ…

というのも、実は美緒のお腹に新しい命が宿ったというのが理由だ。

医師の話で、安定期までは安静に…との事だったので、今は下の階で、細々とした経理やネットのオークション販売などをやらせている。

春子が手に一万円札を握りしめている…

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「叔父さ…いや、店長…二階のレジ…お釣りが切れちゃってるんで崩してもらえますか?」

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すると、客の中井 穂澄が何を思ったのか大声を上げた…

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「え?二階洋服売ってんの?古着?ってか…店員さん可愛い娘ばっかじゃん!おじさん…エロ〜い…」

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なっ…何でそうなる!?

たまたま、この娘達がウチに居るだけでエロい呼ばわりとは心外な!

私が見せたこともない顔をしているせいか、美緒と春子が

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「ちょっ…冗談だよ…叔父さん…」

「店長…顔怖いよ…」

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などと驚いている…

それくらいのこと私だって分かっているっ!でもあんまりじゃないか…こんな仕打ち…

電卓をパタパタっ…と打ち、客に見せ、営業用の声で

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「査定…終わりました。こちらのお品物ですがね…¥1050になりますっ!」

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と、やや強い語尾で言った。

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「うわ…安っす…」

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これでも上乗せしたつもりだ!

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「状態も悪くありませんが、だいたいこの位です…嫌なら他へ行ってはどうですか?」

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と、レジから、春子の欲しがっていた崩し金とその買取金額を出し、カウンターに置いて、裏に入る…

話し声が奥まで聞こえてきた。

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「ごめんなさい…普段あんな人じゃないんですよ…」

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そんな事はない…普段からこんなもんだ…

地元の高校生や中学生などには、無愛想だの、嫌な親父だ…などと言われている事くらい知っている…

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「本当は優しい人なんですよ…私が子供が出来たって話をしてから、私の身体を労ってくれたりするし…」

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美緒の言葉にほころんだ…

当たり前じゃないか…待望の我が子をお腹に宿したのだから…

と、台所でニヤニヤと珈琲を入れながら、モヤモヤとして居ると、表で何やら大きな音がした。

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「はっ…春子ぉおお!?」

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その声で誰が来たのかすぐ分かった。

春子には恋人がいる…

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『萩原 淳平』

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とかいう、軟弱でドスケベな高校生だ。

以前、私の妻、美緒に想いを寄せていた醜男だ…しょっちゅう店にやってきては美緒の下着を嫌らしい顔で覗いている…

最低の極みというべき糞ガキ…最近は美緒もお腹に赤ちゃんが居る事もあり、ゆったりとしたズボンを履いているので、安心だが…

一体、春子は奴のどこに惚れたのか疑問に思うほど情けない男だ…

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…………………………………

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いつまでも、奥で休んでいるわけにもいかず表に出て行くと、萩原という馬鹿がグニャリと泥除けの曲がった自転車を何故か店の中まで入れ騒いでいる…

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「こらっ!何やってんだお前!」

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その光景をきゃはは!とさっきの客が笑い転げながら見ている。

話によれば、彼の同級生に斎藤とかなんとかいう男がいて、そいつに自転車を投げ飛ばされたなどとわけの分からないことを繰り返していた。

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「兎に角、自転車を外に出せ!」

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「はい…ごめんなさい…えっへっへっ…」

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素直ではあるが、顔がなんとも反省の色が見えないのが癪に障る…

それを見て、美緒と客は楽しげに笑っていた…

すっかり意気投合している様子に腹が立つ…

春子が萩原と外に出て行き事情などを聞きながら、笑い転げている…

まったく…騒がしい店になってしまったものだ…

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結局、あの客は閉店間際まで入り浸り…あーだこーだと、美緒と話し込んでいた。

閉店後、美緒が私に話の内容などを話した…

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「あのね、あのティーポットなんだけど、不思議な事があったんだって…元々、実家の戸棚にしまってあったみたいなんだけどね?

ちょっと店長…?聞いてるの?」

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冬季オリンピックの男子ジャンプ決勝に夢中になって居たが、取り敢えず、

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「聞いてるよ…」

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と答える…

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「それでね…お母さんが亡くなった次の日に、お葬式でお茶を入れるのにあのティーポットを使おうと戸棚を開けたら、何故か何時も入れてあった場所にそのティーポット無かったんだって…あっちこっち探しても無いもんだから、仕方なく古いヤツを使ったそうなんだけどね…

あっ…日本の選手?

K点超えた?

…ダメ?なんで?

あのライン越えたらいいんじゃないの?」

ルールが分からないのなら、黙っていろよ…K点越えても飛距離がトップより下なら勝てないの!

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「あっ…話の続きね。

その後も、あのティーポットはどこを探しても見つからないまま、月日が流れて…

で…最近…

ほら、タバコ屋のお婆ちゃん亡くなったでしょ?

で、アパートの大家だったお婆ちゃんが死んじゃったから、あのアパート取り壊すことになったんだって…だいぶ古かったもんね…

それでね…

彼女の弟さんの部屋、色々と忙しくて片付けしてなかったのだけれど、取り壊しに際して困るからって言われて片付けることにしたんだって…

その時に、あのティーポットがそこから出てきてビックリ!

まさかの場所から出てきたわけ…

まあ…お母さんが弟さん…息子さんのためにあげたのかもしれないけど…

不思議なのはその後…

何でこんなところにこれがあるのかなぁ…って蓋を開けた時にビックリ!

手紙が入ってたんだって…

誰からだと思う?

ねえ…店長!?聞いてるの?」

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ふぅ…メダルが取れなかった事に落胆している時に横でゴチャゴチャと…

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「何だ?誰もメダルなんか取ってないぞ!」

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「もう…話、聞いてなかったの?」

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「誰の手紙だったんだ?」

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「母親からだったんだって…」

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興奮気味に鼻を膨らませ汗をかいて話す美緒に色っぽさの“い”のじも感じられなかった…

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「それから?」

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「そこに書かれてたことなんだけどね?

『息子の死を受け止めることがようやく出来ました。後を追います…』

って書いてあったんだって…」

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それのどこが不思議なんだ?興味無さげに尋ねる

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「母親があのティーポットに遺書を忍ばせただけだろ…」

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「不思議なのはそんなとこじゃないよ…ほら、一応母親の形見でしょ?だから実家に持ち帰ったんだって…

異変が起きたのはその日の夜中、持ち帰ったティーポットは台所の戸棚に大事にしまってあったんだけど…夜、トイレに起きたら…台所から何やら音が聞こえてきたんだって…

時刻は深夜…気持ち悪くてその日は聞こえないフリして寝たみたいなんだけど…」

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主語が抜けている…

それじゃハッキリ分からない。

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「何の音が聞こえたんだ…どんな音が…?」

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「うん…ティーポットってお湯を注いだ時、茶こしとかの摩擦で『トポトポっ…』って音がするでしょ?

その音がしたんだって…」

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そんなのは、水道の下とかに急須でも置いてあれば、しないこともない…偶然だろう。

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「たまたま、シンクに急須とか茶碗とか置いてあっただけだろ…」

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私が、テレビに目を向け、オリンピックの結果にため息をつきながら答えると…

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「違うの…穂澄ちゃんもそう思って、考えすぎかな…って思ったみたいなんだけど…朝起きてビックリ…

あのティーポットがテーブルに出てたんだって…」

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「お父さんか誰かが出しただけじゃないのか?」

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「そう思って、お父さんに聞いたんだけど…知らないって言われたんだって…」

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おいおい、そんな曰く付きの物をウチに持ち込みやがったのか…

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「それから?」

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少し興味を持って聞くと

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「その日は気味が悪いと思いながらまた戸棚にしまったそうなんだけどね…

その日の夜…

またトイレに行こうと下に降りて行くと…

昨日聞いた『トポトポ…』って音がまたしてたんだって…

怖かったけど、勇気を振り絞って台所の扉を少しだけ開けて見たんだけど…何が見えたと思う?」

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「よせよ…まさか死んだはずの母親でも居たのか?」

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「そのまさか…

お母さんと弟君がテーブルの前に立って話をしてたんだって…

それはね…穂澄ちゃんの小さい頃によく見ていた光景で…朝起きて来た時にお母さんの入れた紅茶を弟君が熱い熱いって飲んでるそばで、お母さんがニコニコしながら見てる…そんな光景だったんだって…

それを暫く、見てるとね…

お母さんがこっちを見て言うんだって…

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『ほら穂澄ちゃんもそんなとこに立ってないで…早く朝食済ませなさい…学校遅れるわよ。』

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って…

その言葉を聞いて途端に涙が溢れてきて…ワンワン泣いてたらね…その声に気づいてお父さんが起きてきて、穂澄ちゃんが台所で泣いてるもんだから驚いて駆け寄ってきたんだって…そしたらお母さんと弟君がふぅ…って消えちゃって…」

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「そんなのあの娘の嘘か、それか夢でも見てたんだろ…」

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「え〜でも…」

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と、口を尖らせ不満そうに私を見る…

まったく…そんなことを信じていたら、気味が悪くて夜 便所にも行けない…

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「そんな事より美緒…早く風呂に入ってさっさと寝ろよ、身体大事にしなきゃいけないんだから…」

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そう言うと、ハイハイ…と立ち上がりその場で服を脱ぎ出した。

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「前にも言ったけど脱衣所が…

狭いけど…あるんだから、向こうで脱げよ…」

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「そんなこと言って、見たいくせに〜!きゃははっ!」

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そう言って、風呂場に駆けて行った。

見たくないわけではないが…

私も男…少し考えてもらいたいものだ…

腹に子がいるって事になると、抱き寄せるわけにもいかないし…

前なら、直ぐに抱き寄せて…ってそんな話はどうでもいい…

少しだけでも膨れてくるものだと思ったがと、中々大きくならない腹を見て、父親になるという実感をまだ感じられずにいた…

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その日の夜、トイレに行こうと隣の美緒を起こさないよう布団から出て、寒い中足音を立てないようトイレに向かう途中…

おかしな音に気がついた…

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『トポトポ…』

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何の音だ?

居間…いや、台所の方から聞こえた…

まぁ…いっか…

とトイレに向かう…

フローラルの香りが苦手な私は鼻をつまんだ状態で用を足す…

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『ジャジャアアア…』

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明かりを消し、台所の方へ歩いていくと何やら声が聞こえた…

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「あれ?美緒…?起こしちゃったのかな…?」

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台所の扉を少しだけ開き覗いて見て…背筋が凍った。

人影は美緒では無かった…

清楚で穏やかな笑顔が素敵な女性の霊だ。。。

身体が言うことを聞かない…

金縛りというのは、こんな風に体を襲うのか…

ぼんやりと光る人影がゆっくりとした動きで、あのティーポットにお湯を入れ、小さなカップにお茶を注ぐ…

その仕草に見覚えがあった…

かつて、同じ光景を私は見ている…

その時、ある記憶が鮮明に蘇った。

あれは25年ほど前の事だ…

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俺には、憧れの女性がいる…

高校三年になった俺は、意を決して、あの人に告白する事にしたんだ…

質屋を経営している親父と祖父に少し出てくると言い残し、鞄を居間のちゃぶ台の脇に投げ、飛び出るようにウチを出る…

あの人は『ミルージュ』という喫茶店で働いている21歳…

名前を

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『片岡 穂奈美』

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といった…

近くの大学の学生で

演劇のサークルに所属しているというのを噂で聞いていた。

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俺が店に入ると、何時ものように優しい笑顔で迎えてくれる…

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「何時も来てくれてありがとう…」

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俺がテーブルに座ると、お冷とおしぼりを置きながら長い髪を指で耳へとかきあげながら聞く…

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「ご注文は?」

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「あっ…はぃっ!こ…紅茶を…」

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告白するとなったら、全く声が出ない…

それを聞くと、まんべんの笑みでカウンターへと戻っていき、花柄のティーポットへ沸かしたばかりのお湯を入れ、小さなカップにお茶を注ぐ…

店内を見渡すと他の客はおろか店主の姿も見えなかった…

チャンス…

決心は硬かった。

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「お待たせしました…紅茶です…」

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「あっ…あのっ!!」

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俺が発した大声が店内にこだまする…

驚いたのか、キョトンと俺の顔を目をまん丸にして見ていた…

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「す…す…すすっ…好きき…好きですっ!!僕と付き合ってください!!」

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突然の事に紅茶を入れたカップを転ばしてしまう穂奈美さん…

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「あっ!ご…ごめんなさい!」

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慌てて布巾を取りに裏へと駆けて行く…

まずかったか…

戻ってくると、何時もの笑顔は見られず、もくもくとテーブルを拭き

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「直ぐ代わりのものをお持ちしますから…」

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と震える声で言った。

ダメだ…

なんてことだ…

あまりに突然すぎたのだろう…

ガックリと頭を下げ、代わりの紅茶が運ばれる前に店を飛び出していた。

泣きながら河原の土手を走った…

もう彼女の顔をまともに見ることなど出来ないだろう…

その事が余計に俺の涙腺を刺激した…

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それから数日が経ち…

俺は部活動の帰りに腹が減り、駅の近くの よろず屋で買った焼きそばパンを駅のベンチに座り夢中になって頬張っていた…

最後の一口を口に押し込んでいると俺の目線に女性の脚が飛び込んできた…

ふっと目線を上げて驚いた。

穂奈美さんだ…

眉をひそめ、無理やり笑顔を作って俺を見ている…

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「あがっ…ほ…ほお」

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口に入った焼きそばパンが出そうとする言葉の邪魔をする。

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「千石君…って言うんだよね…君…」

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なぜ俺の名前を?

驚いて、まだ噛み切れていない焼きそばパンを一気に飲み込んでしまう…

喉を詰まらせ、グフゥ…と蹲ると

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「きゃあ…大丈夫?!あっ…ほらこれ…」

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と、いちごミルクを差し出す。

それを受け取り、ストローを一気に吸い込み、ようやく喉に詰まった物を胃袋に流した…

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「す…すんません…」

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と顔を上げると、何時も見るえくぼの可愛らしい笑顔の穂奈美さんが俺を見ていた…

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「な…なんで俺の名前を?」

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「聞いたの…君…野球部でしょ?同じ高校の子に…」

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どうして俺なんかの名前を…聞いたりするのだろう?

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「あの…この間は急にあんなこと言ってしまって…」

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そう言うと、苦笑いで

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「本当だよ…ビックリしたんだから…でもね…」

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でも?

キョトンとしていると

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「でも、嬉しかった…こんな可愛い子に好きなんて…ふふ…ありがとう。」

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可愛い?

そんな…可愛げのない奴だと何時も親父に言われているのに…

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「今度、私のウチに来ない?お話しましょ…?ねっ?」

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信じられない言葉に首を縦に振ることしか出来なかった…

帰り際、住所の書かれたメモを俺に渡して、気さくに手を振りながら去って行った…

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やった…

やったぁ!!

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慌てて駆け出し拳を振り上げ大声を上げながら商店街を走った。

ウチに帰り、親父に明るく「たっだいまぁ!」と声をかけ部屋に飛び込む…

布団に顔をうずめ

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「やったぁ…」

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と繰り返していた…

親父に

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「お前…気でも狂ったのか?」

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と言われたが気にならなかった…

本当に気が狂ったようにはしゃいでいたからだ…

翌日、日曜ということもありメモに記された電話番号に意を決して電話を掛けてみた…

すると直ぐに出る…

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『もしもし?』

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はれ?

男の声…

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「あ…あのぉ…穂奈美さんは…」

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『今出てますが、貴方は?』

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「千石というものです…お帰りになりましたらお伝えください…あっ…ウチの番号は…○○-2346です…」

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そ言って電話を切る…

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お父さんか?

弟さん?

それともお兄さん?

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取り敢えず、その日は電話の前で一日中過ごした…

何度か電話があったが殆ど親父宛の電話ばかりで穂奈美さんからの電話は一度も無かった…

番号が伝わっていなかったのかな…?

もう時間も遅かったので、明日も早いことだしと部屋に戻りその日は風呂にも入らず寝た…

翌日の朝、喫茶店の前を通った時に俺はどうしても彼女の姿が見たくて窓の外から覗いた…

モーニングを手にお客さんと接する穂奈美さんが居た…

接客を済ませ、チラッと俺と目が合うと、ニコっと笑いかけてくれた…

嬉しくて…ピースサインを彼女に見せ学校に走って向かった…

野球部も土曜日の練習の時にすでに引退していたので、朝はそれほど早く行かなくても良くなっていた。

他の仲間たちと合流して学校に向かう…

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「お前…最近元気いいなぁ…なんかあったの?」

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などと言われたが、特に穂奈美さんとの事は話さなかった。

恥ずかしくて話せるわけがない…

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…………………………………

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学校の帰り、喫茶店前で彼女が出てくるのを待った…

まだ、はっきりした返事を聞いていないからだ…

恐らく、オッケーだろう…

ワクワクしながらプラプラと中を覗きながら待つ…

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「それじゃあ、お疲れ様でした…」

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と彼女が扉を開け出てくる…

くるっと振り返り俺に気づくと、驚いた表情で

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「千石君…どうかしたの?」

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と聞く…

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「えっと…返事…まだだったので…」

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その言葉を聞くと、眉をひそめた…

あれ?

どうしたのかな?

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「これから…ウチ来る?」

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その答えは決まっていた。

元気よく「はいっ!」と返事をして彼女の後をついて行く…

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………………………………

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那須野ハイツというアパートの二階204号室が彼女の部屋…

扉を開け

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「ただいまぁ…啓介?!居る?」

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ん?

啓介?

誰だろう?

すると奥から昨日電話で聞いたあの男性の声がした

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「おう…お帰りぃ…腹減ったよ穂奈美…飯ぃ…」

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「うん…ちょっと待ってね…お客さんなの…」

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そう言うと奥から穂奈美さんと同い年くらいの男がTシャツに短パンといった格好で出てきた…

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「誰そいつ?」

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「うん…千石君って子…」

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ムスっ…とした顔で頭を掻きながらまた奥へ入って行った…

「彼の方は…?」

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「え?…うん…あっ…兎に角入って…汚いところだけど。」

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言われたとおりお邪魔した。

台所に通される…

穂奈美さんはお茶っぱを花柄の可愛いティーポットに入れ、ストーブに掛けてあったお湯を注ぐと二つの小さなカップにゆっくり注いだ…

部屋に紅茶のいい香りが広がる…

すると、あまり俺と目を合わさないような素振りで口を開いた。

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「あの人ね…『中井 啓介』さんって…婚約者なの…

あのね…千石君…

私のお腹に赤ちゃんが居るんだよ…祝ってくれる?」

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は?

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「なっ…そんな…だって…僕は…」

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聞き取れていた…

だが、聞き取りたくなかった…

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「名前も決めてるんだよ…『穂澄』いい名前でしょ…?」

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その言葉がまるで旋律のように頭を駆け巡り混乱に輪をかけていた…

俺は、何も言葉を残すことなくそのアパートを飛び出して駅のある方へと駆け出していた。

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…………………………

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私の記憶の中に彼女の笑顔が数十年経った今でも目に焼き付いている。

思わず、言葉が漏れていた…

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「穂奈美さん…亡くなったんですね…」

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すると、あの頃と全く同じようにニッコリと笑い俺を見ると…

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「千石君…貴方もお父さんになるんだよ?しっかりしなくちゃね…」

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そう言って、またえくぼを頬に作ると、ふうっ…と消えてしまった…

私の目から途端に涙が溢れ、その場にへたり込むとワンワンと女のように泣いた…

美緒が私の泣き声に目を覚まし、起きてくると…

肩に手をおいて、一緒に泣き

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「大丈夫だよ…」

と声をかけてくれた…

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もしかしたら、あのロイヤルアーデンのアンティークティーポットは…

穂奈美さんがこの店に持ってきたのかもしれない…と、そんな事が頭をよぎる…

寒くて、でも…何と無く温もりを感じた冬の出来事。

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いいお話ですね。
なんだか和みました。
このシリーズ、毎回読ませて頂いております。
とても先が気になります。
次回も楽しみにしております。

はなさん、感動だなんて…美しい文章だなんて…
ありがとうございます!
シリーズもので他にもありますが、そちらは気分を害すものばかり、でも是非お読みください…

初めてシリーズをお読みしましたが、なんて良い話**•*花は素直に感動しました。なんて美しい文章♡おもしろくて引き込まれました。いつも遅く仕事終わって、今日はこんな良い怖話読めて良眠できそうです!